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慰安婦問題の少女像展示中止という、新たな「8月の昏い記憶」

HARBOR BUSINESS Online のロゴ HARBOR BUSINESS Online 2019/08/04 15:31 ハーバービジネスオンライン
読者提供写真 © FUSOSHA Publishing Inc. 提供 読者提供写真

「少女像」展示という衝撃

 ついに取りかえしのつかない事態になってしまった。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で「従軍慰安婦」を題材とする韓国人作家の「平和の少女像」が出品され抗議が殺到していた騒動。8月3日、実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は記者会見を開き、像を展示していた「表現の不自由展・その後」コーナーを同日限りで打ち切ると発表したのだ。(参照:NHK)

 大村知事は、打ち切りの理由として電話やFAXなどで展示への抗議が殺到。さらに「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」といった脅迫までが送付されるに及び職員の対応が限界に達し、安全性も確保できないということを挙げている。

 ネット上では「平和の少女像」や昭和天皇を用いた作品に対して様々な理由付けをした批判が次々と書き込まれ、会場周辺を街宣車が回っていることがセンセーショナルに取り上げられた。けれども、会場はいたって平穏だった。2日、3日の二日間、展示を観覧した来場者は語る。

「2日は平日だったこともありガラガラでした。中に日の丸やトラメガを手にしている来場者もいましたが展示を妨害しているわけではありません。職員はピリピリしているように見えましたが、それ以外はいたって普通の空いている地方の美術展でした」

 雰囲気が変わったのは、この展示が話題になった3日になってから。一時は入場制限も必要なほどの来場者が詰めかけたのだ。その来場者もなんらかの政治的意図を示すような人は少なかった。多くは展示が中止になるかもと考え、物見遊山で駆けつけた人たちだったという。

「テロ」を煽った政治家たち

 渦中の展示が行われていたのは名古屋市の繁華街・栄にある「愛知芸術文化センター」の8階にある「愛知県美術館ギャラリー」。折しも土曜日は世界から人が集まる「世界コスプレサミット」の当日。センターの周囲は上階の展示に向かう人やコスプレイヤーたちで混雑していた。

「センターの周囲を時折、1・2台の街宣車が<朝鮮人売春婦が〜>などとがなりながら周回しているんです。でも8階まで声が届くわけじゃありません。コスプレサミットに迷惑をかけることには成功していたんじゃないでしょうか」(前同)

「表現の不自由展・その後」は決して大規模な展示ではなかった。愛知県内各地を会場とし、入場料1600円(一般)が必要な「あいちトリエンナーレ2019」の中でギャラリーの一部を用いたものに過ぎなかった。そんな小さな企画展の僅かな展示物に批判が殺到し、企画が中止へと追い込まれたのだ。

 2日企画展を視察した名古屋市の河村たかし市長は「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの。いかんと思う」と話し、作品の展示を即刻中止することを大村知事に求めることを表明した。憲法第21条で指摘される検閲ではないかとも思えるこの行為も大村知事が中止を決める圧力になったことは想像に難くない。また、同日に「事実関係を精査した上で適切に対応したい」と述べ、補助金を交付するかどうか慎重に判断する考えを示した菅義偉官房長官の一言もこうした論調を煽ることに一役買ったであろう。

上に諂い表現潰しに加担する人々

 会場の安全、職員の疲弊、国民の心など理由付けはいくつもある。ネット上では百人が百様に持論を展開しているのもみる。でも「表現の不自由展・その後」というタイトルが示す意図を考えようとしている者は少ない。どんな理由付けをしても行政が一度は始めた展示に中止を命令したことの意味は重い。そこを出発点に議論するのではなく、脅迫や「人の心」といった抽象的な批判によって表現を規制してもやむを得ないという前例を生み出してしまったのだ。

 2012年に東京都の森美術館で開かれた現代美術家の会田誠の個展が「性暴力を肯定している」「女性の尊厳を踏みにじっている」として中止を求める声が殺到する事件があった。この時、森美術館が抗議に屈せずに展示を続行できたのは幸運だったに過ぎない。今や、表現を不自由にする手段はより巧妙になっている。匿名の市民でも一通の脅迫状で催しを中止に追い込むことができるようになってしまった。その前例となってしまったのだ。政治家は有権者や上位の権力者に向けたポジショントークで抽象的な言葉を使って巧妙に批判を加え催しを中止させることを実績として獲得する知恵をつけてさえいる。

 菅義偉官房長官や川村市長を筆頭にインフルエンサーたる有名人、タレントが煽り、ネットや街宣車で殺到した抗議は、表現が不自由になっている時代を現している。それらを展示物だと思えば「表現の不自由展・その後」成功しているといえるかもしれない。しかし、ことは政治家が煽った結果、「ガソリンを撒く」というテロ予告が起きたという事実であり、そうしたアイロニーで語れる域を超えている。

表現者はどう向き合うべきなのか?

 いかに自分が気に入らないものであっても、表現を踏みにじったことは明らかである。アートだからではない。いかなる形態であっても表現という行為は命がけのものである。それをないがしろにされたことにやり返す手段はやはり表現である。

『A』『A2』『FAKE』などドキュメンタリーという手段で表現の不自由を突破してきた映画監督・森達也は中止の一方を知り「こういう状況だからこそ、やろう」と述べ自身の過去を振り返った。

「自分はつくっちゃいけないとか考えるよりも先に作品を作ってきた。『放送禁止歌』の時も後から<よくあんな作品をつくりましたね>という感想を貰ってから、ああ、これはやっちゃだめなのかと知った……」

 表現する者はいかなる常識や限界にも囚われないことを血肉として語る森に、今回の中止にどう対抗していけばよいのか問うと、森氏はさも当然のような口ぶりで答えた。

「……ゲリラで、勝手にやってしまえばいい。そう美術館の前で、あの少女像を装飾して展示したりさ」

 誰もがいつでも被るかも知れない表現の不自由。その時に、どう行動するのか。今後、我々は表現をする際にそれを念頭に入れざるを得ないことになった。戦後70年以上が経過したいま。「8月の記憶」に新たに重く昏い楔が打ち込まれたのだ。

<取材・文/昼間たかし>

【昼間たかし】

ひるまたかし●Twitter ID:@quadrumviro。

ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿、取材を続ける。政治からエロ、東京都条例によるマンガ・アニメ・性表現規制問題を長く取材する

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