古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

『山田孝之のカンヌ映画祭』は映画業界をどう描く? 批評性と自己言及性が生み出す「緊張感」

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/01/17 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 テレビ東京で深夜に放送中のドキュメンタリードラマ『山田孝之のカンヌ映画祭』(毎週金曜24時52分~)が、早くも話題を呼んでいる。果たして、この番組の何が話題なのか。第2回までの放送が終了した今、その内容を振り返りながら、この番組の面白さと、それが内包する“緊張感”について考えてみることにしたい。 参考:『山田孝之のカンヌ映画祭』『銀と金』『レンタルの恋』……見逃せない新ドラマは?【深夜編】  2016年6月、山田孝之に呼び出された山下監督は、「映画賞が欲しい」、「獲るのであれば、世界最高峰であるカンヌが欲しい」という山田の告白をきっかけに、半ば強引な形で映画制作に巻き込まれることになる。それから数日後、山田は映画制作のための会社「合同会社カンヌ」を設立、そのオフィスに再び山下を呼び出し、具体的な企画内容をプレゼンする。身長2メートルの大量殺人鬼、エド・ケンパー。15歳のときに祖父母を銃殺し、その後ヒッチハイカー6人を殺害し、最終的には母親の首を切り落とした実在の殺人鬼だ。山田は彼をモデルとした映画を考えているようだ。ただし、その役を自分がやりたいわけではない……というか、山田は映画には出演せず、あくまでもプロデューサーとして関わるつもりであるという。映画賞が欲しいって、主演男優賞ではないのか。  「賞が欲しい」から「カンヌ」、「映画制作」、「プロデューサー」という、山田ならではの強引な論法で進んでいく展開に、序盤から翻弄されまくりの山下(及び視聴者)。その後、山田は既に話を通してあるという主演俳優候補を山下に引き合わせるのだが、そこに現れたのは、ランドセルを背負った芦田愛菜だった。一体、どういう発想なのだろう。しかし、芦田は、その役柄を知ったうえで、既に了承済みである模様。かくして、プロデューサー=山田孝之、監督=山下敦弘、主演=芦田愛菜の3人で、カンヌ国際映画祭で賞を獲るべく、荒唐無稽な映画企画が動き始める……というのが、初回の大まかなストーリーだ。  山田の一方的な思いつきと、強引な行動力に振り回される山下(及び視聴者)という構図。終始真顔で熱弁する山田の論理は、相当突っ込みどころが多いにもかかわらず、反論を寄せ付けない頑なさと、ある種の狂気を湛えている。その迫力に押されて思わず協力してしまう山下。それにしても、芦田愛菜の登場は、完全に予想外だった……。しかし、続く第2回の放送を観るにつれ、その構造はさらに複雑なものへと変化していくのだった。  「山田孝之 カンヌを学ぶ」と題された第2回。山田、芦田、山下の3人は、実は山田自身もよくわかっていない「カンヌ映画祭」について学ぶべく、日本映画大学を訪れる。日本映画大学と言えば、『楢山節考』(1983年)、『うなぎ』(1997年)と2度にわたってカンヌの最高賞パルム・ドールに輝いた映画監督・今村昌平の理念を受け継ぐ映画専門大学だ。そこで、東京国際映画祭のプログラミング・ディレクターを務める矢田部吉彦の講義を聴講した一行は、その後の質疑応答で、ストレートに「カンヌで賞を獲るための秘訣」を矢田部に問うのだった。その流れの中で、思わず「僕がカンヌに行けない理由って何なんですか?」、「僕の映画に足りないものって?」と、初回には見られなかった積極性で矢田部に問い掛ける山下。このあたりから本作は、独特な“緊張感”を帯び始めていく。  矢田部に加え、日本映画大学の学長である映画批評家・佐藤忠男、映画『うなぎ』の脚本にも参加している天願大介らを交えながら、さらに具体的な「カンヌ対策」を学ぶ一行。もともとは、山田の突飛な思いつきだったはずの企画は、その会話を通して、妙なリアリティを高めていく。それもそのはず。昨年も『オーバー・フェンス』と『ぼくのおじさん』の2本が劇場公開されるなど、山下は第一線で活躍する現役の映画監督なのだから。今後カンヌに出品する可能性だって大いにあるだろう。当初は山田に巻き込まれる一方だった山下は、ときに山田を置き去りにしながら、その会話に熱心に耳を傾ける。  ところで、今回の『カンヌ映画祭』が扱っている題材は、そのタイトルが示す通り、ズバリ“映画”である。そして、その舞台となるのは、山下はもちろん、共同監督である松江にとっても“ホーム”である“映画業界”だ。よって、そこに巻き込まれていく人々も、第2回に登場した人たちのように、いわゆる“素人”ではない、映画に関するプロフェッショナルたちが中心となっていくのだろう。つまり、山田の突飛な思いつきに巻き込まれる形でありながらも、彼らはいつの間にか自分たちの“ホーム”に辿り着いてしまったのだ。  “アウェイ”に身を投じるのはなく、“ホーム”に招き入れてしまったからこそ生まれる、ある種の“批評性”。さらに、そこで避けては通れないであろう“自己言及性”。この複雑な構図こそが、今回の企画に他では見られないスリリングな面白さを生み出しているのだ。映画賞の存在意義とは何なのか? そもそも映画とは何なのか? そんな根本的な問い掛けも、実は本作は内包しているのかもしれない。そう、第2回では、日本映画の現状に対する問題提起も、サラリとなされていた。けれども、それは同時に、ひとつの“リスク”となって本作に降りかかってくる可能性も否めない。テレビの人間ならいざ知らず、映画の人間が映画業界を語ることによって生じる“リスク”。この企画をある種の“パロディ”として成立させるには、あまりにも距離が近すぎるから。  それにしても、行き当たりばったりのようでいて、実は相当難易度が高いように思われるこの方程式を、山下&松江の監督コンビは、一体どのように解いていくのだろうか。そして、その先に訪れるカタルシスは、果たしてどんな種類のものになるのだろうか。ともすると、映画関係者だけが盛り上がる(あるいは怒り出す)危険性だって十分考えられる本作。それを、間口の広いエンターテインメントとして成立させるために、彼らは今後どんな“仕掛け”を用意しているのだろうか。そこである種の“ジョーカー”として機能するのは、ひょっとすると本作において最も意外なキャスティングである芦田愛菜なのかもしれない。  などなど、この先の展開に早くも興味が尽きない前代未聞のドキュメンタリードラマ『山田孝之のカンヌ映画祭』。続く第3回では、いよいよ試作映像……いわゆる“パイロット版”の制作がスタートするという。そこでは、監督=山下、役者=芦田という、それぞれの“本業”が披露されることになるのだろう。ひとまずは、その推移をこれまで以上にドキドキしながら見守っていくことにしたい。無論、大きな期待とともに。山田・山下・松江……このチームは、きっと何かやってくれるに違いないから。(麦倉正樹)

Real Soundの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon