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火野正平『にっぽん縦断 こころ旅』を見て「セクハラとは何か」を考えた

NEWSポストセブン のロゴ NEWSポストセブン 2022/06/18 16:15
番組公式サイトより © NEWSポストセブン 提供 番組公式サイトより

 はからずも偏狭な世の中になりつつあると言われる。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が旅番組について考察した。

【写真】根強いファンに支えられている

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 そろそろ熱中症が心配になる季節。熱中症を「ね、チューしよう」に言い換えるこの人のセンスに舌を巻く。それをテレビで堂々と披露し、番組を制作しているのがNHKというのも目を惹く。そう、74才の火野正平さんが相棒「チャリオ」(自転車の愛称)と日本中1万7068kmを走破、千日を超えて旅を続けている番組『にっぽん縦断 こころ旅』(NHK BS)です。すでに11年もの間続いていることを見ても、いかに中高年の視聴者を中心に人気があるのかがわかります。

 この番組は実にユニーク。3つの特徴が際立っています。

 まず、旅番組でありながらも観光名所や有名な旧跡にとらわれないこと。視聴者からの手紙に記された「こころの風景」を求めてひたすら移動していく。手紙にしたためられているのは過去への切ない思いや願い、個人の苦しみや喜びといったこと。人生というものがリアルに伝わってきます。

 2つ目の特徴として、目的地に到達することが全てではないこと。火野さんが走りながら見せていくのは、実は旅の「途上」のディテイルです。山を這う道、海辺、古い神社、沼、商店。ひなびた集落や田舎の暮らし。食堂で各土地の味覚を堪能する。雄大で美しい自然風景もあれば、土砂降りの中を進むこともある。寒さ暑さ、疲労、腰痛。高い橋は高所恐怖症だからおびえる。坂道をハーハー苦しそうに走ることも含めての、74才自転車旅のリアル。

 そもそも、旅人が火野正平でありシナリオが無いのですから、展開は視聴者の想像を飛び超えていく。オチャメで好奇心一杯、鳥やカエルやありんこの声にも耳を傾ける火野さんの姿はまるでピュアな小学生そのもの。一方で、母性をくすぐる低音の響きで時にダンディな色気も漂わす。

 何よりこの旅人は、「下からの目線」を持っていて、撮影されるシロウトの気持ちをよく察しています。テレビの撮影隊や芸能人が、一般人を振り回すことを「よし」としない細やかな配慮が伝わってくる。だから11年間も続いてきたのだろうと思います。

 最後にもう一つ特徴として、このご時世で「#ミートゥー」にならずに快走し続けていること。例えば旅の途中、乗り込んだ飛行機のCAさんに「べっぴんだのう」と握手を求め、なかなか機体から下りない。ある時は、眼鏡が曇って前が見えないのを口実に、女性店員の体に手を回す。

(名場面編集・月曜編では「いいオジサマは絶対真似をしてはいけません」とすかさず駒村多恵アナウンサーが注意コメントを差し挟んだり)

 自転車にまたがる火野さんの姿を見つけた沿道の女性たちは、歓迎して嬌声を上げる。サインをおねだりする。それに応える火野さん、何枚も書いた色紙の中に一つ漢字のサインを紛れ込ませて「漢字にあたった人は今夜一緒に過ごそう」と即興を連発。熱中症を「ね、チューしよう」と変換する火野さんのセンスがこの番組の魅力の一つになっています。

 それは同時に、セクハラとは何かということを、図らずも問いかけてきます。「相手が不快だと感じない、そんな関係が成り立つ場合はセクハラには該当しない」ということを。

 ただし、TVという不特定多数の視聴者を前提にした番組でそれが成り立つ(と見える)ところがまたまた不思議で興味深い。おそらく火野さんと画面に登場する人、視聴者の間でそれぞれ了解の関係がある、ということでしょう。

 言葉とは奥深いものです。話をする相手、背景の文化、口調、人間同士の関係や前後の脈絡すべてが関わっている。しかし昨今のSNSでは前後関係や文脈を無視し、一言だけ取り上げて「許すな!」といった反応も目立ちます。やたら言葉狩りばかり横行すれば、社会はすさんだ雰囲気になり、表現の領域もどんどん狭められていくことになる。この番組が、そうした言葉の奥深さまで考えさせてくれるとすれば、素晴らしい。

 冒頭の画面には大きく「制作・著作NHK」と表示が。もしかしたら、自転車旅のパクリ番組防止のためかもしれませんが心配せずとも大丈夫。過去には週刊誌を賑わせ女性遍歴華々しいモテ男。今や74才の自然体キャラ・火野正平がいなければ、決して成り立たない旅だから。見ている人がほんわかと癒やされたり勇気をもらったり。熱心な視聴者に精神的な快適性を届けている火野さん、今後も末長く旅を続けていってほしいと願います。

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