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「昭和飯」は女性の料理負担を増やしたのか それでも女性が料理を作る理由

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/10/21 阿古 真理
料理は手をかけるべきだという意識は、平成に働き始めた世代にも根付いているが…(写真:monzenmachi / PIXTA) © 東洋経済オンライン 料理は手をかけるべきだという意識は、平成に働き始めた世代にも根付いているが…(写真:monzenmachi / PIXTA)

 今の日本は、驚くほど食の選択肢が広がっている。外食のチョイスは無数にあるし、デパ地下からコンビニまでありとあらゆる所で総菜を売っており、好きでなければ料理をしなくても食べていける。それでも、多くの女性はなぜかいまだに「女性たるもの料理をしなければいけない」と、どこか思っているフシがあるのではないだろうか。

 それを証拠に、近年はやっているものがある。「ミールキット」なる宅配会社がやっている、あらかじめ切ってある食材と、同封されている調味料を使って調理するだけで、「生姜焼き」や「シェフサラダ」など立派な料理ができるお助けキットである。なぜ、女性はそこまでして料理をしようと思うのだろうか。

女性が料理をしてしまう理由

 それは第一に、子どもなど食べさせなければならない家族がいるからだ。自分と家族の健康を守るには、体調に合わせた食事を選べ、安全性に信頼が置ける手作りがいちばん、と考える人は多い。自分が作る責任を引き受けていると思うからこそ、女性たちは大変でも作ろうと努力するのだ。

 もう1つの理由は、彼女たちが育った時代背景と関係がある。今の現役世代は、昭和育ちの親の下で育ち、母親がよく作っていた料理に慣れ親しんでいる。これは、ハンバーグやナポリタン、ロールキャベツやコロッケ、オムライス、カレー、ギョーザ、マーボー豆腐といったもので、筆者はこれを「昭和飯」と呼んでいる。戦前から作られていたものもあるが、誰もが気軽に食べるようになったのは高度成長期以降なのが共通点だ。

 『料理は女の義務ですか』でも、詳しく触れているが、この昭和飯こそ、現在の女性が料理を「義務」に感じている理由の一端だと私は考えている。

 昭和飯が広がった頃、日本人は食卓革命といえる大きな転換期にいた。農業の近代化などによる食料生産の拡大や、産地から冷たいまま店の棚まで運ぶコールドチェーン網、スーパーの誕生、冷蔵庫・炊飯器などの家電や、ガス・水道・電気が完備された板の間キッチンの普及だ。

 同時期、『主婦の友』などの4大主婦雑誌が合計で200万部超えの人気メディアとなり、テレビでも『きょうの料理』などのレシピを伝える番組が放送された。牛乳・チーズなどの乳製品、肉類、卵類、新鮮なレタスなどの西洋野菜といった食材は、この時期に安く大量に供給されるようになり、使いこなすためのレシピを主婦たちが必要としていたからである。

 さらに、女性の意識にも変化が起きた。いつの時代も、若い世代は新しい食べ物を積極的に求め、シニア層は食べ慣れたものを食べたがる。もし、この時期に3世代が暮らす家庭やシニア世代が多数派だったら、新しい料理はそれほど普及しなかったかもしれない。しかし、この時期急速に増えたのは、若い世代だけが暮らす核家族だった。

日常的に「昭和飯」を作るように

 当時の核家族において、台所は「女性の城」だった。この頃城を持った世代は、男女平等を定めた日本国憲法が制定された後、戦後民主教育を受けて育っている。サラリーマンが増えた時代に結婚した彼女たちは、対等な夫婦関係の下、夫が家計を担い、妻である自分は家事・育児を引き受けた、と考えた。いわば、主婦業を「仕事」と考えたのである。

 昭和飯には、作るのに手間がかかるという特徴がある。ハンバーグはこねて丸め、ギョーザは包むという細かい作業がある。ロールキャベツに至っては、キャベツの葉を1枚ずつ剝がしてゆで、別に作った肉のたねを包んで巻き、ようやく煮ることができる。

 これらの洋食はもともとレストランで提供される料理だったし、ギョーザは中国の行事料理である。手間は、日々の食事とは異なる特別な料理としてのウリである。しかし、昭和の主婦は、日常食として昭和飯を作るようになった。それはなぜか。

 まず、食材やレシピが提供されるようになったことが大きい。それに加え、彼女たちのプロ意識が影響した。日々手の込んだ料理を食卓に並べることは、自分がしっかり働いているアピールになる。作りがいもある。もしかすると、楽しい作業だったかもしれない。

 何しろ、家電が普及した少人数家族は、少し前の土間の台所で大家族だった暮らしと比べて家事・育児の手間が格段に少なかった。そして、彼女たちは主婦業に専念できることに喜びと誇りを抱いていた。余った時間を、料理に手をかけることに費やした女性たちは少なくないのだ。

 しかし、高度成長期も後半になると、共働き女性が増え始める。そういう女性たちに役立ったのが、冷凍食品、レトルト食品などの昭和飯だ。昭和飯は技術の進歩に伴い、すぐに加工食品として提供されるようになった。肉をたっぷり使ったこれらの料理を食べたいと思う人が多いからだ。

男女の役割分担意識はそう簡単に変わらない

 昭和の共働き女性が大変だったのは、男女の役割分担意識が変わっていなかったことだ。既婚女性の多くは、働くうえで「家事・育児に手を抜かない」という約束を夫にしなければならなかった。夫が家計を担っているのに、妻が仕事を持つのは趣味の領域だと考えられたのである。

 だから、彼女たちは加工食品や総菜を利用したり、時短レシピ活用などの工夫をしつつ、夕食を整え、弁当を作った。しかも、この時代には食卓に求められる水準が上がっていた。

 1つは、一汁三菜が理想の食卓という考え方だ。きっかけは、『きょうの料理』である。1978年10月、「家庭むきの懐石料理」特集で、一汁三菜という懐石料理の献立が紹介された。すると、ほかの料理研究家たちも、食卓は「一汁三菜」であるべきだと言い始めたのである。

 この時期、家庭料理は二極化へ向かっていた。1つは時短料理などの簡略化、もう1つは高度化である。後者は主に少数派に転じた専業主婦たちが中心に担った。1980年代に専業主婦でいられたのは、基本的に経済的に余裕がある人たちである。その中には、難しい料理に挑戦することにやりがいを見いだした人たちがいる。

 料理の趣味化は、『きょうの料理』で懐石料理のほか、フランス料理などの本格的な料理を繰り返し特集したことや、パーティ料理や日本料理、フランス料理の料理本が盛んに出版されたことからわかる。それは、日本人のグルメ化が始まっていたことも影響している。

 料理の高度化傾向はしかし、バブル崩壊とともに崩壊。この頃になると、主婦もランチなど外食で本物のフランス料理などを食べられるようになり、フルタイムで働く既婚女性は、さらに増えていくからだ。1990年代半ばには共働き女性が既婚女性の多数派に転じる。

性別で役割を分担する時代は終わった

 しかし、料理は手をかけるべきだという意識は、平成に働き始めた世代にも根付いていた。彼女たちは昭和飯を食卓に並べた母の娘たちだ。また、昭和期にはレシピ情報に伴い、日々の食卓は日替わりにすべきだという考え方も普及していた。

 また、平成共働き世代はグルメ世代でもある。1970~1980年代には、ファミレスやファストフード店が次々にできた時代である。バブル期にはイタリア料理のブームが起き、外食がレジャー化した。外食する習慣を子どもの頃から身に付け、舌を肥やしていった世代が、仕事がどんどん大変になっていく平成不況の時代に働き始める。

 一方では、日替わり一汁三菜を当たり前と思い、日々おいしいものを食べたいという食べ手としての自分がおり、他方では、忙しいのに求める水準の料理を作れない自分がいる。そのジレンマで女性たちは葛藤する。

 その間、男性はどうしていたのか。ベターホーム協会の調査によると、家庭料理に対する価値観が最も保守的なのが40~50代で、20~30代は家庭参加に意欲的である。それは、彼らが家庭科の男女共修時代に育ったこと、そして妻も共に働かなければ家計が成り立たない経済背景がある。料理に対する彼らの意欲に、未来へのかすかな希望が見える。

 性別で役割を分担することが効率的な時代は終わった。その中で料理を誰がするのか、なぜするのか。これからの未来に向けて考えることが必要な時代にきている。

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