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『シン・ゴジラ』が傑作になりえた理由――『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』を読む

エキサイト Bit のロゴ エキサイト Bit 2017/04/16

ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんによる、話題の作品をランダムに取り上げて時評する文化放談。今回は『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』について語り合います。

ありえた複数の『シン・ゴジラ』

© Excite Bit 提供

藤田 『シン・ゴジラ』の円盤も発売されたタイミングなので、遅ればせながらですが、『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』について話したいと思います。

『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』は、『シン・ゴジラ』に関する「公式記録集」です。

 単なる記録集に留まらず、これ自体が作品だという印象を受けました。『シン・ゴジラ』のありえた別の展開を示す豊富な資料が載っている貴重な一冊でした。1万円で、重さ3キロというすごい本だけど、買うだけの価値はありました。

飯田 スタジオカラーが『新劇場版ヱヴァンゲリヲン』でも毎回刊行しているのと同様のスタイルの、とんでもない物量のメイキング本ですね(ただしキャストのインタビューはない)。当初の予定から遅れに遅れ、ではあるけれども、16年末に17年3月のBlu-ray、DVD発売に先駆けてリリースされたと(Blu-rayに収録されているメイキング映像も垂涎ものでした! ごちそうさまでした!)。

『シン・ゴジラ』自体が謎めいた部分、語りたくさせる要素をたくさん孕んだ作品だったので、そういう欲求を満たし、さらに刺激するもの。数々の資料や脚本草稿、いろんなスタッフのインタビューが載っていて最後に満を持して庵野秀明総監督ロングインタビューという構成が憎い。

藤田 驚いたのは、イメージボードに拠ると、当初は飛び散ったゴジラの血や細胞がゴジラの顔になるという、ナウシカの「粘菌」みたいなイメージで構想されていたこと。神山健治さんが書かれている脚本草稿では冒頭に公安が出てきていたり、途中の稿でも、行き先が新宿になっていたり、ゴジラが東京を目指す理由がちゃんと決まったりしていたのにもビックリしました。

飯田 捨てられていった無数の設定やディテールがいちいちおもしろい。「自己増殖していくゴジラ」ってアイデアが東宝に拒否されたとかいうエピソードとかね。あと熱放出時イメージボード「オエー!! オエエエエエ!!」とか「ゲボー!!」って書き文字があって笑ってしまった。細かい話をし出すと止まらなくなるおもしろさがある。

現代美術との共振――抗争やプロセスそのものの「作品」としての提示

藤田 庵野監督への氷川竜介さんのロングインタビューで、庵野さんが、皇居を出さないことや様々な内容について「東宝の意向」や「諸般の事情」と、きちんと、「自分の意志の範囲」を明示しようとしているところにも驚きました。「庵野秀明の作家性が……」みたいに語られがちな作品でしたが、決してそうではないことが分かる。この本自体が、ありえた複数の『シン・ゴジラ』を示す作品になっているし、一作の映画を作るまでの抗争をドキュメント化していると同時に、完成した作品に対する反撃にもなっていて、本編に負けず劣らずの「作品」になっていました。現代美術では、「交渉」や「プロセス」を作品として提示するものがありましたが、この本は、現代美術と共振しているようにぼくには感じられた。

飯田 ただ作品をつくるだけじゃなくて、これだけ掘り下げてまとめてもらえるなら「やってよかった、次もがんばろう」って思う参加者もいるだろうなあと。もちろん、作品がよかったことが前提ではありますけど。本篇の出来がひどかったらメイキングは失敗の原因や過程を検証するためのものになっちゃうんで(それはそれで貴重ですが)。

藤田 ああいうところ読んじゃいますよねw エンディングの「しっぽ」の造型案とかも結構いいんですよ。

飯田 今ってよくもわるくも作品単体で完結しないというか、バズること込みで作品づくりをしないといけない時代じゃないですか。世の中全体に流通する情報量が増えているので、目立つためにはフックになる要素がいくつもないと触れてもらえない。ひとつの作品のなかに、語れる文脈をどれだけたくさんぶち込むかが重要になっている。この本の物量は、そういう時代に応えている感じもある。もちろん庵野さんは、もともとそういう濃い作品ばかり作ってきた人ではありますが。

藤田 作品作りに関するお金の話や、作業工程などを具体的に書いているのもポイントですね。こういうやり方をすれば効率よく作品が撮れるということを示している。

いいシナリオ・脚本が映画には大事である

飯田 シナリオができるまでの過程が何回も出てくるけど、リテイクの繰り返しの中で筋が通るようになっていくプロセスがおもしろい。推敲しないとモノはよくならないんだなということがよくわかります。創作指南書としても活用されること必須でしょう。

藤田 黒澤明も、めっちゃ脚本に拘っていましたからね。

他にも驚いたのは、あの作品の「リアリティ」は、庵野さんが実際の官僚の方々らと接してきたから生まれたことだということですね。クールジャパン関連の会議などで出会った経験が生きている、と。そして、実際に見て意見をもらうようなことを繰り返していた。それは凄いですよ。驚きました。日本のために頑張る人たちを描こうという動機も、その実際の経験から得たらしいですね。

シナリオのメモに「アドラー」とか書いてあるのが、何気にツボです。あの作品を見終わったあとの自己啓発的な高揚感が、しっかり意図されていたことなんだなって分かって。

飯田 www

126p掲載の脚本草稿に「3.11と同じだ。自衛隊は、常にこの国最後の砦だよ」とありますが、本編劇中にそのセリフはありませんでしたが、画面から感じられた印象はまさにこういう感じで、本心から自衛隊をヒーローとして描きたかったんだなあということがよくわかった。

ほかにも、14/7/7版プロットの「核を使えば、東京、いや日本を失いかねない事態になる」「いいじゃないか。その時は日本を捨てれば。日本人は国土、国家を捨てて世界に旅立ち、奉仕貢献してもいいと思う。日本人はそれが出来る唯一の民族だと、俺は信じる」(118p)なんかまんま小松左京だなと思ったり。

藤田 『日本沈没』ですよね。

飯田 一方で15/1/7版プロットでは主人公のせりふとして「まとめサイトを検索チェックして、俺にメールしておいてくれ」(120p)とかあって、これはカットされてよかったwwwと思った。

藤田 それは「矢口はネトウヨ」説を強化しますよねw しかも、フェイクニュースに騙される人みたいに、今だったら思われる。「ネットde真実」が、「本当に真実だった!」っていうカタルシスを与える映画としてこの映画を解釈しうる道を拓きますね。

さらに面白かったのは、東宝のチームと、庵野さんの率いるカラーのチームが衝突していたとか。カメラが回っている横でiPhoneで撮ったりしているのは異様らしいですね。現場に来て庵野さんが引っ掻き回して、疎まれたので、裏でスクリプターの人と話していたとか…… そういう「作り方」の次元で衝突を起こしまくっていて、それが本編の躍動感に繋がっていったことが分かる。

 あ、そういえば、ぼくが書いた『シン・ゴジラ論』(作品社)という、一冊丸々使って論じた本で、「抗争の場と(しての)『シン・ゴジラ』」っていうのを書いているぞ!(宣伝) なんと、慧眼なんだろう!

飯田 圧倒的にいい本だということを前提にした上でやや醒めた言い方をすると、「クリエイターは狂気にあふれていなければいけない」神話、「採算度外視してつぶれるまでやるべき」論、「映画会社の考えるマーケティングなるものはクソ」論をベタベタに示しているなあとも思いました。これは大半の読者が溜飲下げるところでしょう。

藤田 『君の名は。』の大ヒットが、その説を覆してしまったというのは面白いんですがw どっちも真実なんでしょうなぁ……。成功したものについて後からならなんでも言える、ってことなのでしょう。正確に判断するためには、方法論ごとに、成功と失敗を統計とらないとダメなんでしょうが。

偉大なり、スタッフ

藤田 それはともかく、『進撃の巨人』の経験を樋口監督やスタッフの人たちが生かし……っていう部分も、見逃せません。『進撃の巨人』はドラマパートがなければ傑作だと過去にこの連載で断言して袋叩きに遭いましたが、俺は間違ってなかったじゃないかw

コスト計算については、結構言及されていたんですが、ある時点からは持ち出しでぶっこんだみたいですね。

飯田 実写版『進撃の巨人』や過去のゴジラもこれくらいの密度と物量でメイキング資料を残しておいてくれたら比較できておもしろかったよね。

 コスト云々に関しては、日本の職人って目の前のことを完璧に仕上げることに時間を費やして全体見られないんだなということがよくわかるエピソードが何回か出てくるじゃないですか。まあ、僕もそうなりがちですけれども。

藤田 ぼくの読んだ印象ですけど、庵野さん、言うほど「狂気」って感じじゃないと思うんですよね。インタビューの内容ですが、冷静でクリアで整理されていてロジカルですよね。

「この予算だったらこれができる」「この予算ならこう作る」「コストが掛かるからこのシーンは削る」「セットを建てる倉庫の壁をそのまま使う」「3Dモデルの仮想カメラで構図を事前に決めておいて、役者の拘束日数を減らす」とか、すごい節約の発想の人だな、と……

飯田 いや、僕が狂気を感じたのは「考え方」の部分ではなくて「実行力」、実現へのこだわりのところです。本人も言っているけど「ルーチン」との闘いを徹底しているでしょう。合格点をどこに設定するか。この作品はルーチンのなかの一作なのか、『アストロ球団』的な生死をかけた一発勝負なのか。庵野さんは徹底して後者たろうとした。前者でいくのもプロとしては間違っていないけれども、構想をどのレベルで実現させるかというときに80点じゃなくて100点にギリギリまでこだわっている。納期と予算があるなかでどこまで妥協しないかを限界まで突き詰めていくと、おかしくなりますよ。だって普通はもっとその手前で「もうこのへんでいいことにしよう、もういいだろう」って思うし、そうしないといけない圧力が各方面からかかってくるんだもの。それを跳ね返して粘り続け、こだわりつづけた精神力とタフさが異様だと思います。

藤田 作るべき作品から逆算して方法論を決めていくのは、個人的には「普通」なように感じます。まぁしかし、日本映画では「普通」じゃない、というのもよくわかります。

この作品の場合は、ルーチン的に作らないことが功を奏した。非常事態を描く作品ですからね。それが最終的な画面にも影響した。そういうことではないかと思います。ルーチン的な作り方が合う作品、それでヒットする作品もたくさんあるでしょうし、

飯田 方法論は普通だとしても、やりきることって本当に難しいんだよ。妥協の誘惑に負けない、負けさせないことが作品のクオリティを決めるけど、時間と予算と疲労との戦いのなかでずーっっと折れずにいたら、心も体も壊れますよ。

もちろん、東宝から三顧の礼みたいなかたちで引き受けた庵野さんだからこそ「俺、降りる」ってカードが切れたこともったとは思います。そのくらいしないとああいう作品にならないんでしょう。

庵野さんひとりでは作れなかったというのは当然の事実として、ですけど。才能に惚れて現場をまとめた人たち、踏ん張った人たちもすごい。

藤田「降りる」カードを切るタイミングについては、交渉を巡るドキュメンタリーとしてスリリングでしたねw 「庵野秀明だから降りるといえた」というのは確かにそうで、新人監督だったらできないことでしょうけど、その「庵野秀明」になるまでが大変なんでね……

飯田 本当そうだよね。これが新規タイトルでも無理だったろうし。ゴジラだったからみんな「やるしかねえか」って思った部分も大きいでしょう。

「脚本通りにやってもあまり面白くないことが分かった」by庵野さんとか、「え、ひどいw」って話もいっぱいあるんですよ。16年末放映のアニメ『6HP』が惨憺たる出来だった村上隆氏と振る舞いレベルでは近いところもあるんですよ。監督が突然ちゃぶ台ひっくりかえすとか。だけどじゃあなぜこうもクオリティが違うのはなぜだ? 何が違うんだろう? って考えると、たとえばひとつには『6HP』は脚本がよくないから「これなら絶対やりたい」と思う人がいなくて、結果、次々にスタッフがいなくなるという現象が起きたんだなということがわかる。『ジアート』を読むと「シナリオがすごかったのでがんばろうと思った」「庵野さんとの仕事なのでがんばろうと思った」という人がいっぱい出てくる。

「脚本がよければ人間は動く」!!!

庵野秀明は三年寝太郎である

藤田 これを読んで、東宝の中の人や樋口監督の重要性もよくわかりました。職人の皆様たちの凄さも本当に伝わってきた。

飯田 そう思います。自分から「メンタルぶっ壊れた」って公言している人間を信じて総監督任せるのってすごくない? ほかの産業だったらなかなか考えられないでしょう。

電通とかトヨタの社長が「メンタル壊れてしばらく何もできませんでした」って言ってたら「おいおい」ってなるでしょ。いや、普通のアニメ製作会社でも同じか……?

でも庵野さん本人はインタビューで、政治家や官僚と話してとても面白かった、「構想力と実行力」重視のところに共感もできた、自分とそういう人たちは近い、って言ってるのがおもしろいよね。ほんとか? って思うけど。

藤田 中野信子さんによると、外科医とか弁護士に「サイコパス」が多いらしいですが、それと似たような意味で、メンタルの偏りごとに才能を発揮する職種もある、ということではないのかなと。

庵野監督にもし「狂気」的な部分があるとしたら(ぼくはそうは思いませんが)、過集中と虚脱、というパターンに近いような気がします。「メンタルが壊れた」というのは、作品制作に集中したらその後に訪れる周期的なものなのではないかと…… これは勝手な印象ですが。

飯田 毎回作品作っては壊れているので周期的といえば周期的ですね。一試合完全燃焼byアストロ球団だから……。

藤田 日本昔話に「三年寝太郎」というのがあるんですが、それを思い出します。 三年間寝ていて、怠け者だと思われているけど、ある危機が訪れたときに、三年分寝て貯めた小便で村を救い、それからは尊敬されるようになったという……

飯田 3年に1作ペースくらいなのは新海誠監督や細田守監督もそうだけど、別に彼らは毎回「壊れた」とか言ってないですよ!

藤田 なにはともあれ、言わなければならないのは、ぼくが『シン・ゴジラ論』で書いたことは、この『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』を読んでも修正する必要を感じない、凄いな俺! ってことです。

全然そこを褒めてくれる人がいないので、自画自賛するし、宣伝するよ!w

このゴジラはゾンビになるべきだ! ってのもツイッターでも書いたし本にも書いたけど、実際、当初の構想が「自己増殖していくゴジラ」だったとわかって、ワハハハと思いました。『新世紀ゾンビ論』という本も書いたので読んでね!(宣伝)

クールダウンした今だからこそ振り返るべきこと

飯田 正直な話をすると、去年の8月、9月の時点でもう『シン・ゴジラ』を語るのも読むのも疲れていたわけですけど……w

それで『ジアート』が年末に出て円盤が3月に出るのは、ちょうどよくクールダウンしてきた時期に出るものでよかったなと(というか3月発売なのは明らかに東日本大震災合わせですよね)。

311それ自体を描いたというより、311を通じてわれわれは何を考えないといけなかったのか、どこまで深く受け止めるべきだったのかを突きつけた作品が『シン・ゴジラ』だったということは、この本を読んで改めて感じました。

藤田『シン・ゴジラ』にできたこと、できなかったこと、やろうとしたこと、やるためにしたこと、それらを冷静に知るためにも、この書籍は必見です。単なるメイキングではない。

東日本大震災を受けてクリエイターが何を考え、どのように応答しようとしたのか、その思考の軌跡としても非常に興味深いですね。

飯田 大学図書館とか制作会社の資料室にこれが置かれることの意味は大きいでしょう。クリエイターにとっての参照項になる。こういう試みがどういうことをもたらすかはロングスパンで考えないといけないし、楽しみでもあります。

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