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古賀茂明「総選挙で自民、立憲民主、希望が議論をスルーした”今そこにある危機”」

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2017/10/23 古賀茂明

 自公圧勝となった今回の総選挙で、安倍政権が実質的に国民に問いかけた不調な論点は二つあった。

 一つは、対北朝鮮政策。このまま北朝鮮への圧力最優先路線を採り、日米同盟を強化することで日本を守る政策への信認を求めた。今回の勝利で、この路線を今後さらに思い切って進めることになるだろう。

 二つ目は、アベノミクス推進の是非。若干若者向けのバラマキを加えるが、これまで通りの経済政策を進めるという公約が有権者に承認された。これによって、これまで通りのアベノミクスが進められることになるだろう。

 自民党政権のこの二つの問いかけに対して、実は、野党側は有効な対立軸を示さなかった、と言ったら、そんなことはないという人も多いかもしれない。

 例えば、一つ目の対北朝鮮政策については、立憲民主や共産党などは、安保法制反対、憲法9条改正反対というハト派政策を打ち出していたから、それが対立軸になっていたはずだと思っている人もいる。

 しかし、北朝鮮政策について言えば、北朝鮮に対して対話を排除して圧力政策だけに頼り、そのためにも日米同盟を最優先するという安倍政権の方針には、その先に言外の結論が含まれている。それは、米国が北朝鮮を攻撃する時には日本もそれに参加協力するということだ。もちろん、それは日本と北朝鮮が戦争状態になり、日本にミサイルが飛んでくるということを意味する。この点が本当の論点である。

 国民にとっての死活問題だからだ。しかし、安倍総理はそこまでは言わなかった。本来は、野党がそれを抉り出して争点にすべきだった。ところが、野党、特に立憲民主党は戦争をなんとしても避けなければいけないとまでは言うが、それでは、対立軸を作ったことにはならない。なぜなら、ではどうするのかという答えを用意していなかったからだ。

 圧力だけでなく対話も大事だなどと言っても、そんなことで北が対話に応じるはずもない。実はこの問題で最も重要なのは、米国の要請があった時に日本がそれを断って、例えば、トランプ大統領がそれなら日本を守らないと言ってきたらどうするのかということだ。それでもこれを断れば、もちろん、日米同盟が揺らぐ可能性は高い。それを覚悟で米国の要請を断るのか、それともアメリカと事を構えるのは良くないと考えて米国に追随して戦争するのか。今、われわれ国民が答えを出すべきなのは、まさにその点についてである。

 つまり、安倍政権の路線で突き進み、日米同盟最重視で、北朝鮮からミサイルが飛んでくることを覚悟したうえで米国に協力するのか、それとも、日米安保体制が揺らいでも北朝鮮への攻撃に反対するのかということが、本来あるべき今回の選挙の争点だったのだ。この点を問いかければ、国論は大きく割れた可能性がある。

 しかし、実際には、立憲民主党も日米安保体制を見直すという点にまで踏み込む勇気はなかった。したがって、この点を強調して争点とすることはなかった。このため、有権者は、とりあえずは、アメリカの核の傘の下で守ってもらうしかないという既成観念から抜け出すことはできず、安倍総理の「北朝鮮の危機から国民を守り抜きます」という叫びに共感してしまった。野党が、いくら憲法がどうだ安保法制がどうだと言ってみても、リベラル系市民には響いても多くの有権者の心には響かなかったということではないだろうか。

◆総選挙で全く議論されなかったもう一つの争点

 二つ目の争点であるアベノミクスについては、消費税増税について、増税するという与党に対して、その延期、中止を求める野党という対立軸はできた。しかし、実は、有権者の大半は、消費税を上げられるのは困るが、かといって、増税なしでバラマキ政策だけを唱えられても将来不安は解消しないと考えている。国民は、子育てだ、高校無償化だということを言われて手放しで喜ぶほど愚かではないのだ。ここでは、各党が同じような政策を並べたが、おそらくいくら甘い言葉をかけても政策の差別化にはつながらなかったと見た方が良い。 

 実は、社会保障や教育・子育てなどはどんなに野党が叫んでも、与党はそれなら私が実現しますという形でパクってしまえば、簡単に争点を消すことができる。与党は政策実現力があるから、むしろ、そちらが有利になってしまうのだ。

本来は、ここで争点にすべきなのは、自民党が簡単にまねできないことでなければならない。しかも、日本にとって死活的なテーマであることが必要だ。例えば、日本の産業をどうやって立て直すのかという論点がある。日本の製造業では、お家芸だった電機産業がほぼ壊滅した。家電、液晶、半導体、携帯電話、さらには太陽光・風力発電などの産業が、世界から完全に取り残されてしまっている。電気なき後、頼りになるのは自動車産業だけ。「自動車一本足打法」という状況だ。

 しかし、実は、その自動車産業が危機的状況にあることは、最近まであまり知られていなかった。日本では、いまだにトヨタが世界一の自動車メーカーのリーダーだと思っている人が多いのだが、実際は、世界の電気自動車開発の波に乗り遅れ、かなりの危機に立たされている。

 そんな状況を招いたのが、アベノミクス第三の矢である成長戦略だ。毎年発表される成長戦略には、美辞麗句が並ぶが、実は、その内容は、各省庁の予算要求の根拠となる文章と経団連などの業界団体からの御用聞きリストが羅列されているだけだ。

 そこには安倍政権になってから、水素自動車の開発についての様々なプロジェクトや助成措置、規制緩和がこれでもかとばかりに並んでいる。一方、世界の主流となった電気自動車についての政策はほぼ皆無だ。これは安倍政権5年間一貫した特徴である。

 その理由は、トヨタが電気自動車には目もくれず、水素自動車一本やりで開発を進めていて、同社の要望を聞いた経産省がひたすら水素自動車優先の政策を採り続けているからだ。しかし、これが裏目に出て、トヨタは電気自動車で完全に出遅れてしまった。

 アメリカのカリフォルニア州はじめ10州がトヨタの得意なハイブリッド車をエコカーから外したが、それを機に新興自動車メーカーのテスラ社が、EVの普及版「モデル3」を今年から投入。一気に米国市場でEV最強企業にのし上がった。GMやフォードなどもそれを慌てて追いかけている。一回の充電で走行できる距離でもテスラは「モデルS」ですでに500キロメートルを達成。

 欧米メーカーも高級車で500キロメートル走行ができるモデルを続々発表している。テスラのモデル3でも350キロ超だ。ちなみに、トヨタはEVを発売できない状況だが、去年大騒ぎして出したプラグインハイブリッドのプリウスPHVの電気での走行距離はたったの60キロ程度。これだけでもトヨタがどれほど遅れているかがわかる。

 中国政府もEVシフトを強力に進め、カリフォルニア州と同様の規制を導入する予定だ。現在もすでに中国はEV生産で断トツの世界一になっている。これは世界の常識だが、日本ではあまり知られていない。環境政策の一環である排ガス対策として進めるというのが建前だが、明らかに、この規制によって、自国メーカーをEV生産で一気に世界トップに育成する産業政策としてこれを推進している。

 一方の日本では、何と、新車販売の8割がエコカー減税の対象だ。その割合は昨年までは9割だった。来年も引き下げられるが、それでも7割。つまり、平均よりも排ガスをたくさん出す汚い車も「エコカー」としている。HVでさえエコカーと認めない海外の規制とは雲泥の差だ。そこには、中国並みの規制を入れると、潰れる自動車メーカーが出てきて、天下り先が減ることを経産省が怖れているというとんでもない事情もある。つまり、お友達に配慮する経済政策の図式は、モリカケ問題と全く同じだ。

 唯一、EV戦線で首の皮一枚つながっていると思われた日産は、今月からEV「新型リーフ」を販売しているが、不正検査問題による販売停止などで急ブレーキがかかった。しかし、そもそも、日本では画期的と言われるこの「新型リーフ」でさえ、航続距離は米国基準なら240キロメートル。テスラのモデル3よりもはるかに短い。

 欧州では、英仏が2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を禁止すると発表。これを受けて、パリ市は30年までのガソリン・ディーゼル車の市内乗り入れ禁止検討を発表した。インドも30年までに全てEVに転換するとして、中国を猛追する意思を示している。

ひるがえって日本。アベノミクスでは、環境政策も殆ど目玉がなく、依然として実用化がはるか先の水素頼み。問題は、安倍政権だけではない。今回の選挙でも、どこの政党もこの問題を取り上げなかった。EVの世界では、日本だけが特異な世界を築いている。おそらく、このままでは、「ガラケー」ならぬ「ガラカー」という言葉がはやりそうな雲行きだ。

◆世界での地位を落とし続ける日本

著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。主著『日本中枢の崩壊』『日本中枢の狂謀』(講談社)など。「シナプス 古賀茂明サロン」主催 © dot. 著者:古賀茂明(こが・しげあき)/1955年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、旧通産省(経済産業省)入省。国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長などを経て2011年退官、改革派官僚で「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元報道ステーションコメンテーター。主著『日本中枢の崩壊』『日本中枢の狂謀』(講談社)など。「シナプス 古賀茂明サロン」主催

 日本の製造業をどんどんダメにしている経産省が主導するアベノミクスの成長戦略で、日本経済はますますその世界における地位を落とし続けるだろう。日本の経済規模は、世界3位だが、つい何年か前に中国に追い越されたと思っていたら、今や日本のGDPは中国の44%(2016年)。半分にも満たない。一人当たりGDPで見てもなんと世界22位(16年)。

 もちろん、今はダメでも将来は復活すると信じたい。そこで、日本の将来の経済レベルを推し量るために教育レベルを見てみると驚くような事態になっている。日本の教育レベルは世界一なんて思っている人も多いようだが、日本の大学の世界ランキングは下がる一方。今や世界での順位は問題外。アジアだけに限定すれば、やっとベスト10に名前が見えるという状況だ。それでも、東大がやっと7位。ベスト20位までにはこのほかに京大が入るだけだ。日本より上位には、シンガポール、中国、香港の大学がずらりと並ぶ。韓国も日本より数多くの大学をランクインさせている。これが日本の文科省の教育行政の成果なのだ。

 こうした危機に残念ながら、与党はもとより、野党も全く気付いていないようだ。選挙中にも、EV競争の激化を報じるニュースが連日報じられたが、これらを取り上げた選挙演説はついに聞かれなかった。経済音痴の程度では、安倍総理も野党代表もいい勝負というところだろうか。

◆庶民の生活破たんは戦争や国家経済破たんの前に訪れる 

 この選挙で何となくスルーされてしまった二つの争点。繰り返しこのコラムでも指摘しているとおり、日本の政治の対立軸は、「戦争をするのか絶対に戦争をしないのか」、経済を立て直すために「既得権と戦う改革をするのかしないのか」の二つだ。

 しかし、そのことが明確に選挙の争点にならないこと事態が、今日の日本の危機を如実に物語る。危機に気づかなければ、対策の取りようがない。今後は、国民にとっての「受難の時代」が顕在化してくるだろう。

 それを整理すれば、まず直近では、安倍政権の安保政策の加速化により、本当に日本が北朝鮮との戦争に巻き込まれるのかどうかが最大の危機状況だ。憲法改正がどうとかというよりはるかに差し迫っている。

 仮にそうならなかったとしても、中期的には日本の産業が競争力を失って、国民の生活レベルは途上国並みに下がっていくことになる可能性が高い。もちろん最大の被害者は庶民である。

 また、戦争にならなくても、日米同盟強化と軍事優先路線のために、国防予算がどんどん増大し、経済が停滞する中で予算に大きな負担が強いられることになる。その時は、経済が破たんしなくても、社会保障などの予算削減か大幅増税が不可避となり、庶民の生活は国家よりも早く「破たん」する。

 どういう道筋をたどったとしても、国民にとっては受難の時代だ。この泥沼から抜け出すには、次の選挙を待たなければならない。

希望の党が誕生して一筋の明かりを見た市民。しかし、希望が失望に変わり、今は絶望という状況だが、あきらめてはいけない。希望と立憲民主に分かれた民進党出身議員の中に、まだ、「改革はするが戦争はしない」という確たる信念を持った議員が何人かいる。

 今後、希望の党は分裂必至だろう。立憲民主や無所属で戦った議員と残っている民進党との合従連衡もすぐに始まる。年末にかけて、野党再々編が起きて、「改革はするが戦争はしない」という明確な旗印を掲げる政党が出て来ることを期待したい。(古賀茂明)

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