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『3月のライオン』アニメは秀逸な仕上がり! 制作会社シャフトの個性はどう活かされたか

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/12/03 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 漫画が実写映画化される時には必ず議論が起こる。筆者は映画と漫画は別物と見ているし、いくら実写化の内容がよくなかったとしても、原作作品が駄目になるわけではないと思っている。ただ、熱心なファンであれば、自分の好きな作品の世界観を崩されるのはつらいという気持ちはわかる。しかしながら、漫画を映画にするような、(商業的理由を抜きにすれば)表現媒体をわざわざ変えるのだから、新しいエッセンスが見たいという気持ちもある。 参考:魔法少女アニメなぜ激増? 『魔法使いサリー』から『魔法少女育成計画』に至る系譜を読む  現在、羽海野チカ原作の漫画『3月のライオン』のアニメシリーズがNHKにて放送中だ。『3月のライオン』は年明けには、神木隆之介主演で実写映画2部作も公開が控えている。最近アニメ化と実写化両方とも企画されるケースが多くなってきている。 ■シャフトと『3月のライオン』の意外な相性  さて、『3月のライオン』のアニメ制作を担当しているのは、『魔法少女まどか☆マギカ』や『<物語>シリーズ』で知られるシャフトだ。シャフトは現在のアニメ業界随一ともいえる独特の画作りをすることで知られており、だいたい3分視聴すれば、それがシャフトの作品かどうか判明するくらい、強い個性のある作風を持っている。  シャフトはその強い個性ゆえに、原作ものを手がける時、必ず賛否両論が生まれる。監督を務めた新房昭之監督自身も、「今までも、制作がシャフトと発表になった途端、叩かれました」と公式サイトのインタビューにて語っているのだが、それはシャフトの強烈な個性が原作のエッセンスと一致するのかどうかが不安に思われるからだろう。実際、今まで数多くの原作ものを手がけているシャフトは、どんなジャンルの作品であれ共通した演出スタイルを貫いていて、原作ファンにとってそれが馴染めないケースもあった。  公式サイトのインタビューによると、シャフトの登板は羽海野チカの希望であったらしい。羽海野氏がシャフトのファンであったらしく、むしろシャフトとアニプレックス側が尻込みしていたところを説き伏せたような格好で企画がスタートしたという。シャフトがアニメ化を請け負うと聞いた時の筆者の印象を忌憚なく言わせてもらうと、不安の方が大きかった。筆者はシャフトのような強烈な個性を持った作風を愛しているが、それが『3月のライオン』とマッチするとは思えなかった。非常にシャープな繋ぎと、独特のタイミングのカットイン、余白をあえて作る構図や、斜めにクビをかしげるカットなど、概して鋭い刃物のような印象を与えるのがシャフト演出の特徴で、一方、『3月のライオン』の原作は、羽海野チカの柔らかいタッチの絵から生み出されるゆったりした空気と、貼りつめた緊張感が同居するのが魅力だ。後者はまだしも、前者はどうだろうかと感じたのだ。  しかし、これがなかなかどうして上手くやっている。それに、シャフトらしさを封印しているわけでもない。きちんと原作のエッセンスを映像に定着させながらも、シャフトの個性も発揮できていて、とてもバランスのいい仕上がりになっている。  月島の下町ならではの柔らかい空気感も損なうことなく表現できているし、将棋の戦いの緊張感、そして原作よりも大局の流れがわかりやすいのもいい。一方で夢のシーンなど心象風景にはシャフトらしさも覗く。第1話冒頭で、主人公の夢の中で、義姉の香子がモノクロで微笑むカットは存分にシャフトらしく、魔女のような彼女の魅力が短いシーンにしっかりと収められていた。シャフトのアニメ化で最も恩恵を受けたキャラクターは、この香子だろう。  原作漫画に登場する主要女性キャラは、やさしいほんわかした人が多いのだが、香子だけは異色ともいえるほど悪態をつく。アニメの香子は原作よりも悪さ、妖艶さが増している。声優の井上麻里奈の技量にもよるところが大きいが、原作通りの出番にもかかわらず、シャフトによる映像化によって存在感が大きく増している。ちなみに、実写映画で香子を演じるのは有村架純だ。彼女は魅力的な俳優だが、アニメの香子によってかなりハードルが上がったかもしれない。有村架純はこの傷つきやすい魔性の女をどう演じるのかも気になるところだ。 ■制約から生まれたシャフトの個性  新房昭之監督は、その独特の演出により、作家性の強いタイプと認識されているかもしれない。確かに業界随一のハイコンテクストな作風であるが、実際にはラブコメからアクション、日常ものまで、幅広い原作ものに挑戦している。インタビューでも「自分は作家ではない」との発言をしているし、より売れるものを手がけたいと考えて、オリジナル作品には消極的であると発言している。ではなぜ、あのような個性の強い演出スタイルを確立させたのだろうか。『荒川アンダー ザ ブリッジ』製作時に新房監督は、自身の演出スタイルについてこのように語っている。 実は、最初の動機はポジティブと言えるものではなかったんです。今では少し落ち着いてきたんですが、アニメは2000年代に本数がぐっと増えました。そのとき、特に作画が人手不足になったんです。そうなると演出的に狙いたいカットがいつも必ず作れるわけじゃない。時間的、人的制約の中で、一定のクオリティを保つにはどうしたらいいんだろうと考えはじめたんですね。今の演出技法は「安全策」というところもあって、制約がある中、クオリティを安全に追求していった結果でもあるんです。(参考:ASCII.jp:新房監督のアニメ論 「制約は理由にならない」【前編】|渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」)  このようにある種の制約によって新房監督の個性が生まれたというのは興味深い。制約が新しい創造性を生み出す、という話は様々な例がある。例えば日本アニメの発展は予算削減のためにリミテッドアニメーションを採用せざるを得なかったこととも、深い関係があるとよく言われている。日活ロマンポルノやVシネマは低予算であるが、そこを逆手にとって個性を発揮した監督が何人もいた。不便さが想像力を刺激し、新しいものを生み出すというのは、映画に限らず文化全般の発展について同じことが言えるだろう。  新房監督が自身を作家性の強いタイプではないと言うのも、傍目からみたあの強烈な個性も、新房監督にとっては、スタイルというより、厳しい制約の中で作品を仕上げるためのテクニックという位置づけだと思われる。新房監督は、どんな条件でもきちんと作品を仕上げることをなによりも重視する、職人気質の監督なのだろう。  『3月のライオン』にも新房監督の職人気質が全編から見て取れる。シャフトらしさを抑える場面は抑えて、心象風景のようなシーンでは培った独特の演出で盛り上げ、原作の持つハートフルさとプロの棋士の厳しさ、そして主人公の繊細をバランス良く表現してみせている。本作は“職人”新房昭之の振り幅の広さが堪能できる秀作だ。(杉本穂高)

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