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あのクリエイターに今、ききたいこと。 倉本仁さん〈プロダクトデザイナー〉その2

エキサイトイズム のロゴ エキサイトイズム 2017/08/24

© Provided by Excite.ism

倉本:こないだ来たばっかりやん。

──すぐ来たらおもしろいかなと思って。あと前回の記事のPVもよくて、みんなデザインの話とか興味ないのかな?

倉本:絶対そうや。デザイナーはそれ知っとかんと。世の中の人はデザインの話なんてほぼ興味ないって。でも、そんなにいっぱいいい話ないよ。こないだみたいなのは。あらかじめことわっておきますが。

──あれからどうしてました?

倉本:デンマーク行ってきたよ。1週間くらい。コペンハーゲン。いいとこやったなー。なんか、あの人たちの暮らしがよかった。

──暮らしっていうと?

倉本:仕事がら、街の空気感とか生活の様子をよく観察するんやけど、いろんなものがちょっとずつ豊か。日本の暮らし方と比べると、都市や空間、モノがそれぞれ広めに計画されてる。モノのサイズは一緒でも、そのモノの周りの空気も一緒に尊重されて、ゆったりしてて。

──デンマークは何回目?

倉本:初めて。初めて行く時が一番いいよね。今回は1週間くらい。コペンハーゲン中央駅の近くに泊まって。

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──今回は仕事で?

倉本:前から話してる家具ブランドの打ち合わせと、もうひとつ照明屋さんが「ショールームと工場を見に来てよねー」ってコンタクトしてくれたのがあって。そこの社長と直接話してたら、これまでデザインしたものよりも、俺がどういう人間かとか、何をいいと思っているか、どういう風に暮らしてるのか、みたいなことに興味があるみたいで、その感じがよかったな。ちゃんと初期契約書があって、いついつまでにデザインしてね、というきっちりした仕事もいいけど、こういうフランクな会話からブランドに必要な「何か」を見つけて提案していくのも楽しい。まぁ、2年、3年と雑談が続くだけのときもあるし、良し悪しやけどね。

──話はどこで?

倉本:中庭だったねぇ。コーヒーとワインを飲みながら。やっぱり中庭なんやって思ったなぁ。話した内容はあまり覚えてないけど、まあ好きになったよねー、人となりを。そのデンマークの家具ブランドの社長は、年齢的にも大先輩なので、僕らが知らないような話もいっぱいしてくれてね。モーエンセンやウェグナーの話とか。僕はモーエンセンもウェグナーも大好きで、自宅でも彼らのデザインした家具を使ってるんやけど、勝手な印象でウェグナーのほうがスター性がある人だったのかなと想像してたんだけど、実はモーエンセンの話がおもしろくて。

──モーエンセン?

倉本:モーエンセンの家具は、ウェグナーほど鋭さや明快さはないけど、ほっこり包み込むものがあって。若くして亡くなってて、太く短く生きた人。ポートレートって、葉巻くわえてるんよね。その社長に聞いたのが、「毎日仕事を早めに切り上げて、いつも人を家に招いて大騒ぎしてた」って話。「あれは飲み過ぎで亡くなった」って言ってた。直接知っている人から、そういう人となりを聞けるのはうれしい。

──ほかには?

倉本:ルイジアナ美術館行って、後半はコペンハーゲンでやってた「3 DAYS DESIGN」ってデザインイベントに。カール・ハンセンやフレデリシアみたいなデンマークの老舗から、HAYのような若いブランドまで、それぞれのショールームで展示イベントやデザイナーのトークショーをやってて。HAYは盛大にトークイベントやってたみたい。寝坊して行けんかったけど。この時期に合わせて、ヨーロッパのデザイナー仲間がコンペンハーゲンに集まってたから、毎晩飲み過ぎてたんよね。

──へー。

倉本:最終日に1日フリーな日があって、なんしようかなって。朝ゆっくり起きて、フードコートみたいなところでなんか買って食べよかなと思って行ったら、行列の前に並んでた女の子がチラチラ顔を見てきて、「私、あんたのこと知ってる!」ってなって。そういえば、前にどこかで会ったvitraのデザイナーだった。一緒に飯食うかってなって、二人でチャリンコ借りてうろうろしたり、国立近代美術館に一緒に行って。あれは楽しかったな。偉いなって思ったのが「ディナーも一緒に行こか」ってなったら「私、着替えてくる」って1回帰って。ドレスっぽいのを着てやって来てね。はーん、コチラの作法はお洒落やなって。

──そろそろおもしろい話は?

倉本:そうやねえ、おもろい話となると、やっぱり子供の時のちびっこ相撲の話行きますか。

──お願いします。

倉本:人生ってつらいこと多いやん。徹夜が3日くらい続いて「死ぬわ〜」ってなっても、「あのときに比べたらましやな」って思える経験があって。それが、小学生の時にやってたちびっこ相撲。地元の淡路島には各小学校に土俵があって。当時は相撲が流行ってたのか、相撲部員が20人くらいいて。近所のめちゃ怖いおっさんに日々しごかれて、4、5、6年はほぼ毎日誰かが泣いてた。

──毎日泣いてた?

倉本:人間って、つらくなったら、どうしても泣いてしまうんよね。なんか涙出てくるねん。竹刀振り回しながら、四股(しこ)、股割り、スクワット、腹筋、背筋、全部200回からスタート!みたいな感じでとにかく稽古が厳しくて。火曜日以外は学校終わったあと、夜まで毎日3時間稽古。だから、1日で一番好きな時間は、稽古が終わって風呂に入ってる時。その間は「明日の相撲の稽古まで、あと20時間あるわ」っていう。翌朝起きたら「あと8時間で相撲か……」みたいな。そんな厳しい稽古やったから、小4年で20人いたのに、6年の時に3人になってもてね。でも、強かったんよ。みっちり稽古してるし。でも、3人だとやめられへんねん。団体戦は5人の勝負で3勝しないとあかんから。どっかから2人借りてきても、その2人は当然負けるやん。3人は1敗も許されない状況で、トーナメントを勝ち上がっていくという。それでも県大会のええとこまで行った。毎回試合やる前に、なぜか思い切りしばかれるっていう、昔ながらの気合の入れ方もあった。

──けっこうブラックな。

倉本:もっとめちゃくちゃな話もあって。遠征試合がけっこうあってね、また別のおっさんが、クルマで連れてってくれるねん。いーさんっていう。「いー」って伸ばすんや。いーさんがクルマで子供たちを運ぶ運転手。相撲を教えてくれたのは、川端のおっさん。あとでわかったのが、いーさん免許持ってなくて、俺が中学になった時に捕まったんよね。「え、免許持ってなかったんかい」っていう。「あんないっぱい遠征行ったやん!」って。あと「あのハイエース、誰のやねん」って。いーさんは捕まったときに「ワシほど運転うまいもんに、免許なんていらん」と警察に言うてたらしいけど、それはそれで一理あるよね。

──これ書けるかな?

倉本:もう捕まってるし、大丈夫。その後もう1回「いーさん逮捕」っていうのが新聞に出てたけど、それはだめかもね。まあ言いたいのは、いくらつらいことがあってもちびっこ相撲のしごきの日々を思い出せば、なんのこっちゃないってことです。

(20170615)

倉本仁(Jin Kuramoto)

1976年兵庫県淡路島⽣まれ。1999年⾦沢美術⼯芸⼤学産業美術学科⼯業デザイン専攻卒業後、家電メーカー勤務を経て、2008年JIN KURAMOTO STUDIO設⽴。主なクライアントにOFFECCT、arflex Japan、Honda、Nikon、MEETEE、Smaller Objects。iF Design Award、Red Dot Design Award、Good Design Awardなど受賞多数。

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