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脱北元公使が明かす「日朝平壌宣言」の舞台裏 北朝鮮は100億ドルのために拉致を認めた

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/05/22 08:00 五味 洋治
2002年9月、初の首脳会談を終え、笑みを浮かべ握手する金正日総書記と小泉純一郎首相=平壌市内の百花園迎賓館。この交渉の内幕が脱北した元公使の手記『3階書記室の暗号 太永浩の証言』に描かれている(共同) © 東洋経済オンライン 2002年9月、初の首脳会談を終え、笑みを浮かべ握手する金正日総書記と小泉純一郎首相=平壌市内の百花園迎賓館。この交渉の内幕が脱北した元公使の手記『3階書記室の暗号 太永浩の証言』に描かれている(共同)

 6月12日にシンガポールで史上初の米朝首脳会談が予定されている。北朝鮮は、米韓軍事演習などを理由に会談の再検討を匂わせているが、5月21日時点では中止ということにはなっていない。

 首脳会談の主なテーマは北朝鮮の核問題ではあるが、ドナルド・トランプ米大統領は、会談の中で「日本人拉致問題を取り上げる」と約束している。今度こそ、拉致問題の解決に向けた動きにつながるのだろうか。拉致被害者家族の期待も高まっている。

太永浩元駐英北朝鮮公使の証言

 そんな中、韓国で1冊の本が出版された。2016年に脱北して韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使が書いた手記だ。5月15日に発売されたばかりのこの本は『3階書記室の暗号 太永浩の証言』と題されている。

 「3階書記室」とは、北朝鮮の住民が全く知らない秘密の組織で、金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長を補佐する「書記室」が使う3階建ての建物全体を指す。

 「中央党の幹部も勝手に近づけない、完全な立入禁止区域で、金正日、金正恩父子を神格化して世襲統治を維持するための組織だ」(同書より)

 太氏は欧州で長く外交官として勤めた経験を基に、北朝鮮の外交政策や、金正恩党委員長の発言、行動を描いている。筆者はこの本を手に入れて、読んでみた。542ページもあり、太氏の半生記にもかなりのページが割かれている。

 筆者の目にとまったのは、2002年9月17日に、小泉純一郎首相が平壌を訪問して行った日朝首脳会談の内幕だ。

 5ページほどの短い記述だが、小泉首相とテーブルを挟んで座った金正日総書記の心境が書かれており、大変興味深いものである。

 それは日朝の首脳が直接会って解決を約束しあったのに、なぜ拉致問題が停滞したかを伝える内容だ。以下、同書から引用しながらその内容を紹介しよう。

 太氏は9月17日の首脳会談後に発表され、朝鮮労働党の機関紙である労働新聞に掲載された「日朝平壌宣言」を読んだ。

 そこには「双方は、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注する」「双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した」「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」とあった。

 太氏は最後の「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」という部分に注目したという。はっきりは書かれていないものの、この表現を見る限り、金正日総書記が、日本人の拉致問題を認めたと読めるからだ。

1990年代に100万人単位の餓死者

 当時、太氏が所属する北朝鮮外務省内では、この宣言をめぐる分析や、今後の措置についてざわついていたという。

 このため、首脳会談に同席していた外交の司令塔、姜錫柱・第1外務次官(2016年5月死去)が、職員全員に対して説明を行うことになった。

 『3階書記室』によれば、その説明はこうだった。

 「小泉の平壌訪問を前にして、会談内容をめぐり、何回か協議したが意見がまとまらない部分があった」

 1990年代、北朝鮮は大規模な食糧危機に見舞われ、100万人単位の餓死者が出たとされる。いまでも「苦難の行軍」と呼ばれる時期だ。

 この難局を切り抜けるため北朝鮮側は、日本との関係改善によって支援を受けられるように、と考えた。そして、日本を通じて、米国からの軍事的圧力を交わそうとも考えた。これこそが、日朝首脳会談に応じた目的でもあった。

 そう説明したあと姜第1外務次官は、「小泉は日本人の拉致問題の解決なしには、一歩も前に進めないという立場にこだわった。この問題でわれわれが譲歩すれば、日本側も譲歩するという説明を受けた」というのだ。

意外だった小泉首相の強硬姿勢

 姜第1外務次官によれば、小泉の強硬姿勢は、金正日総書記にも意外だった。会談前には、自分から拉致問題に言及することは避け、会談の合意文にそれとなく拉致問題を書き込む妥協案を胸に抱いていたというが、経済支援を得るために、仕方なく拉致問題に自分から言及することになったのだという。

 この時、金総書記は「自分も最近になって(拉致が北朝鮮による犯行であることを)知った。一部の盲動分子がやったことだ。今後は、こんなことはないだろう」と語った。それまでは無関係として否定していた拉致を、自国の犯罪行為と認め、正式に謝罪したのだ。

 この説明を聞いた太氏は、「日本チョッパリ(豚の足、日本人への蔑称)に、わが国の指導者が謝罪するなど、想像もできないことだった」と不快げに書いている。

 姜第1外務次官は、この言葉を聞いたあと、金総書記に近づいて両手を合わせて頭を深く下げたという。

 「将軍さま、外交戦士(外交官のこと)として本当に申し訳ありません。将軍さまに拉致問題を論議させるつもりはありませんでした。われわれが処理するべき問題でした。そうできずに申し訳ありません。私たちの罪です」(210ページ)

 金総書記は、深く謝罪する姜第1外務次官に対して、次のように慰めの言葉を掛けたという。

 「首領様(金総書記の父、金日成主席のこと)でさえ、生前日本から(植民地支配に関する)謝罪を受けることはできなかった。日本の首相から公式な謝罪を引き出したのだ。大丈夫だ」

 姜第1外務次官は涙を流し、「日本の首相から反省と謝罪を引き出すことは、朴正煕(1963年から1979年まで韓国の大統領を務め、日本との国交正常化を通じ、高度経済成長を実現した)でさえできなかったことです。日本は(北朝鮮に対して)経済支援方式での戦後補償を約束しました。少なくとも100億ドルは入ってきます」と答えたという。

 なぜ100億ドルなのかの説明はないが、この数字は、当時広く噂になっていた。韓国が1965年に受けた経済支援の額を当時のレートで換算したものだろう。日本円では約1兆円となる。

 100億ドルのために、自尊心を曲げ、日本の首相に謝罪したのだ。太氏は、この数字を聞いた時の感情について「胸が高鳴った。外務省の同僚たちも、興奮した様子だった。巨額で、重要なカネだと話し合った」という。北朝鮮の経済発展は、すぐ目の前にあるような気がしていた。

 ところがその喜びは、あっさり潰えてしまう。

遺骨は「偽物と知って送った訳ではない」

 金総書記が拉致を認めたことで日本政府の姿勢は硬化し、拉致生存者5人は、一時帰国したまま北朝鮮に戻らなかった。13歳で新潟から拉致された橫田めぐみさんの遺骨が、日本政府に渡された後「偽物」と認定され、騒ぎが大きくなったためだ。

 北朝鮮外務省の中では「本物が偽物か分からない骨をなぜ日本に送ったのか」と批判の声がでた。これに対し、日本担当の外交官は、「めぐみさんに関する記録がすでになかった。しかたなく病院関係者が、遺体を埋めたあたりを発掘して見つけた骨を送った」と説明したという。「偽物と知って送った訳ではない」という説明だった。

 「その後100億ドルの話は立ち消えになり、拉致ばかりが問題視されることになった」と太氏は書いている。

 そして金総書記も「日本の連中は信じられない。むしろアメリカの奴らの方がいい」と語り、日本との関係改善を放棄した(212ページ)。

日本の外交当局は、この本の記述をよく研究すべき

 あくまで脱北者の本の記述ではあるが、当時外務省の中にいて、首脳会談を平壌で見聞きしていた人物だけに、これに近い状況があったと考えてもいいだろう。小泉首相と、同行していた安倍晋三官房副長官(当時)は、外交的には完全に北朝鮮に勝っていた。

 しかし「屈辱的な譲歩」が実を結ばなかったため、北朝鮮はその後、「拉致は解決済み」と主張し、日本との交渉に応じなくなってしまった。

 2002年の日朝平壌宣言から20年近い年月が経った。金正恩党委員長が首脳外交に乗り出すのを見て、安倍首相は、再び「日朝平壌宣言」について言及するようになっている。

 今月14日の衆院予算委員会では「平壌宣言に則って、拉致、核、ミサイルを包括的に解決し、両国間の不幸な過去を精算し、(国交)正常化するという方針に変わりはない」と述べた。

 交渉の進展を祈りたいが、北朝鮮側は、2002年とは違い、韓国、中国を自分の方に引き寄せている。残念ながら、日本からの経済支援のために再び譲歩することは考えにくい。日本の外交当局は、この本の記述をよく研究しておくべきだろう。

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