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大津事故で見えたマスコミのミスと人々の悪意 感情論で終わらせていては本質に辿りつかない

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/05/10 18:00 木村 隆志
記者会見で涙する「レイモンド淡海保育園」の若松ひろみ園長(左)。右は社会福祉法人檸檬会の前田効多郎理事長=5月8日、滋賀県大津市(写真:時事通信) © 東洋経済オンライン 記者会見で涙する「レイモンド淡海保育園」の若松ひろみ園長(左)。右は社会福祉法人檸檬会の前田効多郎理事長=5月8日、滋賀県大津市(写真:時事通信)

 5月8日(水)10時15分ごろの事故発生から2日が過ぎてなおワイドショーのトップニュースとして扱われていることが、事態の重さを物語っています。

 保育園児の命を奪った滋賀県大津市の事故は、「加害者が前をよく見ていなかった」「車2台ともブレーキをかけていなかった」などの全容がようやく見えてきましたが、この2日間でさまざまな動きがありました。

 なかでも象徴的だったのは、被害状況が明らかになる前に行われた保育園の記者会見。泣き崩れる園長、質問を続ける記者たち、それを見て怒りの声を上げる人々とワイドショーの出演者……世の中の論調は、「♯保育士さんありがとう」のツイートが広がるとともに、「正義の園長と悪のマスコミ」という構図になっていきました。

 しかし、この構図こそが事件の本質からかけ離れる要因となるとともに、現代の人々が体内に抱える悪意そのものだったのです。

無慈悲な質問で保育園の潔白が明らかに

 真っ先にふれておきたいのは、マスコミは本当に悪だったのか? ということ。

 ネット上には、「マスゴミ」「バカ記者失せろ」「お前たち全員死ね」「〇〇新聞は滅べ」などの過激なフレーズが飛び交い、ワイドショーでも記者たちを糾弾するコメントが続き、さらにそれを見た人々が「よく言った! マスゴミとは大違い」と称賛されました。

 「配慮に欠ける記者がいた」「必要のない質問があった」のは間違いないでしょう。しかし、質問の前に「こういうときにすみません」「こんなときに申し訳ないんですけど」「ご存知のところだけで結構ですので」と相手をおもんぱかるフレーズを発したうえで、できるだけ穏やかに声をかけようとしていた記者もいたのです。

 そもそも会見が行われたのは、まだ事件の全容がわからず、加害者の情報がほとんどなく、園児の保護者説明会が開かれる前。マスコミにしてみれば、保育園の会見が早く行われたことで、質問の内容を「お散歩」「園児」の2点に絞らざるを得ないほど、情報がかなり限定されていました。これによって世間の人々は、「なぜ被害者であろう保育園に同じような質問を続けるのか? 先に報じるべきは加害者ではないのか?」という疑問を抱くことになったのです。

 しかし、事件の大小にかかわらず、「加害者だけでなく被害者からも話を聞いて全容をつかむ」、さらに「そこから得られるものは何なのかを考える」のが記者たちの仕事。無慈悲に見える質問が結果的に保育園の潔白を証明し、「♯保育士さんありがとう」のツイートが広がったように、「どんな園児がどのような散歩を行っていたのか」は、泣き崩れた園長や園児を守ろうとした保育士のためにも聞くべきことだったのです。

 つまり、マスコミのミスは、事故を起こした加害者に関する報道よりも先に、被害者の保育園への質問を重ねたこと。「伝えられるものから見せていく」という時系列に沿った報道姿勢が、「マスコミは保育園を悪者にしようとしている」という印象を与えてしまったのです。「会見が思っていたよりも早かった」というエクスキューズこそあるものの、その様子が生中継・生配信されることを踏まえると、明らかにうかつだったと言えるでしょう。

 私自身も取材をさせてもらう機会がありますし、ここで「マスコミが悪とは言い切れない」と書けば批判もされるでしょう。古くから「当事者への取材や事実の追求は、加害行為を伴う」と言われる難しいものだけに、今回の会見では「よい記者と悪い記者の差が出た」のではないでしょうか。

悪意は発散できず体内に蓄積される

 次に気になったのは、マスコミを批判していた世間の人々。今回の事故は未来のある子どもたちが被害者だったことで、「誰かを悪にしなければ気がすまない」というムードが充満していました。

 しかし、最大の悪である加害者の情報が少ないうえに、多くの人は「おそらく悪意はなく、しばしば人間が起こす過失だろう」と思っていました。そんなときに、泣き崩れる園長と質問を続けるマスコミの構図を見たことで、正義と悪のイメージが固まったのです。

 今回の加害者は「無職の中高年女性」であり、悪とみなして猛攻撃するほどの大きな存在ではありません。一方、マスコミは新聞社やテレビ局などの「巨大組織」であり、巨悪とみなすには格好の存在。こうして「マスコミを叩け」という人々の悪意が増幅していきました。人々は「悪意のある質問をするマスコミは悪だ」と決めつけたことで、似たような悪意を持ってしまったのです。

 ところが、このような悪意は、思っている以上にやっかいなものであることに気づいている人はあまりいません。直接的な被害者が加害者に悪意を持つのは当然ですが、それが体内に宿り、なかなか消えないことが苦しみとなっていきます。これは直接的な被害者ではない人も同様。悪意を自らの体内に宿すことになり、それがどの瞬間に飛び出すかわからない状態になってしまうのです。

 たとえば、あなたの周りには、電車が遅延しただけで必要以上にイライラしたり、家族や同僚の小さなミスをとがめたり、たいして嫌いではない人の悪口をわざわざ言ったり、自分が悪いことをしたにもかかわらず恋人に逆ギレする人はいないでしょうか? これらは、ふだんさまざまなシーンで体内に悪意をため込んでいるから出てしまう言動なのです。

 直接的にしろ、間接的にしろ、誰かに向けた悪意は、言い切ったからといって完全に発散したことにはなりません。瞬間的にスッキリしたような感覚があるだけで、実際は自分の体内で蓄積されていくのが怖いところ。これを理解している人は、今回のようなときにマスコミを叩こうとは思わず、子どもたちを悼み、再発防止の方法を考えるものです。

感情論を前面に出した芸能人たち

 もう1点、人々の悪意を感じてしまったのは、まだ事故の全容がわかり始めた段階であるにもかかわらず、もう終わったことのような感覚になっていること。マスコミを徹底的に叩き、「♯保育士さんありがとう」とツイートしていたときの熱は失われ、再発防止に向けた議論はあまり聞こえてきません。それどころか、次のバッシング対象を探すようなコメントを発信している人さえいます。

 今回の事故は悲しいものであるがゆえに、「右折の危険性」「会見のタイミングと必要性」「保育園のお散歩」「保育士の仕事」などを考えるきっかけとなっています。「悪のマスコミを攻撃して、正義の保育士をねぎらった」と溜飲を下げているだけでは、再発防止にはつながらないのは言うまでもないでしょう。

 また、それらを報道すべきマスコミの姿勢にも疑問を抱かざるを得ないところがありました。テレビのワイドショーやネットメディアの多くは、事件の全容や再発防止よりも、「保育園は悪くない」という感情論を前面に出すことで注目を集めようとしていたのです。

 その筆頭がワイドショーで「保育園は悪くない」と発信していた芸能人たち。すでに多くの人々がネット上に書いていたことをわざわざ断言したのはなぜでしょうか。ワイドショーの出演者たちがすべきは、「事件の全容を伝え、今後に生かそう」という姿勢であり、感情論を前面に出すという方針では「好感度アップ狙い」「視聴率第一主義」と揶揄されても仕方がないでしょう。

 賢明なビジネスパーソンのみなさんは、こういう痛ましい事故が起きたときこそ、感情論ではなく、再発防止に向けた声を発信したいところです。

「保育士さんありがとう」では足りない

 最後に、「♯保育士さんありがとう」のツイートについて。

 人はねぎらいの言葉で救われるものであり、今回も被害者の保育士だけでなく、全国の保育従事者を癒やしたことは間違いないでしょう。そうしたツイートをした人が、マスコミを叩くだけの人よりも成熟しているのは明白であり、事実「日ごろお世話になっている保育士さんにあらためて感謝した」というポジティブなムーブメントをうながしました。

 ただ、せっかくのポジティブなムーブメントが「ありがとう」だけで終わってしまうのは残念な気がします。感謝の声にとどまらず、「保育士にもっとよい労働環境を」「保育士の報酬を上げるべき」という声がもっと上がってもいいのではないでしょうか。

 さらに言えば、子どもの成長や健康に貢献しているのは保育士だけではありません。「子どもに優しい社会を」と思っているのなら、小児科医や看護師、子育て中の親をサポートしている人、子ども用品の製造に携わる人などにも、「ありがとう」の声を届けるいい機会にも見えたのです。

 痛ましい事故のときだけ当事者をピックアップして「ありがとう」と声を上げるのは、やはり一時の感情によるところが大きく、未来につながるところはさほどありません。日ごろ仕事の生産性を追求しているビジネスパーソンのみなさんなら、子どもに優しい社会を実現させるために、「ありがとう」にとどまらないさまざまな声を上げられるのではないでしょうか。

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