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原発事故時の対策本部を初公開 当時の切迫、そのままに

朝日新聞デジタル のロゴ 朝日新聞デジタル 2018/11/08 21:12

 東京電力福島第一原発事故の直後、福島県の現地対策本部が置かれた県原子力センター(大熊町)が8日、初めて公開された。会議室の黒板などに残された文字は、当時の切迫した状況を物語っていた。

福島第一原発事故後、放射線量測定の拠点となった福島県原子力センターの研修室で、地図に記入された放射線量の測定値=2018年11月8日午前10時11分、福島県大熊町、福留庸友撮影 © 朝日新聞 福島第一原発事故後、放射線量測定の拠点となった福島県原子力センターの研修室で、地図に記入された放射線量の測定値=2018年11月8日午前10時11分、福島県大熊町、福留庸友撮影

 黒板には2011年3月12日の1号機爆発の約6時間半前、原発周辺の放射線量を測定した値が書き込まれていた。毎時15マイクロシーベルトを示す地点もあり、すでに放射性物質が漏れていた状況をうかがわせる。ホワイトボードには同14日、3号機が爆発した当時の記述が並ぶ。「モニタリング中止 撤収せよ」に続き、「1F水素爆発」。その後、原発から離れて遠くに退避するよう、「帰還するな 西へ向かえ」との指示が残されていた。

 センターは第一原発から約4キロ西にある。原発のPRや放射線量を測定する施設だったが、事故後は主に線量測定の拠点として、県や国の職員らが詰めた。14日夜に撤退命令があり、その後は使われていない。

 今回、県の震災関連資料収集活動の一環で公開された。資料は双葉町に20年夏に完成予定の施設で保管・展示される。(石塚広志)

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