古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

『ヒットの崩壊』発売記念対談 柴那典×レジーが語る、音楽カルチャーの復権とこれから

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/11/19 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 音楽ジャーナリスト柴那典氏が、書籍『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)を上梓した。「ヒット曲は、かつて時代を反映する“鏡”だった。果たして、今はどうだろうか?」というテーマが掲げられた同著。小室哲哉や、いきものがかり 水野良樹をはじめとした音楽シーンの各分野で活躍するキーパーソン10名への取材をもとに、新しいヒットの方程式を考察している。  今回、リアルサウンドでは柴氏と音楽ブロガーであるレジー氏の対談を企画。近年、音楽シーンではミュージシャンの活動の主軸がライブとなったり、音楽配信サービスが本格的に始まるなど、エポックメイキングな動きが立て続けに起きているが、その背景には一体何があるのだろうか。ヒット曲のあり方や、社会と音楽の関係、さらに、この先に訪れる未来の可能性についてまで、多岐にわたる議論を行なった。(編集部) (関連:いきものがかり水野良樹が、J-POPに挑み続ける理由「今はない“みんなで聴くもの”を目指してきた」) ・音楽の外側にある背景を読み、“ヒット”を考える 柴:まず、『ヒットの崩壊』というタイトルにはいくつかの意味が込められているんです。これは担当編集者からの提案でもあったのですが、僕が「ヒット曲がなくてもCDが売れなくても、最近は武道館公演ができる。怒髪天のように、一度はメジャーの契約を失ったとしても再びメジャーに戻ってくることもあるし、タフに生き延びてきたアーティストが今はたくさんいる」と、とてもポジティブな意味合いとして彼に話したところ、「それって“ヒットの崩壊”ですね」と、ある種ネガティブにとれる言葉で総括してもらったんですね。 レジー:「誰しもが知っているヒット曲が存在しない、でも個々のミュージシャンのやり方次第では十分に生きていける」という今の時代をどう捉えるかは人によってだいぶ違いがありますよね。たとえばこの本に登場する水野(良樹/いきものがかり)さんは、いわゆるヒット曲が生まれづらくなっている現状に対して一番心を痛めているミュージシャンなのではないかと思います。以前インタビューさせていただいた際にも「音楽を通じて社会に影響を与えたい」という旨のお話をしていただいたのですが(http://blog.livedoor.jp/regista13/archives/1057176031.html)、この本の中での「みんなが共有できる曲がないと、それは音楽が社会に影響を与えているとは言い切れない。音楽はいくつかあるコンテンツのひとつになり、極端に言えばどうでもいいものになってしまうという危惧がある」という旨の彼の発言は、本全体を通してもかなり強く印象に残った部分でした。 柴:そうなんですよね。彼と同じような問題意識を持っているミュージシャンって、20代や30代の中にはそんなにいない。多くのミュージシャンは、自分と聴き手が一対一で結ばれることを求めているんですよね。僕も、それはそれで一つのとても美しいあり方だと思います。たとえば、結果的に2016年には「前前前世」という「みんなが知っているヒット曲」を生みましたが、そういう聴き手と一対一のマインドを持って活動してきたバンドの一例としてRADWIMPSが挙げられる。去年RADWIMPSといきものがかりは横浜アリーナで対バンしましたが、僕の中では対極の2バンドだった。 レジー:水野さんもRADWIMPSのことは意識していると言ってますもんね。 柴:同じ神奈川県出身でデビューした年も同じ2006年で、しかも互いにとても成功しているミュージシャン。そういう意味でも、意識しているところはあるのかもしれませんね。 レジー:「ヒット曲」に関連する話ではオリコンの垂石克哉さんへのインタビューがありましたが、そこで「オリコンのチャートは枚数という特定の基準があるからこそ機能している」という大原則が提示されていましたよね。そしてそのルールをハックするような形でAKB48が出てきて、他のアイドルもそこに乗っかることでチャートが機能不全になってしまった、というのが柴さんの説ですが、逆側から見るとアイドルの人たちにとってはオリコンチャートが「頑張りが数字で認められる分かり易い指標」として存在していて、だからこそアイドルブームが成立したという考え方もできるんじゃないかと僕は思っているんです。物事が駆動するためには、そういう目標になり得るものが必要ということなのかなと。『ヒットの崩壊』では、ハックされて機能しなくなったオリコンに関する功罪の“罪”の方が主に書かれていますが、ある面においては“功”もあったと僕は思います。あと、「歌のランキングは結果的にその人の人気投票になる」という話も興味深かったです。 柴:僕もそれは垂石さんの話を聞いて初めて気づいた点でした。AKB48がオリコンをハックしたという話はよくあるんですが、実はそれって特典商法を使ってCDセールスの枚数を稼ぐことだけではなかったんです。オリコンチャートはそもそもCDの売り上げランキングなのに「人間の対決」に見えるから注目を集めたとおっしゃっていた。80年代は松田聖子と中森明菜、90年代末から00年代初頭は浜崎あゆみと宇多田ヒカルの対決がオリコンチャートの中で行われていた。そういう風に人気を数値化していたものを、AKB48は「総選挙」の中で行うようになった。前田敦子と大島優子の対決はCDセールスの枚数ではなく投票数で行われるようになったということです。 レジー:今柴さんが例として挙げていた対決ですが、前田・大島の対決だけは少し意味合いが違う気がしました。松田・中森、浜崎・宇多田の場合は、「どちらが好きか」という趣が強かったと思いますが、前田・大島のケースに関しては「応援」という感覚がより強いのではないでしょうか。最近のSMAP「世界に一つだけの花」の購買運動もそうだと思いますが、「応援するためにCDを買う」という行為はますます一般的になりつつありますよね。この背景にはもしかしたら2011年の震災が関係しているというのもあるのかなと思っていて、「福島を応援するために野菜を買う」といった応援消費が広まっていく中で、そういった消費のトレンドが音楽の世界にも間接的にかもしれませんが波及したのかなと。そう考えると、アイドルシーンを中心にした「応援するための」CD購入というのも実は世の中のマクロトレンドと繋がっている部分があったとも言えるんじゃないかと思います。 柴:それをITの力で小さな規模でやれるようにしたのがクラウドファンディングで、マスからの世論喚起的に起こっているのが、SMAPの購買運動かもしれないですね。一方で、今は音楽がパッケージから動員の数字で語るものになったというマーケットの転換がある。ただ、これはこれで、動員がいくら大きくなっても、世の中の全体性のようなものにはなかなか繋がらないという問題があると思うんです。これも水野さんが話していたことですが、たとえ東京ドームでコンサートをやって5万人を熱狂させたとしても、ドームのある水道橋駅の駅前を歩いている人には、その音楽の魅力は届かない。ワンマンのライブやコンサートというのは、ミュージシャンとそのファンの中で回る幸せな世界なんですよね。もちろん、それは素晴らしいことですが、水野さんはその外側に行こうとする回路を意識している。いきものがかりを知らなくても、結婚式や卒業式で使われる曲として「ありがとう」は知ってる人たちがいる。あの曲はオリコン1位にはなっていないけれど、それも今の時代のひとつのヒット曲の在り方と言える。ヒット曲というものを考えるにはその音楽の外側にある背景を読まなければならない、というのはこの本を執筆するにあたり改めて実感したことでした。たとえば、宇多田ヒカル、椎名林檎、浜崎あゆみ、B’z、DREAMS COME TRUE、GLAY、L’Arc〜en〜Cielもいて、ミリオンセラーが続出した90年代に、結局1番売れたシングルは「だんご三兄弟」だった。この事実からも、いかにヒットというものが音楽と関係ない領域で起こっているかということがわかる。ヒットの現象と音楽の純粋性は関係ないどころか、相反するものですらあり得る。 レジー:「だんご三兄弟」のケースは少し極端な例かもしれませんが、「ヒット」ということについて考えるならば「その曲がどういう音楽か」ということだけではなくて、もしくはそれ以上に「その曲がどういう形で世の中に伝わっていったか」ということに意識を向ける必要はありますよね。特に最近は商品単体ではなくて関連するサービスまで含めた体験全体のあり方を考えるというのがどんな領域においても不可避になっているわけで、ポップミュージックについてもビジネスとしての側面がある以上はそういう視点で語られることがあってもいいのかなとは思っています。それによって音楽そのものの地位が貶められる、ということでもないと思うので。 ・00年代に蒔かれた種が開花し、10年代のシーンが生まれた レジー:『ヒットの崩壊』は90年代と10年代の話がメインになっているような印象を受けたのですが、柴さんはその間の00年代についてどのように捉えていますか? 僕としては、10年代のシーンの状況としてよく指摘される話の多くは00年代に蒔かれた種が開花したものだと思っています。たとえばチャートの話も「ランキング上位は全部AKB48です」となる数年前、00年代の後半にはジャニーズの作品が「DVDつきの初回盤×通常盤×配信なし」というような手法で年間チャートの上位に食い込んでいました。また、最近では一般的に言われるようになった「フェスのレジャー化」も00年代の終わりごろにはすでにその兆候があったような実感があります。あとは、「恋するフォーチュンクッキー」「R.Y.U.S.E.I.」といった「みんなで踊る」みたいな音楽の潮流についても、00年代には『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年からテレビアニメ放送スタート)のエンディング(「ハレ晴れユカイ」)あたりがすでに盛り上がっていましたよね。 柴:00年代に関しては僕も持論があって、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』でも示唆的に書いたことですが、「ディケイドの切れ目は7の年」だと思っているんです。実は00年代の準備が始まったのは97年、10年代の準備が始まったのは07年だったと思っているんですね。音楽業界で97年に始まったのはフジロックフェスティバルで、その年にデビューしているのはDragon AshでありCoccoであり、GRAPEVINEでありTRICERATOPSである。それ以前の世代では、歌謡曲やJポップに対峙しなければならなかったロックバンドが、フェスというアーキテクチャが生まれたことと、オルタナティブなロックが海外で覇権を握ったことで、伸び伸びと自らの音楽を表現できるようになった時代でもある。ビーイング系や小室ファミリーが覇権を握り「月9」を筆頭としたドラマタイアップがヒットの条件だった90年代前半の趨勢とは違うムードが生まれた。それを僕は00年代の準備であったと捉えています。そして00年代前半は、98年にピークを迎えたCDというパッケージが力を失っていく時代だった。音楽の中身に関しては、自国の文化の素晴らしさを再認識しようという、ある種のルネッサンス運動的な動きが起きました。わかりやすいのがカバーブームですね。さらにはカラオケランキングで複数年にわたってランキングのトップ10に入る曲が出てきた。象徴的なのがMONGOL800「小さな恋のうた」と一青窈「もらいなき」です。要は、90年代まで脈々と続いてきた、アメリカやイギリスを中心にした海外のポップカルチャーを翻案して自分たちの文化にするという営みが、何かのきっかけでストップして、その代わりに10年代につながるガラパゴスと言われるような文化鎖国の状況が生まれ始めた。 レジー:今の海外文化を翻案して、という話で言うと、00年代の大体前半ぐらいの時期に、海外の音楽の細分化がかなり加速したような印象があるんですよね。あくまでも僕個人の話、シーンの話というよりは自分のコンディションの問題の方が大きいのかもしれないんですが、ザ・ストロークスとかが出てきたあたりからどうも海の向こうの状況がよくわからなくなってしまって……その時代に何か断絶のようなものがあるんでしょうか。一方で、その時期の日本ではBUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATIONの人気があって、どちらのバンドも背景にはいろいろな音楽性があると思うんですけど、それ以降の日本のロックシーンでは彼らの音そのものがロックバンドのフォーマットになっているような状況になりましたよね。それが柴さんの言う「ガラパゴス」というのとつながっているのかなと。 柴:ストロークスの例は僕もドンピシャだと思います。当時、僕はロッキング・オン社の『BUZZ』という雑誌でまさにストロークスやザ・ホワイト・ストライプスの取材をしていたんですが、日本の音楽メディアや音楽ファンとの断絶が起こった理由が今ようやくわかる。00年代に起こったムーブメントって、アメリカでもイギリスでも、リバイバルだったんですよね。ストロークスは60年代のNYのロックンロールやガレージ・ロックのリバイバルだった。フランツ・フェルディナンドは80年代のUKのニューウェーブやポスト・パンクのリバイバルだった。だからその文脈を共有しない日本の音楽ファンまでは届かなかった。一方、日本では00年代初頭に「昭和歌謡」という言葉が生まれています。僕の記憶では確か「昭和歌謡」という言葉が最初にメディアで使われたのも『ロッキング・オン・ジャパン』でのことで、What’s Love?というスカバンドのキャッチコピーだったんです。つまり、世界的にバック・トゥ・ルーツ、 “自国文化最高”という流れが起こっていた。日本も同じ時代のうねりの中にいた。今思えば、おそらくその背景にはミレニアム・ムーブメント、つまり世紀末と新世紀の訪れがあったと思うんです。新しい世紀が始まった、しかし2001年にいきなり9.11があってみんなが先行きを見失った。その引き換えとしてバック・トゥ・ルーツの動きがあったんだろうなと。つまり、これは本のメインテーマにつながる話なんですが、やっぱり音楽は社会の映し鏡だということでもあると思います。 ・ブームは人間関係の中から生じる レジー:「音楽は社会の映し鏡」なのであれば、やっぱり日本全体の高齢化についても考慮しておくべきテーマだと思います。人口統計や調査データなどを組み合わせて簡易的に計算すると、「音楽の情報に関心を持っている」という人のボリュームは20年間で増えているという結果が出るんですよね。ただ、世代別に見ると、20代のボリュームが大きく下がっていて、増えているのは40代~60代です。人口構成の変動がもろに数字に反映されています。ここで言う「音楽の情報」というのが具体的に何を示すのかが曖昧なのであくまでも一つの目安でしかありませんが、何となくのコンセンサスとして存在していたはずの「音楽って若者のものだよね」という認識自体を改めないといけないタイミングに来ているように思います。 柴:カラオケの世代別ランキングを見るとすごく明確にわかることですよね。60代以上は演歌しかランクインしないし、20代以下はボカロとアニソンしか入ってこない。これは極論ですが、Jポップという言葉で皆がイメージするものが、実は30代〜50代のエイジ・ミュージックになっている。これが90年代と10年代の違いの一つだと思います。つまり、ブームというのは人間関係の中で生じるものだから、10代の嗜好はあっという間に友達同士の密な関係性の中でブームとなり、その数年後に彼らが学校を卒業するとリセットされる。一方、すでに社会に出て人間関係も築いている20代中盤以降の嗜好は、文化基盤のリセットがないゆえに、その後もリスナー、ファンとして音楽シーンを支えている。 レジー:若者文化ではなくなってきているけど、その結果として持続可能なものになっているということですね。 柴:そうですね。この本の中でも断言しましたが、やっぱり音楽はコミュニケーションそのものなんですよ。今の時代だと、ミュージシャンとファンは良い状態でその関係性を保っていくことができるし、長く表現活動を続けていくことができる。僕の実感では、音楽カルチャーにとって07年〜10年はきつい時代が続きましたが、CDが売れなくてもライブを軸にミュージシャンが活動を続けられることがはっきりした11年〜16年はとてもいい時代だと思います。 レジー:僕もそういう実感はあるんですよね。09年〜10年ぐらいの時期にいわゆるオタクカルチャーと呼ばれるものがすごく強くなっていく中で、音楽より深夜アニメの方が話題になるような空気をかなり感じていました。でも、最近はまた音楽というものが世の中で元気なものに見えてきているような雰囲気があると個人的には思います。「きつい時代」だった07年〜10年の背景についてはどう考えていますか? 柴:本には書かなかったですけれど、着うたというのが理由の一つだと思います。着うたマーケットが広がり、それに適した音楽が作られた時代というのが07年〜10年くらいでした。音楽産業が着うたに資本を投下したことは反省されるべきだと強く思っているんです。というのも、着うたで音楽を聴いてた人は、機種変するとそれを捨ててしまったわけだから。その当時、07年〜10年に思春期を過ごしていた子供たちは、フェスに行ってCDをちゃんと買っていた人、ニコニコ動画でボカロに夢中になっていた人を除いて、音楽を捨てざるを得ない環境にあった。自分の青春のメモリーがアーカイブされないとカルチャーとしての盛り上がりに繋がらないんです。それに比べるとYouTubeに公式MVが上がっている今の状況だったら、いつでも振り返ることができる。お金を払う・払わないの問題ではなく、5年前に自分が夢中になっていたことに出会いに行ける。それはCD棚でもYouTubeの画面でも同じで、実はとても大事なことです。今は多くのアーティストがYouTubeに公式MVをあげ始めたから、それが一つのスタンダードになり、文化として蓄積されるようになった。その時期の11年に出てきたのがきゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」や、カゲロウプロジェクト、「千本桜」ですが、それは07年〜10年と11年以降の決定的な差という気がしてます。 レジー:ビジュアルとセットになったのも大きいかもしれないですね。音楽が聴くだけのものではない複合的な芸術になったというか。それはもしかしたらMTVが出てきた時にすでに言われていたことかもしれないですが、YouTubeはそれよりも格段にアクセシビリティが高いですし。 柴:YouTubeにあるのは同期の快楽なんですよね。バンドでギタリストとベーシストとドラマーが一斉に楽器を鳴らす気持ち良さと、YouTubeの動画でみんなが揃って踊る気持ち良さは、同列に語られるものだと思う。それは今も続いていて、星野源の「恋」ダンスがその証明だと思います。 ・人は“応援”のためにお金を払う レジー:先日(10月5日)、Hi-STANDARD(以下、ハイスタ)の店頭ゲリラ販売が大きな話題になりましたよね。本書では<PIZZA OF DEATH RECORDS>代表としての横山健さんについても言及しています。 柴:横山健さんは誰もが認めるパンク界のヒーローですが、この本ではあえて経営者としての横山さんのことを書きました。彼は他のミュージシャンの誰よりも時代の風を読んでいると思います。あの売り方はハイスタのファンは当然嬉しいし、ファンにレコード店でCDを買う喜びを再び味わわせてくれたという意味でも素晴らしいことだったと思うし、大成功でしたよね。ただ、本質的にあそこでハイスタがやったことはビヨンセと同じだと思っていて。今の時代に話題を起こす、バズらせるために何が必要かということが突き詰めて考えられている。ビヨンセは今年4月にまったくの予告なしで『レモネード』というビジュアルアルバムをサプライズ・リリースした。これは配信でのリリースで告知はSNSでしたが、これはほとんどCD店がないアメリカに最適なやり方だった。それと同じインパクトを持つサプライズを日本で起こすために最適だったのが何の告知もなくいきなり店にCDを並べるというやり方だった。日本にはCD店の強力なインフラがあるし、何よりレコードショップのアカウントや公式アカウントで最初に告知しなかったのが大きかった。店でCDを買ったファンにバズを作る発信を完全に任せたわけです。先ほどレジーさんも話していましたが、音楽に限らずあらゆるカルチャーのファンは、好きという気持ちを表現するためにお金を使いたくなる。もちろん、新しいやり方は必要になってくると思いますが、CDというメディアに関して言えば、日本にはショップ愛もあるのでおそらく残っていくでしょう。というのは、ここ最近のApple Musicがアップデートされてから「Your new music」っていうオススメの新曲を毎週届けてくれるシステムの精度が上がってきているんですよね。パーソナライズされた情報が定期的に届く環境は心地良くもあるのですが、自分向けの情報だけに囲まれて過ごしていると、ある日突然崖っぷちに立っているみたいな感覚がある。エコチェンバーやフィルターバブルという言葉もありますが、リアルな場所は、その危険性から回避する手段だと思うんですよね。CD店に行って店員に信頼があれば、その人が試聴機に入れているのを聴くし、モノとの出会いもあるわけですから。 レジー:「リアル店舗におけるモノとの出会い」という話は確かにその通りだと思うんですが、一方で「なぜリアル店舗が今苦しくなっているのか」というのをすごくクールに考えると、やっぱりそれは「リアル店舗よりも便利なものがあるから」なんですよね。で、その流れは不可逆なものだと思います。「店舗よりもネットで探した方が便利」というのは一リスナーの立場としては間違いなくあるし、ハイスタの件も僕自身はものすごく興奮してその日にCD店の行列に並んで購入したんですが、「周りにCD店がないからすぐには買えない」というような話を翌日聞いてはっとしました。もちろん僕もCD店に愛着はあるし、ミュージシャンがCD店を大事にするのはすごくいいことだと思います。そういった動きが、「特定のチャネルが守られる」ということではなくて、「リアル店舗でも、ネットでも、あらゆる場所で音楽と接することができる環境が守られる」という方向に進めばなお素晴らしいなと感じています。 柴:アメリカは、もう音楽を売ったことがない人がトップスターになっていますからね。チャンス・ザ・ラッパーはCDを作っていないし、ダウンロード配信も全てフリー。新作はサブスクリプション配信限定です。自分の音楽を決して売り物にしないっていう強い信念を持っている。それでも収益はちゃんと得ている。日本においてはtofubeatsが持っている思想に近いだと思います。彼もフリーダウンロードに積極的ですから。チャンス・ザ・ラッパーはそれで最終的には富を得ているんですよね。つまりここでポイントなのは「気前の良さ」だと思っていて。気前がいい人のほうが応援したくなる。要は人がお金を払うのは、成果物の対価ではなく応援であるという、レジーさんの定義は僕も正しいと思っていて。そういう根本的なお金の使われ方の潮目の変化は、アイドルブームもその証明ですし、これから先の10年で社会全体で起こることが、音楽の分野で先行して訪れていることのひとつの例だと思います。(取材・文=若田悠希)

Real Soundの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon