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「悪ではないが、検討すべき課題がある」――IIJのゼロ・レーティングに対する考え

ITmedia Mobile のロゴ ITmedia Mobile 2016/10/30
「悪ではないが、検討すべき課題がある」――IIJのゼロ・レーティングに対する考え: ゼロ・レーティングの3つの課題 © ITmedia Mobile 提供 ゼロ・レーティングの3つの課題

 特定のアプリやサービスを使ったときのデータ通信量をカウントしない「ゼロ・レーティング」(「カウントフリー」「ノーカウント」などとも呼ばれる)を採用するMVNOが増えている。例えば、「LINEモバイル」はLINEの通話とトークが使い放題になる「LINEフリープラン」と、それに加えTwitterとFacebookも使い放題になる「コミュニケーションフリープラン」を提供している。また、FREETELのiPhone向け料金プランはApp Storeでアプリをダウンロードする際のパケット料金が無料になる。

 無料化対象になるサービスを利用するユーザーにとってはメリットだが、ゼロ・レーティングには「通信の秘密」や「ネットワーク中立性」の面から問題があるとする意見もある。IIJのエンジニア、佐々木太志氏は10月22日に行われたIIJmioのファンイベント「IIJmio meeting 13」でゼロ・レーティングについての問題点をまとめ、IIJの考えを説明した。

●ゼロ・レーティングの3つの課題

 ゼロ・レーティングについては、技術面も含めてさまざまな課題があると佐々木氏は指摘。その中で今回は「通信の秘密」「ネットワーク中立性原則」「利用者間の公平性」の3つについて取り上げた。

 「通信の秘密」は基本的人権の1つとされ、多くの国の憲法にも記述がある普遍的な考え方だ。個人の私生活の自由やプライバシーは保護されるべきものであるとともに、通信は生活の中で重要なコミュニケーション手段になっている。通信の秘密が侵されてしまうと、私生活の自由やプライバシーが危機にひんするため、これを守ることは非常に重要だ、という考えだ。

 通信の当事者は、通信の内容、通信の相手、そもそも通信があったこと自体も第三者に知られない権利を持つ。この第三者の中には、電気通信事業者、郵便事業者など、通信を媒介する者も含まれている。IIJのような電気通信事業者は本来、「通信を見ることもできないし、通信があったことを知ってもいけないし、通信している人が誰かも知らない」(佐々木氏)

 さらに日本の法律では、第三者の中に電気通信事業者が使う通信機器も含まれているそうだ。機械が自動的にユーザーの通信を扱っていることも、日本の法律では通信の秘密の侵害と解釈されているというのだ。

 しかし、電気通信事業者はユーザーのメールを送受信したり、通信ログを見ながら通信量を把握して料金を決めたりしているので、ユーザーの通信を見てはいけない、機械的にでも知ってはいけないということになると事業が行えないことになる。そこで、「電気通信事業者は日常的に通信の秘密を侵害しているけれど、警察に逮捕されないからくりが用意されている」(佐々木氏)。そのからくりとは、正当業務行為であること、通信当事者の同意を得ているケースなどだ。

 正当業務行為とは、“やらないとどうしようもない業務”といえる。法律に違反するとしても、できないと仕事が成り立たないから、それに関しては違法としない扱いにする場合だ。例えば、医者は手術で体を切り開くことがあるが、傷害罪にはならない。開腹手術は医者の正当の業務と見なされるからだ。同様に、電気通信事業者も、メールの宛先や使った通信量など、ユーザーの通信の中身の一部を見ることができないと業務が成り立たなくなる。こういったことに関しては、ユーザーの同意なく通信の秘密をあばくことができる。

 電気通信事業者の正当業務行為の例としては、課金を目的として利用者の通信履歴を閲覧したり処理したりすること、ネットワークの安定運用を目的として、相当と認められる手段で利用者の通信の制御を行うこと、捜査機関の令状提示に対して、利用者の通信履歴を提出することなどがある。これらの場合は、特にユーザーの同意を得なくても行うことができる。

 正当業務行為以外でも、通信の秘密を侵害して問題ないことがある。それは通信当事者の同意がある場合だ。ユーザーが「有効な同意」をした場合は、その意思に反しない利用である限り、電気通信事業者は通信の秘密を侵害できる。

 しかし、この有効な同意とは、「利用者がその意味を正確に理解し、その上で同意した場合」だ。「あまり意味が分からないけれど、ここにハンコを押してくださいと言われたからハンコを押した」「約款のどこかに小さい文字でそんなことが書いてあったかもしれないけど、よく分からない」というような場合は有効な同意とはいえない。有効な同意は「個別かつ明確な同意」である必要がある。

 「通信の秘密は基本的人権。われわれは非常に重要なものとして扱ってきたし、重要に扱うだけの価値があること」と佐々木氏は述べ、一般的な規約に同意することとは別次元の、非常に明確な同意が必要であるという考えを示した。

●通信の秘密を侵害しないゼロ・レーティングとは

 佐々木氏は「電気通信事業者が事業を行うことは、日常的にユーザーの通信の秘密を侵すこと」と断言。さらに、ある特定のパケットについて無料化する行為も、「ぶっちゃけ違法か違法じゃないかといったら、違法」という考えだ。「通信内容を調べて無料化対象の通信かどうかを判定する行為が、通信の秘密を侵害していることは明らか。これをサービスとして提供するときには、正当業務行為に相当するか当事者の同意があるかの二択になる」(佐々木氏)

 正当業務行為に相当する場合は、ユーザーから個別に同意をもらわなくても、通信事業者は通信の秘密を侵害できる。しかし「ケースバイケース。総務省にも明確な回答をいただけない場合がある」(佐々木氏)という。

 正当業務行為になるかどうかは厳しく判断される必要がある。一般的には「目的が正当であるか」「行為が必要であるか」「手段が相当であるか」という3つの要件があるとされ、この3つが全部満たされる場合に正当業務行為であるとされる。これに沿って考えた場合、ゼロ・レーティングのためにパケット検査をすることが正当業務行為といえるかどうかは、「正直、難しいというのが基本的な考え」と佐々木氏は述べ、ゼロ・レーティングのためのパケット検査は正当業務行為に相当しないという認識を示した。

 そうなると、ゼロ・レーティングを提供するにはユーザーの同意が必要だということになる。このときの同意は「十分な説明に基づく個別、明確な」同意でなくてはならない。「どこまで通信を確認させてもらうか、それによって何が起きるかを十分に説明した上で同意をもらう必要があるというのが、われわれの考え方でもあるし、これまでの電気通信事業者の考え方でもあるし、監督官庁である総務省の考え方だと思っている」(佐々木氏)

 さらにこの場合、「ユーザーの意思に反しない範囲で」というのが重要だと佐々木氏は指摘。一度同意をもらったからといって、通信を見てもいい権利を得たわけではなく、必要最小限の範囲で同意されたにすぎない。「きちんとユーザーに情報を与えた上で同意をもらわなくてはならない」と佐々木氏は繰り返し述べ、「個別かつ明確な同意」の必要性を強調した。

●ネットワーク中立性の問題

 「ネットワーク中立性」とは、通信事業者はインターネットにおける全てのデータを公平に取り扱うべきだという考え方のこと。Wikipediaによると、2000年代初頭にコロンビア・ロースクールのティム・ウー教授が提唱したとされ、「インターネットは全てのコンテンツやアプリケーション利用者に対してオープンであるべき」という内容の記述もある。オープンであるということは、データの種類やデータを扱う人によって、通信を認めなかったり、通信速度を変えたりしないということだ。インターネットがオープンであることによって、さまざまな革新的なサービスや技術、考え方が生まれることを期待する考え方である。

 総務省の有識者会議でもネットワーク中立性に基づく議論が行われ、日本の電気通信事業にも、この考え方は尊重されていると佐々木氏はいう。ただ、インターネットは中立でなければならないという法律は日本にはない。ネットワーク中立性は、守るべき1つの指針、考え方といえる。

 電気通信事業法第6条に「電気通信事業者は、電気通信役務の提供について、不当な差別的取り扱いをしてはいけない」というものがあり、これがネットワーク中立性の考えに最も近い内容だ。とはいっても「不当でなければ差別的な取り扱いをしてもいいというようにも判断でき、オープンなインターネットであるべきだということまでは示していない」(佐々木氏)。

 ゼロ・レーティングとネットワーク中立性の関係を考えてみよう。電気通信事業者がゼロ・レーティングで一部のサービス提供事業者を優遇することは、ネットワーク中立性の考え方からみると問題がある。電気通信事業者が優遇した特定アプリは市場支配力を当然強め、優遇されなかったアプリ提供者は市場支配力を弱める可能性がある。新規参入の機会が奪われ、その結果インターネットの革新が止まるかもしれない。通信事業者がサービス提供事業者にプレッシャーをかけ、サービス品質が悪くなる場合もある。革新が止まることで利用者の不利益につながることもあると佐々木氏は警鐘を鳴らす。

 ただ、ネットワーク中立性は1つの考え方にすぎないので、議論の余地もある。米国には、過剰なネットワーク中立性の重視が、むしろ革新を止めるのではないかという考えを持つ有識者もいるという。ゼロ・レーティングのようなサービスを封じ込めることによって、新しいサービスの芽がつまれてしまう方が弊害が大きいと考える人もいるという。こういった議論が日本では十分行われていないと佐々木氏は指摘する。ネットワーク中立性に対しては、電気通信事業者や総務省、メディア、ユーザーも含めて、正しいインターネットとアプリの付き合い方を議論すべきだという考えだ。

●利用者間の公平性が阻害される場合もある

 さらに、ゼロ・レーティングがユーザー間の公平性を阻害する恐れもあるという。

 データ通信サービスの提供にはコストが掛かる。電気通信事業者は、そのコストをユーザーに料金として負担してもらってサービスを運営している。もしゼロ・レーティングでユーザーがコスト負担を止めてしまったら、その無料となったパケット通信のコストは誰が負担するのだろうか。

 ここで3つのケースが考えられる。1つ目のケースは、無料化対象のサービスを、その電気通信事業者が自ら提供する場合だ。例えば、ある携帯電話会社が、自身のユーザーに対して自社の雑誌読み放題サービスにかかるパケットを0円にする、というような場合だ。このケースは利用者間の公平性にはあまり関係がない。どちらかいうと、ネットワーク中立性の面で問題となるだろう。

 2つ目のケースは、無料化対象サービスの提供事業者が、通信事業者に対してコストを支払う場合だ。例えば、MVNOが、あるサービス提供事業者の雑誌読み放題サービスでかかるパケット料金を0円とし、そのサービス提供事業者がMVNOに対してコストを払うとする。この場合、お金の流れはスライド下部の図のようになる。本来、サービスが提供されたら通信料金はMVNOに対して利用者が支払うが、そのお金がサービス提供事業者を回って流れただけで、ゼロ・レーティングにかかる通信コストは、回り回って利用者が負担していることになる。なので利用者間の公平性は保たれていると考えられる。

 3つ目のケースは、無料化対象サービスのコストを誰も負担しない場合。MVNOがあるサービス提供事業者の提供する雑誌読み放題サービスのパケットを0円としたのに、誰もMVNOにお金を払わないという場合で、これは問題だ。図のように、通信コストは発生しているのにMVNOにお金が支払われない。しかし、通信コストは誰かが負担しなくてはならないので、下の「他の利用者」から払われた通信料金で補っていると考えられる。これではサービスを使っている利用者と、使っていないのにコストを負担している他の利用者は公平ではない。「ゼロ・レーティングが得だと思っている人と同じだけ、実際は裏でゼロ・レーティングで損をしている利用者がいる」(佐々木氏)

 以上のケースを考えると、MVNOがゼロ・レーティングを提供しようという場合は、公平性の部分からよく検討する必要がある。電気通信事業法第6条は「緩い法律」で、「不公平が仮にあったとしても、法律で禁止されるほど不公平かといわれれば、たぶんそうではない」(佐々木氏)。結局、電気通信事業者とユーザーの判断になる。「どこに重きを置いてサービスを提供するか、契約するかという問題になる。実際のところ、電気通信事業者がこの問題をどう考えるかによって、対応はさまざま」(佐々木氏)という結論になる。

●IIJの考え方は?

 では、IIJはゼロ・レーティングについてどう考え、どのように行動するのか。

 「ゼロ・レーティングは悪だ、といいたいわけではない。ただし、これまでも非常にセンシティブな議論がされてきたテーマ。ゼロ・レーティングを提供する通信事業者は、いくつかの観点で何かしら検討をしなければならない。そして、その考え方をユーザーに説明することが重要だ」

 佐々木氏はこう述べた上で、IIJとしての考え方をまとめた。

 IIJは、電気通信サービスを開始した当初から通信の秘密を尊重してきたと胸を張る。通信の秘密の侵害も最小限となるように努力し、それは今後も変わらないと断言した。「まったく提供の予定はないが、もしゼロ・レーティングを採用する場合があるとしたら、ユーザーに対して権利がどれくらい侵害されるのか、何が起きるのかを十分説明した上で、必ず事前に個別かつ明確な同意をいただく」(佐々木氏)

 ネットワーク中立性については、オープンインターネットがさまざまな新ビジネスを生み、それによってプラスの影響を与えてきたという考えの立場だ。ただ、インターネットは変化していく。「今後、どこまでだったら中立性は正しいのか、どこからだったら悪い影響が起きるかという議論が行われる場合には、IIJとしてその議論に参加したい」(佐々木氏)

 利用者間の公平性については、サービス提供事業者がコストを負担しないモデルについて「現時点でまったく導入の意思はない」と明言した。サービス提供事業者がコストを負担するモデル(スポンサード・データ)については、「利用者間の公平性に問題がないと考え、提供することになったら、通信の秘密やネットワーク中立性の観点から検証を行った上でユーザーにサービスを提供する」(佐々木氏)と述べた。

 最後に、MVNEとして100社以上のMVNOを支援しているIIJとして、MVNOがゼロ・レーティングのサービスを提供したいという要望があった場合に、どう応えるかも説明した。

 「技術的にゼロ・レーティングサービスをやりたいというMVNOからの要望があれば、相談にはいつでも応じる。技術的なところ以外については、ゼロ・レーティングについての法令、IIJが電気通信事業者として尊重すべき考え方、さまざまなノウハウがある。そういったものをパートナーMVNOさんの求めに応じて提供し、一緒に考えさせてもらいたい」と佐々木氏は述べ、MVNEとしてゼロ・レーティングサービスの提供を支援することに対しては慎重な姿勢を示した。

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