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籠池さんが契約書を「鉛筆なめなめ」してしまった理由

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2017/04/04 アイティメディア株式会社
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 歯に衣着せぬ発言で、安倍首相から民進党の辻元清美氏までさまざまな人にダメージを与えてきた籠池夫妻の「爆弾発言」が、ここにきてついに自分自身まで窮地へ追い込んでいる。

 辞任をした塚本幼稚園のPTA会長さんが、3月16日の卒園式で例の「愛国小学校」に「3通の契約書」が存在している報道について保護者たちが問いただしたところ、副園長を務める籠池夫人が以下のようなダイナミックな発言をしたとマスコミで証言し始めたのだ。

 「鉛筆をなめなめはしたかもしれません。なぜそれがいけないのですか。日本のために頑張っているのだから、それくらいいいのではないですか」

 「鉛筆なめなめ」とは一般的に、帳尻を合わすために数字をいじるという意味で使われることが多い。要は「粉飾」だ。

 奥さまの発言を素直に受け取れば、籠池前理事長はかなりマズい立場に追いやられてしまう。

 ご存じのように、森友学園側が大阪府へ提出をした建築費は7億5600万円、私学助成金をうけるために国へ提出したのは23億8464万円、伊丹空港の騒音対策としてエアコンを設置する助成金をもらうために関西エアポートに提出したのは15億5520万円とかなり大きな開きがある。これが奥さまのおっしゃるとおり「鉛筆なめなめ」で金額をいじったというのなら、補助金を不正に受給した補助金適正化法違反の疑いが濃厚になってしまうのだ。

 このあたりの真相は大阪地検特捜部がしっかりと明らかにしてくれることを期待したいが、個人的には籠池夫婦が「鉛筆なめなめ」の常習犯であっても特に驚きはない。なぜかというと、籠池さんが「真に日本国のためになる子どもを育てたい」と国会でも熱く語っていたからだ。

 「日本のため」という言葉を持ち出す人に限って、一般人がドン引きするようなダイナミックな「鉛筆なめなめ」に手を染めやすいのは歴史が証明している。

 例えば、東芝なんかが分かりやすい。

●東芝でも「鉛筆なめなめ」

 すさまじい粉飾に手を染めていた東芝が、その原因をつくった「原発事業」を推進するにあたって、「日本のため」をうたっていたことはあまり知られていない。

 2010年1月4日、東芝の原子力事業部は、日本経済新聞にこんな全面広告をうった。

 「いま日本が、世界にもっとも誇れる先進技術は、原子力かもしれません。」

 要するに、地球を悩ますエネルギー問題とCO2問題を同時に解決できる原子力は「夢のエネルギー」であり、それをリードしている東芝は「日本のため」になることをやっていますよ、という大義を掲げていたわけだ。

 2010年といえば、ウェスチングハウスを買収した西田厚聰社長から、原発一筋の佐々木則夫氏にバトンが手渡され、全世界で39基を受注して原発売上高を1兆円にするとぶち上げていた時代。社運をかけたプロジェクトを盛り上げるため、天下国家を引っ張り出すというのはなにも東芝に限った話ではないが、興味深いのは「日本のため」を熱く語り始めたのと足並みを合わすように、社内の「鉛筆なめなめ」の風潮も広がっていっている点だ。

 不正会計が明らかになってから『サンデー毎日』に送られた内部関係者を名乗る者からの投書には、『社内では「正直ベースは正直ベース。鉛筆をなめて来い」と言われます』(サンデー毎日 2015年8月2日)と日常業務の中で「粉飾」が慣習化していたこと示唆する言葉があった。そこで、同誌が東芝の現役社員に取材をしたところ、こんな言葉が返ってきたという。

 「日常的に聞く言い回しです。『現実の数字は分かったから、右肩上がりの数字をもってこい』という意味。売上高目標が前年より高くなるよう、『鉛筆なめなめ』して、販売先メーカーの生産計画を度外視した数字に変えることはよくあります」(同上)

 この証言が決して大袈げさな話でないのは、東芝の調査報告書内に、西田厚聰社長や佐々木則夫社長の時代のカンパニー社長たちが予算必達について『「チャレンジ」の 名目の下に強いプレッシャーがかけられてきた』(東芝 調査報告書 52ページ)と記されていることからも分かる。

●旧日本軍も「鉛筆なめなめ」

 「日本のため」という立派な旗を掲げながらも、実はその裏で業績の帳尻合わせのため「鉛筆なめ」の常習犯だった東芝と、「真に日本国のためになる子どもを育てたい」という崇高な理念を掲げながらも、「鉛筆なめ」をしたかもしれないという籠池さんの姿は妙に重なる。

 というよりも、瓜二つだと思っている。

 東芝も籠池さんも共通するのは、「大義」で突き動かされている点である。日本が世界に誇る先端技術のため、日本国のために普通に愛国心のある子どもを育てたい。どのような「大義」を抱こうが、その人の自由なのだが、この両者が問題なのは、誰も頼んでいないのに勝手に「日本のため」という大きな責任感を背負いこんだことだ。

 その強烈なプレッシャーと使命感が、都合の悪い数字から目を背けさせ、自分のことを、崇高な使命を課せられた特別な存在だという傲慢(ごうまん)さを生む。

 こんなに立派で世の中の役に立つことをやっているのだから、多少のインチキはいたしかたない――。それが東芝の場合は2000億円にも及ぶ利益のかさ上げであり、籠池さんの場合は「3通の契約書」ではなかったか。

 ただ、東芝や籠池さんをかばうわけではないが、「日本のため」という自らが背負いこんだプレッシャーに追いつめられ、「粉飾」に走るというのは、この両者だけの特徴ではない。むしろ、日本の組織でかなりよく見られる失敗の定番パターンといえる。

 その代表が、旧日本軍だ。

 「日本のため」を掲げたこの超巨大組織が、劣勢にたたされていくと「大本営発表」という「粉飾」の厚化粧を重ねたのはあまりに有名な話である。

 例えば、連合艦隊の主力を投じたミッドウェー海戦では、空母4隻、航空機300機以上、そして海軍の将兵3500人が亡くなっている。しかし、「大本営発表」では、「空母一隻喪失、同一隻大破、巡洋艦一隻大破、未帰還飛行機三十五機」という「鉛筆なめなめ」が行なわれ、「敵海上及び航空兵力並びに重要軍事施設に甚大なる損害を与えたり」という「戦果のかさ上げ」が行なわれている。

●「無理筋」への心のハードルが下がっていく

 なぜこんな「粉飾」に走ったのかといえば、すべては「お国のため」である。

 戦況が悪いことを伝えたら、海軍のメンツも丸つぶれ、国民の士気に影響をする。「いくぞ1億火の球だ!」というキャッチフレーズに象徴されるように、国民が一丸となってこの困難を乗り越えようという時期に、こんな不都合な数字はネグってしまえとなる、というのは容易に想像できよう。

 籠池夫人の言葉を借りれば、「日本のために頑張っているのだから、『鉛筆なめなめ』くらいいいじゃないですか」という考え方が、旧日本軍にはまん延していたのだ。

 このようなモラルハザードこそが、旧日本軍の失敗の本質である。

 日本のために頑張っているのだから多少のインチキは許される、という支離滅裂なロジックが通ってしまうと、次はそれ以上、さらにそれ以上となって、「日本のため」という錦の御旗を引っ張り出せば、どんなモラルの欠いた行為でも許されるようになってしまう。「一度くらいいか」とドラッグに手を染めた人が、あれよあれよと中毒になっていくように、「無理筋」への心のハードルが下がっていくのだ。

 そのような組織としてのモラルハザードがいきつくところまでいってしまったのが、「特攻」である。

 1945年、戦艦大和が片道分の燃料を積んで沖縄戦へ向かった。戦力からしても勝てる見込みはなく、「一億総特攻のさきがけ」としての出撃で、実際に2500人もの命が散った。この決断をした最後の連合艦隊司令長官・小沢治三郎氏は戦後、このように振り返っている。

 「全般の空気よりして、当時も今日も特攻出撃は当然と思う」(文藝春秋 昭和50年8月号)

 客観的なデータや論理的な考えに基づいてあのような厳しい決断を下したわけではなく、当時の組織内にまん延していた「空気」を「忖度(そんたく)」したというわけだ。旧日本軍のリーダーたちは、「日本のため」を繰り返しているうち、いつの間にやらその言葉が強迫観念のように重くのしかかり、合理的、客観的な判断ができなくなっていたのだ。

●日本型組織の闇は深い

 いまの籠池夫婦を見ていると、そんな旧日本軍と妙に重なる。玉砕的な捨て身の戦い方も、ロジックが破たんしている主張も、「日本のため」という自分たちの言葉に自らも追い詰められている、と考えるとすべてつじつまが合う。

 その一方で、籠池さんたちが「日本のため」をこじらせた原因が、彼らだけにあるとも思えない。

 籠池夫妻が、自分たちのことを「粉飾」を許されるような特別な存在だと信じ込んでいるのは間違いない。ということは、誰かが「特別扱い」をしたからではないのか。

 旧日本軍の無謀な作戦の代名詞といわれるインパール作戦は、第十五軍司令官だった牟田口廉也氏が執拗(しつよう)に作戦の実施を迫った。「必勝の信念」を掲げる牟田口司令官の言っていることは無茶苦茶だったが、補佐すべき幕僚たちは何を言っても無理だとあきらめていた。一方、南方軍や大本営からは「あいつがそこまで言っているのならやらせてやろう」という声が出た。2万人もの戦死・戦病死者を出したこの作戦は、「空気」と「忖度」によってゴーが出されたのである。

 つまり、「日本のため」を掲げて暴走する人は往々にして、誰かの「忖度」によって「特別扱い」されていることが多いのだ。

 そう考えていくと、「愛国小学校」の土地評価額のすさまじい「鉛筆なめなめ」にも、官僚の「忖度」がある可能性は高い。

 ただ、旧日本軍が無謀な戦い方をしたことの責任追及が結局、「個人」にまでたどり着けなかったように、日本型組織において「不正の全体図」を浮かび上がらせるのは困難を極める。どの官僚がいったい誰に対して「忖度」をしたのかということが明らかにするのは難しいだろう。

 籠池さんの「特攻」が浮かび上がらせた日本型組織の闇は深い。

(窪田順生)

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