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『フランス人は10着しか服を持たない』は本当か【フランス人すごい本を検証】

エキサイト Bit のロゴ エキサイト Bit 2017/06/06 加藤亨延

近年、フランス人のライフスタイルを紹介する書籍が何冊も刊行されています。タイトルを見ると、「年をとるほど美しい」「太らない」「夜泣きをしない」などなど。暮らしの参考になる点がたくさんあるようですが、SNSなどでは「フランス人に幻想を抱きすぎでは?」という声もあります。そこで、『地球の歩き方』特派員でパリ在住のジャーナリスト・加藤亨延さんに「フランス人すごい本」を検証してもらいました。

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フランス本ブームの火付け役と言っていいだろう。ジェニファー・L・スコット著『フランス人は10着しか服を持たない』は、2014年に邦訳が出版されると、タイトルのインパクトも手伝って日本でも大きな反響を呼んだ。

同書は典型的なカリフォリニアガールだった著者がパリへ留学し、保守ブルジョワ地区であるパリ市内16区に居を構える、出自が貴族というフランス人家庭で半年間ホームステイした体験を中心に語られる。その一家の暮らしぶり(主に奥方であるマダム・シックの生活作法)をヒントに、著者の今まで緩んでいた生活態度の改善と、読者に対する同様の啓蒙を盛り込んだライフスタイル指南本となっている。

「フランス人は10着しか服を持たない」という邦題は、その生活改善方法の形容に過ぎず、副題である「パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣」が本旨である。原題は「Lessons from MADAME CHIC(マダム・シックからの教え)」であり、邦訳の副題がこれに近い。

本書ではフランスに憧れを持つアメリカ人のフィルターを通した、かくも素晴らしきパリおよびフランス人が展開されているが、果たして現実は同じなのか。検証してみよう。

著者の体験は果たしてフランスの主流か

まず著者がホームステイしたという貴族の子孫だというマダム・シックの家庭について、これは現在のフランスをどれくらい表しているのだろうか。フランスの旧貴族(現在のフランスでは法律上、貴族は存在しない)メンバーで構成されるフランス貴族互助協会によれば、現在のフランスにおける貴族の末裔は、全人口に対して0.2%だ。

つまり著者の体験は、フランス社会の中でもかなり少数派の部類に入る。よって本書の内容について「そんなわけない」と読者からツッコミが入っても当然だ。そもそも著者が体験した環境が例外的なのだ。

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たとえば、マダム・シックの家では一切間食はせず、1日3食の食事をとても大切にしている。食材の買い出しは毎日マダムが行い、購入場所もスーパーマーケットではなく、食材ごとに個人商店を巡る。朝はムッシュ・シック(マダムの夫)が起きる前にマダムが朝食を用意し、夜は毎回手作りした目を見張るようなごちそうがテーブルに並ぶ。マダムの家はオープンキッチンではなく、台所が他の部屋と離れている昔ながらのフランスの間取りで(ダイニングとも離れている)、朝食はキッチンでとるものの、夕食は必ずダイニングで食べると言う。

さて、実際はどうだろうか。フランス国立統計経済研究所(INSEE)によれば、フランス人が食品の買い物に費やす時間は平均して週2時間41分、1日あたり23分という数字が出ている。よって毎日、マダム・シックほど食材の買い出しに時間をかけてはいない。フランスでは共働き家庭が多く(マダム・シックもパートタイムで働いてはいるが)、近年日本に進出した冷凍食品専門店ピカールのような、冷凍食品が重宝されている。冷凍食品企業組合によれば、2016年の1家族あたりの冷凍食品に費やされた額は、乳製品に次いで2番目に多い。また英調査会社ユーガブによれば、フランス人の3分の1はダイニングのテーブルやキッチンで食事をとらない(テレビの前、居間の低いテーブル、ソファーの上、パソコンの前、ベッド上など)という結果が出ている。

以上を比べても、いかにマダム・シックの家がフランスの中でも例外的かはわかる。その中で読者がもっとも気になる項目が、タイトルになった「フランス人は10着しか服を持たない」だろう。

本当にフランス人は10着しか服を持たないのか?

「フランス人は10着しか服を持たない」は、マダム・シックの生活様式を表したものだ。マダムの家に着いた著者は、あてがわれた部屋にあるワードローブの小ささに驚き、こんな容量ではすべての服が入らないのではと思った。同時期にパリに留学した著者の他の友人の家も同様だった。しかしマダムを観察していると、同じ服を着ることはよくあるが、どれも上質なものだった。そこで著者は、ファストファッションなど安価なものを衝動買いするのではなく、マダム・シックのように数は多くなくても本当に自分に似合う服を持ち、無駄使いしなかった分のコストを各点の品質に回そうと考え直す。

10着と言っても、ワードローブが文字通り10着しかないわけではない。(中略)似合わない服や、ほとんど着ていない服、質の悪い服、であふれかえっているクローゼットとおさらばすること。最終的な目標は自分らしさを表現してくれる大好きな服ばかりにすること。そして、大切な服をゆったりと収納できるようにすること

本書のタイトルは『フランス人は10着しか服を持たない』ではある。だが、それはもののたとえであって、本文で著者は、額面通り「10着だけ」とは言っていない。

加えて著者は、ワードローブは10着(2〜3着は前後してもいい)のコアアイテムを中心に構成されるものの、この10着には上着類、ドレス類、アクセサリー、靴、アンダーシャツは含まないと言う。そして10着のワードローブは季節ごとに見直して入れ替える。たとえば夏用の10着には冬に使うセーターは含まないといった具合だ。ここまで服の数が広がれば、特に極端な話とは言えない。

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フランスは本書を貫く「イメージ」だが「本筋」ではない

本書を貫く考え方は、アメリカの大量生産・消費の物質主義から抜け出し、本当に自分の生活に必要なものとは何かを考えよう、ということである。時間に余裕があるなら、しっかりと食材を見極めて食事を作り、皆で行儀よく食卓を囲むことは悪いことではないし、自分に似合う服を無駄なく選べるような目を養うことは、有用なことだ。そのきっかけとしてフランスという国、マダム・シックとのホームステイ体験を引用しようとした。

ところが、その引用において「これがフランスなのよ」とことさらに振りかぶり、美化してしまったところで、粗が見えてしまった。著者によれば、フランス人はアメリカ人と違い、公共の場において携帯電話でうるさくプライベートな話をしないという。しかし実際パリに住む私の感覚から言えば、悲しいかなバスや地下鉄など日々のさまざまな場所で、そのようにうるさく話す自分勝手なフランス人を目の当たりにしている。ただ一方で、これら振りかぶりを抑えてしまっていたら、本書はこれほど話題にならず、魅力を下げていただろう。

したがって通読する際は、いっそ本書から「フランス」という言葉を抜いてみよう。「どこの国か知らないが、そのホームステイ先の人たちが著者にとって気になる人たちで、その生活習慣が手本になった」と摂取過多気味の「フランス」成分を頭の中でこしとりながら読み進めるのだ。同書をシンプルなライフスタイルを勧める断捨離本と考えれば、全編を貫く生活改善の論旨としては共感する部分は多いのである。

(加藤亨延)

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