古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

「もしかして脱ぎすぎた?」 活動休止を経て復活した大谷みつほが大胆セミヌードを披露したワケ

サイゾー のロゴ サイゾー 2014/05/05 Cyzo

 98年にドラマ『ATHENA-アテナ-』のヒロイン役としてデビューし、同年の「ヤングジャンプ 全国女子高生制服コレクション」準グランプリに輝いた大谷みつほ。その後、バラエティ番組やドラマ等で活躍していた彼女だったが、09年に突如として芸能活動を休止。そこから3年の月日を経て12年に活動を再開し、昨年には「倍返しだ!」で社会現象を起こした大ヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)にゲスト出演したことで話題になった。そんな彼女がこの度、12年ぶりにイメージDVD『BABY BLUE』をリリースし、なんとセミヌードを披露している。デビュー当時から変わらぬチャーミングさに大人の色気が加わった現在の大谷みつほは、なぜ今回セミヌードを決断したのか。そして活動休止から復活までの経緯とは…。

──まず、デビューしたきっかけから教えて下さい。

大谷みつほ(以下、大谷)「私は三重県の鈴鹿市の出身なんですけど、そこはとにかく田舎で、暇で暇で。それで14歳の時に『私はこのままずっとと田んぼに囲まれて暮らすのかな…』って将来について考えたことがあって、その時ふと『テレビの中に行けば楽しそうだな』って思ったんです。お父さんが映画大好きで、家では毎日映画が流れてるような環境だったっていうのも影響していると思います。そこから、どうやったらテレビの中に行けるのかなって考え始めました。

 実家の近所に住んでた加藤紀子さんが名古屋のタレント学校に通ってたことを知って、とりあえずそこに履歴書を送りました。それでタレント学校に中2から通い始めて、中3の春に事務所が決まり、ドラマも出られることになって…。そしていざ上京したら、訛りがひどくて標準語が全然話せなくて、監督にボロッカスに怒られてたっていうのが最初です」

──デビューから現在まで何度か芸名を変えていますよね。それにはどんな理由が?

「最初は本名のままで『大谷允保』だったんですけど、ドラマが決まった時に読みやすいようにしたいってことで名前を平仮名にして『大谷みつほ』になったんです。その後、23歳の時に役者をやりたいっていう気持ちが強くなって、平仮名だとアイドルっぽくて嫌だなって思ったので、また漢字の『大谷允保』に戻しました。それで休止期間があって、今の事務所に入ったタイミングで、やっぱり平仮名の方がわかりやすいよねってことになって今は『大谷みつほ』です。平仮名の方が画数は悪いんですけどね。平仮名でも漢字でも仕事が入ってくる量は変わらなかったし、別にもういいかなって(笑)。今でも、どっちの表記? ってよく聞かれますね」

──今回リリースしたDVD『BABY BLUE』では、そんな『大谷允保』の頃の大谷さんのイメージからは想像がつかないような大胆な露出をされていますが、なぜセミヌードを披露しようと思ったんですか?

大谷「お仕事もらったらそのままやるスタイルなので(笑)。というのは言葉が乱暴かもしれませんが、事務所の人が私に『こういうオファーが来た』と言ってきた段階で、少なくとも“事務所のジャッジ”は通過していると思っているんです。だから、事務所がそう判断した仕事は、もちろん仕事内容をきちんと考えてですが、ちゃんと受けたいと思っているんです。

 今回のDVDは企画の段階から参加してて、コンセプトはもちろん衣装をどういったものにしようかなども含め、“無理せずできるところまでやりましょう”というお話だったんで、そんなに思い切って脱いだつもりはないんです」

──「セクシー路線に変更?」と勘ぐってしまうようなきわどい露出でしたけど……。

大谷「それはフライデーさんがヌードとか書いてたから、“すごい脱いだ!!”みたいな印象になったんじゃないですかね。私もあとから『もしかして脱ぎすぎた?』ってちょっと思いましたけど(笑)。久々のDVDで大人になったっていうイメージをつけたかったので、セクシーな感じにしたかったんですよね。撮影ではMな人妻を演じて、目隠しされたり手首を拘束されたりしたんですけど、ボンデージとかじゃなくキレイなドレスを着てるのでそこまでどぎついものでもないかなと思います」

──今作のリリースに伴った写真展では「35歳までに結婚したい」とおっしゃっていましたが、デビューから現在まで恋愛観に変化はありましたか?

大谷「デビューしてからは高校卒業まで彼氏作っちゃいけないっていう生活で、その後も仕事中心だったので、その頃はあんまり恋できなかったですね。連休なんてなかなかもらえなかったから旅行とかもできないし、いつ仕事が入ってくるかわかんないからとりあえず日本にいてって言われていました。そんな感じだと、彼氏がいてもなんかめんどくさくなってきて…。私にたまたま時間ができても、今度は相手が時間がなかったりして、とにかくタイミングが合わなくてうまくいきませんでした。でも今はマイペースに仕事をやらせてもらえているので、どっちも両立できるようになったかな。前までは、恋愛と仕事はどっちかしかできない『二兎追う者は一兎も得ず』と思ってたけど、今は『二兎追う者は三兎得る』と思ってます(笑)」

──今は恋愛にも前向きなんですね。ちなみに、どんな男性が好きなんですか?

大谷「私、ホントに面食いじゃないって言われるんです。私はめっちゃかっこいいと思ってるんですけど…。だから、雰囲気で好きになるタイプなのかも。あとは優しくて、おもしろくて、仕事ができて、あんまりお酒飲まなくて、タバコを吸わない人だったらいいですね。私がお酒飲む方なので、2人ともお酒好きだったら人生ダメになりそう(笑)」

──相手の年齢や職業にこだわりは?

大谷「昔は絶対年上の人がいいって思ってたけど、今は年下でも全然OK。といっても、さすがに20歳とかはちょっと厳しいので、25歳以上で就職して、世の中の酸いも甘いも経験した人なら(笑)。職業はそんなに気にしないけど、業界の人じゃない方が私に合ってると思う。あんまりテレビとか見なくて、私のこと知らなくて『誰だよ、お前!』みたいな人の方が腹を割って話しやすいかもしれません」

──ということは、一般男性にも大谷さんとお付き合いできるチャンスが大いにあるってことですね(笑)。話は変わりますが、09年からの3年間の芸能活動休止期間は、どのような生活を?

大谷「メンタル心理カウンセラーっていう資格を取ったりしてました。PTSDなんかに悩まされてるクライアントの話を聞いて、その人を癒すっていう資格なんですけど、そのトレーニングをクリニックでやったり。あとは、都内のバーでバーテンとして働いてました。お客さんに私だってことがバレるとお店にも迷惑がかかるので、スタッフからはあだ名で呼ばれたりして」

──意外に普通の生活を送っていたんですね。資格を取ったり、バーテンとして働いてみようと思ったのはなぜですか?

大谷「10代の頃から芸能界しか知らないまま過ごしてきて、今後もし芸能界を辞めたら私はどの世界で生きていけばいいんだろうって不安があったのでそれをなくしたかったんです。普通の社会を経験して、いつ社会人になってもいいような自信をつけたくて。バイトもしたことがなかったんで、タイムカードを切るのがずっと夢だったんですよ。芸能界は定時に終わってお給料をもらえるなんてことはないので。それに、芸能界の仕事以外で得られるお金の価値も知りたかったんです。そういう仕事を通していろんな人に出会えて、世の中何でもアリなんだなって思えるようになりました。どこでも生きていける自信がつきましたね」

──そこからまた芸能界に復帰しようと思ったのはどんな理由から?

大谷「復帰した方がいいよって言ってくれる人がたくさんいたことが大きいですね。それから、活動を休止する前はネットやファンからの反応だけを自分の評価として見てきたけど、社会に出たら私のことを知ってくれてる人が思いのほかいて、見てくれてる人がいたんだなって気づけたことも理由の一つ。あと、働いてたバーで『芸能界に入りたかったけど結局入れなかった』っていう人の話をたくさん聞いて、『私ってすごくラッキーだったのかも』って思ったのと同時にデビュー前の芸能界に入りたかった頃の気持ちを思い出せて、初心に返って頑張ろうと決意できたんです。本当に周りの人たちのおかげで戻ってこれたんだと思います。出会いにとにかく感謝しています」

──戻るべくしての復帰だったんですね。今後はどのように活動していきますか?

大谷「役者としてやっていきたいです。あとは、趣味が多いので趣味の本を出したいっていうのもあるんですけど……。耳ツボジュエリーとビアテイスターの資格を持っているので、その2つは形にしたいですね。また何か新しい資格を取ることも考えてます」

──最後に、メンズサイゾー読者にメッセージをお願いします!

大谷「今回のDVDは120%男性のために作ってるので、いろいろ想像しながら見てもらえるとうれしいです。ちなみに本編が80分あるんですけど、ロケ地のバリの風景がすごくキレイなので、環境ビデオ的な感じで流してもらうのもいいかもしれません(笑)。こういったDVDを作るのは、おそらくこれが最初で最後になると思うので、ぜひ見て下さい!」(文=サ乙/撮影=辰巳ちえ)

※画像:大谷みつほ(撮影:辰巳ちえ)

サイゾーの関連リンク

image beaconimage beaconimage beacon