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安倍首相:「忖度ジョーク」余裕の表れ?

毎日新聞 のロゴ 毎日新聞 4日前

 「私が申し上げたことを忖度(そんたく)していただきたい」。森友学園疑惑で安倍晋三首相や妻昭恵氏への「忖度」の有無が焦点となる中、首相がこのキーワードをジョークに使った。いくら何だって、冗談が過ぎやしませんか。【小国綾子/統合デジタル取材センター】

首相のジョーク……「逃げ切れる」と判断か

 問題のジョークは4月17日夜、東京・銀座にオープンした商業施設「GINZA SIX」の式典あいさつで飛び出した。売り場に並ぶ各地の名産品について、原稿を読み上げる安倍首相は「おやつには北海道が誇る『白い恋人』、仙台銘菓の『萩の月』が買える、食べられる」などと紹介した上で「(この)原稿には残念ながら山口県の物産等々が書いてありませんが、おそらく(店頭には)あるんだろうと思います。よく私が申し上げたことを忖度していただきたいと、こう思うわけであります」。

 ここで安倍首相、にっこり笑顔。会場は笑いと拍手に包まれた。当然、野党は反発した。「問題が終わったと勘違いしている」と。

 郷土愛はわかるにしても、「忖度」の有無が国会で問題にされている今、なぜあえて「忖度していただきたい」などという不用意で危ういジョークを口にできてしまうのか。もしや、やけっぱちで「笑い」を取りに行ったとか?

 「それはない。むしろ、安倍首相の余裕の表れと見るべきでしょう」と解説するのは、政治ジャーナリストの鈴木哲夫さんだ。「森友学園問題について、ここまで来ればもう逃げ切れる、と踏んだから、ああいう冗談も許されると考えたのでしょう」

 それには、二つの背景があるという。

 一つは、森友学園問題が長期化し、国民の関心が薄れていること。「『関係していたとなれば、首相も国会議員も辞める』などという自分の軽率な答弁のせいで、一時期、相当に追い詰められていました」。確かに、3月の国会では野党の追及に「忖度はない」と気色ばむ場面が何度かあった。「だが、疑惑を追及し切れない野党の体たらくに加え、国民の批判も山を越し、あとは『時間切れによる沈静化』を待つばかり……そんな余裕が今回の冗談、いや、失言につながった」と指摘する。

 もう一つ、鈴木さんが挙げるのは、外交シーンでの自信だ。

 「長期政権となった今、安倍首相は外交でも自信をつけている。G7(主要7カ国)各国リーダーの中でも古参となり、毎月外遊するなど『今こそ私の出番』と考えている。そんな高揚感ゆえに、まだカタの付いていない森友問題ですら冗談にできたのでしょう」とも。

 安倍首相がジョークに使った「忖度」という言葉、森友学園問題で一気に世の中に広まった感がある。今や「流行語大賞」の最有力候補かも。

元々の意味は「相手の心を推し量る」

 でもそもそも、「忖度」ってどういう意味なのか。日本語学者で「三省堂国語辞典」編集委員の飯間浩明さんによると、「忖度」は元々は中国の詩経にも登場するぐらい古くからある表現だという。

 「りっしんべんの『忖』は『推し量る』意味、『度』にも『はかる』という意味があり、『忖度』は相手の心を推し量る、という意味です」。つまり元々は、相手の心を思いやる、推察する、といった意味で、「上役や権力者の意を体して動く」という批判的な意味はなかったのだ。

 気になって、毎日新聞の過去記事を調べてみた。

 1990年代に「忖度」という言葉が多く使われたのは、脳死や臓器移植問題の記事の中でだった。「家族が患者本人の生前の意思を忖度し、臓器提供を承諾できるかどうか」といった具合で、つまり、本来通りの意味で使われている。

 権力者におもねるニュアンスが初めて登場するのは、97年夏の政治部記者による記事。<若手(小沢チルドレン)が党首(小沢一郎・現自由党共同代表)の意向を忖度して……>とある。

 そんな話を飯間さんにすると、自身の記録も調べてくれた。辞書編さんに携わる飯間さんは、普段から気になる言葉の用例を集めている。出典や日付を記録し、パソコンに保存する。これを辞書編さんの世界では「用例採集」と呼ぶのだそうだ。

 「忖度」が「上役などの意向を推し量る」というニュアンスで使われているのを、飯間さんが初めて用例採集したのは2006年12月15日付の朝日新聞社説だ。

 <「消費税の引き上げは避けられないが、いまは国民を刺激したくない。しかし、ほおかむりも無責任」。そんな首相の思いを忖度したような党税調>

 その後、NHK会長職に籾井勝人氏が就任した14年以降、籾井前会長の意向を職員が「忖度」するのではないか……というような内容の報道記事をよく目にするようになったという。

 飯間さんは言う。「言葉は使われる中で、人の手あかがつき、否定的な意味が強まるものもある。それは自然なことです」

「sontaku」と報じたFT紙

 なるほど、それで思いついた言葉がある。

 「粛々」だ。

 2年前、菅義偉官房長官は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設作業を「粛々と進める」と繰り返し述べてきたことについて、今後は「粛々」を使わないようにする、と語った。これは当時、翁長雄志(おなが・たけし)県知事からその表現を「上から目線」と批判されたためだ。ところが手元の大辞林を確認すると<しずかなさま/おごそかなさま>といった意味しか載っていない。

 飯間さんによると「『粛々』は元々、江戸時代の漢詩『鞭声粛々夜河(べんせいしゅくしゅくよるかわ)を渡る』に登場するように、物静かな、おごそかな様子を意味していました。ところが『何が起こっても、予定通り着実に行う様子』という意味で使われることが増えたため、三省堂国語辞典には新たな説明を既に加えています」。なるほど。

 では、外国ではこの「忖度」、どう報じられたのか。森友学園の籠池泰典前理事長の国会での証人喚問に続いて3月23日、日本外国特派員協会(東京都千代田区)で開かれた記者会見でも、「忖度」という言葉に特派員たちは注目した。

 籠池氏が国会で「大きな力が働いた」「神風が吹いた」などと表現した点について、「意味がわかりにくい」と外国人記者から質問が出た。籠池氏はこの時、「安倍首相または夫人の意思を忖度して動いたのではないかと思っています」と答えたのだ。

 さて、英語でどう訳すか。

 surmise(推測する)か?

 read between the lines(行間を読む)か?

 ぴたりとくる英単語がない。

 英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙は結局、「sontaku」という表記のまま、この言葉が森友学園問題だけでなく東芝の経営危機の背景も説明できるキーワードとして紹介。ウェブ上の記事で数えてみたら、記事1本に「sontaku」の文字が13回も登場していた。

 飯間さんは言う。「実は、日本語に関してもそうなんです。上司や権力者に対して『おもねる』『へつらう』などの言葉はあっても、そういう姿勢で上司や権力者の意向を推し量る、という意味を示すピッタリの言葉は、日本語にもありませんでした。だから『忖度』がそういったニュアンスで使われたとも考えられます」

振り仮名なしで読めるようになったけれど……

 言葉が変わる時、それは社会を映すということか。

 もっとも、政治の世界では「権力におもねる」ニュアンスの「忖度」はそれほど特別な言葉ではなかったようだ。

 前出の鈴木さんは「永田町では以前から『忖度』という言葉や考え方が普通に存在していたように思いますよ」と証言する。「日常的な言葉というよりは、むしろ隠語。本来は『相手の気持ちを推し量る』という日本的な美しい思いやりの意味でしょうが、親分子分の情がことさら大事にされる政界では、子分が汚れ役を買って出たり、親分が泣いて子分の首を切ったり、そういう場面でよく使われてきたのです」

 今回は、永田町の隠語のニュアンスが社会にも広まった、とも言えるのだろう。

 言葉は社会を映す鏡。権力者の意向をおもんぱかる空気が社会に広がっているから、「忖度」の新しい使われ方がジワジワと広がっているのかも。

 <忖度を振り仮名なしで読めるよに>(藤岡・雨恋子)

「GINZA SIX」のオープニングセレモニーであいさつする安倍晋三首相。“忖度(そんたく)ジョーク”はここで飛び出した=東京・銀座で2017年4月17日午後6時24分、長谷川直亮撮影 © 毎日新聞 「GINZA SIX」のオープニングセレモニーであいさつする安倍晋三首相。“忖度(そんたく)ジョーク”はここで飛び出した=東京・銀座で2017年4月17日午後6時24分、長谷川直亮撮影

 これ、4月12日付の毎日新聞朝刊「万能川柳」に掲載された投稿作品だ。

 「忖度」という漢字を読める人が増えるのは良いことだろうけれど、権力におもねる行為や、おもねらせる行為までが社会に広がっては、それこそ冗談にならない。

 鈴木さんは今回の安倍首相のジョークをこう批判する。

 「忖度、つまり相手の意向を推し量る行為は、権力関係や場面によっては大きな問題を生む。その典型例が今回の森友学園問題です。それなのに『忖度していただきたい』と、忖度を強いるような表現は、たとえ冗談だとしても度を越している。この本質は、安倍首相の言葉に対する警戒感のなさ、言葉の重みに対する無理解の表れです」

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