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悪ふざけバイトへの法的措置は妥当な策なのか くら寿司など相次ぐ「不適切動画」顰蹙の代償

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/02/20 18:00 田上 嘉一
ほんの出来心からの行為が重大な問題を引き起こすことも(写真:LauriPatterson/iStock) © 東洋経済オンライン ほんの出来心からの行為が重大な問題を引き起こすことも(写真:LauriPatterson/iStock)

 インターネットのSNSを通じた、外食や小売り、サービス業などの大手チェーンのアルバイト従業員による「不適切動画」問題が、波紋を広げている。

 牛丼チェーンすき家のアルバイト店員は、氷を床に投げ、調理用のお玉を股間に当てた。セブン-イレブンの店員は、商品のおでんを吐き出した。ファミリーマートの店員は口で舐めた商品をレジ袋に入れた。ビッグエコーの店員は調理場で食材を床にこすり付けてからフライヤーに入れた。バーミヤンの店員は、中華鍋から上がった炎でタバコに火を付け、厨房でタバコをふかした。

 いずれもごく一部の行きすぎた悪ふざけだが、これらの様子が動画に撮影され、SNSで拡散し、大きな批判を生んだ。ビッグエコーとバーミヤンの動画は昨年12月に投稿されたものということだが、いずれにせよ、アルバイト店員などの非正規従業員による不適切動画投稿事件が続いている状況だ。

 このうち、法廷闘争にまで発展しそうなのが、回転寿司チェーン「くら寿司」を運営・展開するくらコーポレーションだ。ゴミ箱に廃棄された魚の切り身を、ゴミ箱から拾ってまな板に載せなおした動画を投稿したアルバイト従業員2人に対して、同社は2月8日、雇用契約終了退職処分とともに、刑事・民事を含めた法的措置の準備に入ったことを明らかにした。

従業員にはどのような犯罪が成立しうるか

 まず、刑事事件としては業務妨害の成立が考えられる。業務妨害罪には、間接的・無形的な方法で人の業務を妨害する偽計業務妨害罪(刑法233条)と、直接的・有形的な方法で人の業務を妨害する威力業務妨害罪(刑法234条)とがある。

 本件では、従業員が一旦ゴミ箱に捨てた魚を取り出し、再びまな板に載せたという行為が問題となっている。当該行為を実際にお客の前でやったとすれば、有形力を行使してくら寿司の業務を妨害したといえるだろう。

 しかし、本件では客からは見えない厨房において行われている。この場合、当該行為そのものではなく、客が録画・投稿した動画を見ることによって、不快に思ったり不安を抱いたりすることを通じて、結果的にくら寿司の信用を毀損しているのだから、偽計による業務妨害と考えるほうが妥当である。ただし、両者の区別は曖昧なことが多く、法定刑はいずれも3年以下の懲役または50万円以下の罰金で変わりはない。

 そのほかにも名誉毀損罪(刑法230条)や器物損壊罪(刑法261条)が成立することも考えられる。

企業は、どこまで従業員に損害請求できるのか

 それでは民事手続きはどうなるだろうか。今回の従業員の行為は、不法行為が成立し、損害を受けた企業は、従業員に損害賠償を請求することができる(民法709条)。問題となるのは、どの範囲の損害まで認めるかである。

 例えば、くら寿司のケースで言えば、2月5日時点では5650円だった株価が、2月12日の終値では5220円まで下落し、時価総額にすると約90億円が失われたことになる(その後回復し、15日では5450円)。

 企業は、こうした企業価値の損失分まで、当該従業員に請求することが可能なのだろうか。これは、行為と損害の間に因果関係が認められるかどうかの問題となる。

 不法行為に基づく損害賠償の範囲は、債務不履行の条文を類推適用することとなっており、行為によって「通常生ずべき損害」については損害賠償の対象となるものの(民法416条1項)、「特別の事情によって生じた損害」については、当事者がその事情を予見し、または予見することができたときは損害賠償の対象となる(同条2項)。

 これは、不法行為を行ったとしても、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった部分まで因果関係を認め、その行為から通常は生じないようなものまで責任を負わせてしまうと、あまりに過酷な状況となりかねず、結果的に人々の行動を過度に萎縮させかねないことから、法律がバランスをとっているためである。こうした、原因と結果のうち、ある程度は行為者に帰責させることが相当であるとされるものだけを責任の範囲とする考え方を、法律学の世界では「相当因果関係」と呼ぶ。

 なお、この特別損害については、2017年12月20日に改正されており、「当事者がその事情を予見すべきであったときは」というように文言が変わっている。改正法は2020年4月1日に施行される。

 当該従業員が、このような不適切動画を撮影・投稿する時点で、株価の下落まで予見することができたかどうか、争いのあるところではあるものの、まったく予見することができないとまでは言えないだろう。過去にはこうした従業員の不適切動画によって企業が倒産に追い込まれた事案もあり、その際は1385万円の請求額を求めた訴訟が提起されている(その後、合計約200万円で和解が成立している)。

 それでも、約90億円もの損害が発生することを通常予見できたかといわれれば、それについては疑問があるので、この損失分をすべて賠償請求することはなかなか認められにくいだろう。今回も一部の損害について請求を求めつつ(それでも高額ではあるだろうが)、一定の金額(例えば数百万円など)で和解することになるのではないだろうか。

雇用問題が不適切動画事件の原因なのか

 くらコーポレーションが、従業員に対して法的措置を取ることを発表した後、インターネットを中心にその賛否をめぐって議論が分かれている。

 法的措置に対する批判的な意見としては、「安い労働力をバイトで確保しておいて、不祥事が起きたら重い責任を負わせるのは不当だ」「外食産業やコンビニエンスストアは、アルバイトを含む非正規雇用に深く依存している。一連の不適切動画事件が相次いでいるは、その負の側面が現れているにすぎない」といったような論調のものが見られるようだ。しかし、本当にその議論は正しいだろうか。

 確かに、これが不注意によって発生した事案なのであれば、そうした議論も可能かもしれない。業務のクオリティは報酬に見合ったものであるべきで、この点にギャップが生じていることを放置し続ければ、その歪みがいずれ何らかのかたちで現れる。極端なケースで言えば、2016年1月に起きた軽井沢スキーバス事故などは、格安ツアーを成り立たせるため、従業員に長時間労働を強いていたことが原因とされた。

 しかし、改めて確認するが、一連の不適切動画事件における行為は、何か業務上の注意義務を怠ったような性質のものではない。彼らが、事の重大さをどこまで認識していたかは定かではないものの、本来であれば業務上まったく行う必要のない、単なる悪ふざけを行ったことの結果なのだ。報酬の多寡や非正規雇用の増大はこのような行為を行うことを正当化する理由にはなりえない。

 なるほど、確かにアルバイトの数が増えていけばこうした不祥事が発生する可能性は上がるかもしれない。時給も高いよりは安いほうがその確率は上がるだろう。その意味で、こうした原因(安い賃金による不正規雇用の増大)と結果(不適切動画を投稿すること)とは、まったく無関係とはいえない。

 しかし、企業の側でそれを通常予見することはない。ほとんどのアルバイトはまじめに勤務しており、不祥事を起こすことはない。つまり、両者の間に相当因果関係はないのであって、これらの事情をもって不適切動画事件の原因とすることには、違和感を覚える。

 その意味において、一連の不適切動画事件と、非正規雇用や格差問題を結びつけて論じるのは、論理が飛躍しており、やや早計にすぎるだろう。アルバイトによる不適切動画事件と、雇用や格差の問題は切り分けて論じられるべきものだ。

従業員の不適切行為に企業はどのように備えるべきか

 なぜこうした不祥事が増えているのかについては、こうした論点よりも、発信しやすい環境が整備されていることのほうがはるかに大きいだろう。インターネットとスマートフォンが普及し、Twitterやインスタグラム、TikTokといったSNSが広く使われるようになったことによって、誰もが手軽に発信できるようになった。

 一方で、あまりの手軽さから、思慮もなしに、自分の身の回りの知人に発信しているつもりで、実際には広く公衆の目に触れ、そこから問題に発展する事案があまりに多い。そしてこうした動画が2次的、3次的に一気に拡散することも、SNSがあって初めて可能となる。つまり、これまでも同様の悪ふざけが行われていたのだが、ここまで拡散されることがなかったという可能性が高い。

 もっとも、企業側に顧みる点がないといっているわけではない。企業の側でも、SNSにおけるポリシーを定めたうえで従業員管理を徹底する必要があり、また、こうした不適切動画の投稿の多くが学生アルバイトによってなされていることからすれば、正社員がアルバイトの監督を適切に行うことが求められるであろう。

 結果的に、人件費は多くかかってしまうだろうが、コンプライアンス上の必要経費として考えれば決して高くはない。たった一人の従業員の不適切行為によって、企業はその価値を大きく毀損することがあり、一度発生した損害の回復が容易ではないことが多く、時と場合によっては経営危機にまで発展することも十分ありうるからだ。

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