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「194票差」で進んでいく復興計画 残される18軒「何を救うのか」

DO_NOT_USE_産経新聞 のロゴ DO_NOT_USE_産経新聞 2014/04/30 産経新聞
ボランティアと自宅を修繕する砂金政宏さん。周囲には、同様に直して暮らす民家が点在する=宮城県山元町 © 産経新聞 ボランティアと自宅を修繕する砂金政宏さん。周囲には、同様に直して暮らす民家が点在する=宮城県山元町

 東日本大震災で被災した宮城県山元町で今月20日、投開票された町長選は、復興計画をめぐり、現職と元職の一騎打ちとなった。その結果、現職が3983票、元職が3789票で現職に軍配が上がった。人口1万3140人(3月末現在)の町で、わずか194票差の僅差。実はそこに、復興まちづくりの課題が凝縮されていた。

 「将来を見据えた、町の発展をリードする拠点をつくるというまちづくりの考え方をご理解いただいた」

 斎藤俊夫町長(65)は当選後、神妙な面持ちでこう語った。一方、元職の森久一(きゅういち)氏(68)は「復興のさまざまな矛盾点が噴出している中、選挙戦はそれなりに意味があった」と敗戦の弁を述べた。

 イチゴとリンゴで知られる町を二分した激しい選挙戦。背景には、沿岸の被災10集落を、内陸に造成する3つの新市街地へ集約する町の復興政策「コンパクトシティー構想」とその進め方への是非があった。国も「先進事例」と評価する復興まちづくり計画である。

 ◆人口2割流出

 「宮城県の職員から町長になって1年で未曽有の大震災に遭遇し、どんな復興まちづくりをするか考えたわけですよ」

 斎藤町長は選挙前、千羽鶴が飾られた仮設の町長室でそう語っていた。

 「山元町には中心となる場所がなく、人口が1万3千人いて、まともなスーパーもない。人口減少、高齢化時代に魅力ある町であるためには、新市街地という拠点が必要だと考えた」

 「人口が減る中で集落が分散していたら、上下水道や道路の維持管理費など、いずれ町が持ちきれなくなる。震災というピンチをチャンスに変え、10年、20年先も持続可能な町への大改造をやろうと思った」

 だが、新市街地の建設を進める一方で、住民が望むそれ以外の場所への集団移転は認めず、住民や議会の反発を呼んだ。被災したJR常磐線と2つの駅も新市街地へ移設されることになり、来月、ようやく本格工事にこぎ着けるものの、運転再開は震災から6年後の平成29年春の見込み。仙台市のベッドタウンとして電車で通勤、通学していた町民は待ちきれず、人口の2割近くが流出した。

 「194票差」には、震災から3年を経た町の現状への批判が込められていた。斎藤町長は今月25日、再選後に初登庁し、職員へ訓示した。復興計画の見直しは特段示されなかった。

 ◆堤防より海側

 太平洋から900メートル、津波をかぶった2階家を浜風が揺らす。元介護職員の砂金(いさご)政宏さん(52)は自宅の修繕を続けていた。11歳のときから暮らしてきたわが家。弟と背丈を測った「柱の傷」も残っている。

 自宅周辺は町の条例により、住宅の新築が制限される「災害危険区域」に指定された。だが修繕などはできるため、砂金さんのように町に断って家をリフォームする人が相次いだ。震災前に約1070世帯あったJR山下駅周辺に現在、約320世帯が戻っている。

 町の計画によると、常磐線の内陸移設を受け、線路の海側を走る県道が線路跡へ移されることになった。県道は4~5メートルかさ上げされ、高さ7・2メートルの防潮堤を越えた津波を防ぐ「第2堤防」の役割を担う。

 だが、県道のルートが変わることで、砂金さん宅を含む18軒は第2堤防より海側に残される。このままでは、18軒は第2堤防で守られない。県仙台土木事務所は「県道移設は、線路の跡地を有効利用するため町との協議で決まった」と説明する。砂金さんは2階の床を直しながらこう言った。

 「町は住民の命をどう考えているのか。町にとって、人の命とは何なのか。コンパクトシティーは、何を救おうとしているのか」

【用語解説】コンパクトシティー

 車を使わず歩いて暮らせるように住宅や医療・福祉施設、商業施設、公共機関などを集約する都市計画の考え方。お年寄りが通院や買い物へ出かけやすくなるほか、自治体はインフラ整備などのコストを節約できる利点があるとされる。国土交通省が推進しており、自治体がコンパクト化を進めやすくするための都市再生特別措置法の改正案が、今国会で審議されている。

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