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引退したアスリートは、その後何ができるか 元プロサッカー選手のセカンドキャリア論

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/01/30 阿部 博一
JFLのV・ファーレン長崎とガイナーレ鳥取の試合中、激しく競り合う筆者の阿部博一(写真中央)。サッカー選手を引退後、シンクタンク研究員やFIFA傘下団体職員としてのキャリアを歩んでいる(写真:筆者提供) © 東洋経済オンライン JFLのV・ファーレン長崎とガイナーレ鳥取の試合中、激しく競り合う筆者の阿部博一(写真中央)。サッカー選手を引退後、シンクタンク研究員やFIFA傘下団体職員としてのキャリアを歩んでいる(写真:筆者提供)  

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで約3年半。世界有数の都市である東京での開催、また、オリンピック・パラリンピックを2度開催するのは東京が初めてということもあり、東京大会に国内外から寄せられる期待は大きく膨らんでいる。

 今大会は、大会運営そのものの成功ももちろんだが、おそらくそれ以上にオリンピックを通じて社会に何を残せるかという「レガシー(遺産)」という考え方が注目されている。世界的に見ても成熟した都市である東京。だからこそ、インフラなどの目に見える「有形レガシー」ではなく、目には見えないが社会にポジティブなインパクトを与える「無形レガシー」が特に重要になるはずだ。

 では、大会を通じてどのような「無形レガシー」を残すべきか。個人的には、引退したアスリートが、競技生活を通じて得た能力を活かし、次のキャリアで活躍できる社会。これこそが残すべき最も重要な「無形レガシー」だと考えている。

実はアスリートが身に付けている「社会人基礎力」

 身体能力やスキルなど一義的なところに注目が集まりがちなアスリートだが、実は競技を通じて、社会で生きていくために必要な力も高いレベルで身に付けている。経済産業省は、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力(社会人基礎力)」として、「前へ踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つを掲げている。この社会人に必要とされる3つの力は、同時にアスリートが成功するために不可欠な要素でもあり、多くのアスリートはこれらを高次元で備えているのだ。

 僕は2010年まで、JFL時代のVファーレン長崎でプロサッカー選手としてプレーした。トップ・オブ・トップのアスリートではなかったが、「前へ踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」は、つねに高い水準で求められていた。

 チーム内のメンバー争いを勝ち抜くためには、主体的に練習に取り組みアピールする必要があったし、シーズン中ほぼ毎週試合がある日程の中では、勝っても負けても、すぐに次の試合に向けて切り替えて動き出す「前へ踏み出す力」が必要だった。また、どうすれば試合に使ってもらえるか、チーム内のライバルにない自分の武器は何か、対戦相手にとって嫌なプレーは何か、徹底的に考え、トレーニングに反映していた。そして、試合から逆算してトレーニングを計画し、本番の試合で最大限のパフォーマンスが発揮できるようにマネジメントしていた。

 このような「考え抜く力」は、高いパフォーマンスを追い求める過程で無意識的に身に付いた。当然、「チームで働く力」は11人でプレーするサッカーにおいてはマストだ。フィールド内外でチームメンバーと積極的にコミュニケーションを取ることで、相手に自分の考えを伝え、相手が何を考えているかを読み取り、仲間と高いパフォーマンスを創り出していった。

 「前へ踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」は、競技レベルが上がるにつれて、より高いレベルで要求されるようになる。つまり、競技レベルの高い環境に身を置くアスリートは、平均値を大きく上回る3つの力を身に付けているはずだ。

 そして、厳しい競争を勝ち抜いてきた、ということも彼らのポテンシャルを裏付ける指標の1つだろう。他の職業と単純な比較はできないが、自分になじみのあるサッカーを例に考えてみたい。

 プロサッカー選手になることは、どの程度難しいのだろうか。2015年度のデータを基に算出してみると、15歳以上の男性のサッカー人口は約33万人、例年プロ契約を結ぶのは120人程度なので、その確率はわずか0.036%である(※JFAウェブサイト参照。原則的に表の「第1種」と「第2種」が15歳以上の男性)。

 つまり約3000人に1人しかプロ契約を勝ち取れない。もちろん、33万人全員がプロになるためのトライアルを受けるわけではないため、この数字の妥当性は議論の余地があるが、厳しい競争を勝ち抜かなければプロ選手になれないのは紛れもない事実だ。これはサッカーだけではなく、他の競技でも同じことだろう。社会で生きていくということは、多かれ少なかれ競争である。そのことを考えると、この「競争力」はアスリートの大きな武器であり、スポーツ以外の分野でも大いに活用可能な力なのではないかと思う。

 アスリートは、社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な力と競争力を有する。そう考えるなら、アスリートは引退後も幅広い分野で活躍し、社会に貢献できるはずだ。

引退後の困難には2つの理由がある

 しかし、現状は必ずしもそうではない。引退後の就職先で力を発揮できずにくすぶってしまう元アスリートは数多い。また、セカンドキャリアの選択肢が、指導者をはじめとする競技に関連する仕事であったり、もしくは企業に就職するにしても、スポーツ関連業界や営業職など業種・職種が極端に限られている。これにはさまざまな原因が考えられるが、大きく分けてアスリート側の問題と、受け入れる側(日本社会)の問題とがあると思う。

 アスリート側の問題を名付けると、「自分はスポーツしかやってこなかったので症候群」となろうか。プロ契約選手として、または実業団の選手として競技を続けているアスリートに会うと、「自分はスポーツしかやってこなかったので……」という言葉を頻繁に聞く。しかし、先述したとおり、そうしたアスリートは競技を通じて社会で活躍するために必要な力を高いレベルで身に付けているはずだ。

 しかし、そのことを自分自身が認識していないために、「自分はスポーツをしてきたので、それを通じて身に付けた、考え抜いて計画的に物事に取り組む力があります!」といった言葉ではなく、「自分はスポーツしかやってこなかったので……」という、まるで競技を続けていることがマイナスであるかのような言葉が出てくる。

 なぜこうなってしまうかというと、競技を通じて身に付けたことを、ただ競技の文脈の中でしか考えていないからだろう。幅広い分野で活躍できる力があるにもかかわらず、狭い領域で自分の能力を考えてしまうアスリートが多い。つまり、自身の分野で身に付けた能力を他分野に「横展開」し、どのように活用できるか思考する力である「一般化力」が欠如しているのだ。

 もう1つの問題は、日本の労働市場にある。近年、徐々に改善傾向にあるが、学歴を重視しての新卒一括採用はいまだに顕在である。また、年功序列や終身雇用の名残もあり、日本の労働市場の流動性は低い。新卒のタイミングを逃すと、一般的な企業への就職は難しくなる社会制度がいまだにある。

 僕はというと、2010年のシーズン終了後に戦力外通告を受けて、25歳でプロサッカー選手を「クビ」になった後、米国の大学院で修士号を取り、29歳のときに三菱総合研究所で働き始めた。中途採用枠での採用だったが、待遇は大学院卒の新卒と同じ。一方で、期待される業務上の成果は新卒よりも高いという状況だった。

 僕の場合は、大学院に進学したことで「学歴の壁」を越え、さまざまな条件がたまたまそろったおかげで、中途採用に至った。だが、一般的には、30歳近くで、職業経験はサッカーのみという人材を採用する場合、どの枠で採用していいかわからない企業が多いのではないか。

 採用のしやすさのみで比較するなら、新卒で体育会系の部に所属していた22歳のほうが、29歳の元プロサッカー選手よりも採用しやすい制度が日本にはある。労働市場で元アスリートになかなかチャンスが与えられないため、結果的に彼らは自分の周りにある限定的な業種・職種に流れていってしまう。

引退後に向けて、アスリートがやるべきこと

 では、アスリートは引退後のキャリアに向けて何をすべきか。 一般的には、語学、簿記などのスキルを身に付ける、読書の習慣をつける、などがよく言われることだが、僕の答えはまったく異なる。

 セカンドキャリアのことなど考える必要はなく、目の前の競技で徹底的に上を目指すことが重要だ。

 なぜなら、すでに述べたように、社会で活躍するために必要なスキルは競技を通じて身に付けることができるのだから。引退後、セカンドキャリアにおいて本当にすべきなのはマインドセットを変えること。競技を通じて培った自身の思考へと、意識を向けることだ。

 ただ、スポーツで培った能力が他分野で応用可能なのと同じように、現役のアスリートにとっても他分野にある考え方やスキルを競技に応用可能であることには気づいてほしい。そうした観点からすると、資格や読書などにより見識を広げることは、人間としての幅やスキルの向上に加えて、競技力向上のヒントが得られるすばらしい「トレーニング」だと思う。

 企業側にもアスリートの人材としてのポテンシャルに目を向けてほしいと思う。労働人口の高齢化により、国内の優秀な人材の確保は年々難しくなっている。国の政策レベルでも、「一億総活躍社会」という労働力不足に対応するための策を優先事項として挙げている。「元アスリート」は、人材プールとしてほぼ未開拓のマーケットであり、そのポテンシャルを眠らせておくのはあまりにもったいない。

 来たる東京オリンピック・パラリンピックは、アスリートの存在価値を見直す絶好の機会だと思う。アスリートが自身の能力を自覚して立ち上がり、日本社会がアスリートにより幅広いチャンスを与えたとき、日本はまた一歩、前に進むことができるはずだ。

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