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アクサ生命の「デジタル変革」を託された女性、その異色のキャリア

ITmedia エンタープライズ のロゴ ITmedia エンタープライズ 2017/08/22
アクサ生命の「デジタル変革」を託された女性、その異色のキャリア: アクサ生命 執行役員 トランスフォーメーションオフィス本部長の不動奈緒美さん © ITmedia エンタープライズ 提供 アクサ生命 執行役員 トランスフォーメーションオフィス本部長の不動奈緒美さん

 今、テクノロジーの力によって、保険業界が大きく変わろうとしている。保険は「リスク」を扱うビジネスだが、ウェアラブルデバイスや電子カルテ、果ては遺伝子解析といった膨大な量のデータから、高精度なリスク予測が可能な時代を迎えようとしているためだ。新たな保険商品やビジネスモデルが生まれる日も遠くはないだろう。

 このデジタル化の波に乗ろうと、さまざまな施策を積極的に進めている企業がある。「アクサ生命保険(アクサ生命)」だ。2010年ごろから、ビジネスのデジタル化を経営課題に掲げ、2014年に新部署「トランスフォーメーションオフィス本部」を設立。IT部門とビジネス部門の枠を超え、会社全体の変革を進めるミッションを担っている。

 「『2020年にはこうなりましょう』という目標のもとに、達成したい施策が約30個あります」

 こう語るのは、トランスフォーメーションオフィス本部長の不動奈緒美さんだ。働き方や企業文化といわれる部分から、テクノロジー、インフラ、実務レベルでのプロセス、さらにはビジネスとITの関係性など、全てを包括的に変えていく――。社運をかけた一大プロジェクトを担う不動さんだが、その社歴は約7年と意外にも短い。

 彼女はアクサ生命に入社するまで、長い間米国にいたのだという。

●ITとビジネスの変革を担うキャリアとは?

 不動さんのキャリアはボストンのソフトウェア開発会社から始まる。留学した米国で、大学卒業後そのまま就職したのだ。

 建築の勉強をしたいと米国の大学に進んだところ、そこで出会ったのがITだった。キャンパスの中にIBMのラボがあり、そこでインターンをして「CAD」に出会ったのがきっかけだ。当時はまだMS-DOSの世界で、一般の人がコンピュータに触れる機会も少なかった時代。「面白くて仕方がなかった」と不動さんは当時を振り返る。

 「大学を卒業して日本に帰るという選択肢もありましたが、そのときボストンで、ソフトウェア開発ができる日本人を探しているという求人情報を得て。『せっかく海外に来たのだから』と思い切って飛び込みました」(不動さん)

 9年に及ぶ勤務期間のうち、当初はソフトウェアの日本語化に、後半は全体的な品質管理業務に携わる。日本に帰国したのち、ソフトウェア会社を経て、英国プルデンシャル生命保険の日本支社でのIT部門の副部長に就任。その後、縁あって2010年にアクサ生命に入社した。

 一貫してIT畑のキャリアを進んだようにも見えるが、ソフトウェア会社での開発と、生命保険会社での開発、運用は性格が異なるという。ITを利用する相手が違うためだ。

●企業向けから個人向けサービスへ、ITが果たす役割の違い

 企業向けにソフトウェアを開発するのとは異なり、生命保険会社のITはエンドユーザーが絡む。不動さんはそれを「お客さまあってのIT」と表現する。例えば、ITの障害で保全サービスのシステムがダウンすれば、ユーザーへの支払いができなくなってしまう。テクノロジーの先にユーザーがいて、それがどう使われて、顧客にどんなメリットをもたらすか――といった部分まで想像する必要があるのだ。

 「ソフトウェア会社のときは、一般的な仕組みを作り、使う側がソフトウェアに合わせる形が普通でした。しかし、時代の流れと共にIT技術が進み、生命保険会社に就職したときは、基本の部分だけがあって、あとは自分たちでカスタマイズして使うという形でした。その意味で、ソフトウェア会社から生保のIT部門に移ったときは、大きな考え方の変化がありました」(不動さん)

 2010年の入社後、トランスフォーメーションオフィサーとなる2014年までの4年間、不動さんは「プロジェクトデリバリー」「ITインフラ運用」「オペレーション部門のファイナンス運用」「情報セキュリティ管理」という4つのプロジェクトに携わった。

 データセンターの移行プロジェクトで徹夜をするなど、さまざまな思い出があるとのことだが、自身でも「大きなターニングポイントになった」と話すのがファイナンス運用だ。IT部門やオペレーション部門のファイナンス運用に携わり、数百億円あまりの予実管理、ライセンス管理、ベンダー管理などを含む運用を行った。

 費用と資産の運用だけではなく、減価償却やライセンス管理までを戦略的にコントロールしていく。ファイナンスの経験がなかったことから、最初は苦手意識があったものの、いざやってみると面白さが分かってきたという。

 「会社全体でお金がどう回っているのかがよく分かるようになりました。IT部門の費用にしても、1つの開発プロジェクトに、計画から保守運用まで、どれだけの人が携わり、どれだけのお金がかかるのか、理解が深まって面白かったですね。さまざまな仕事をする中で、保険会社でITシステムを担当するというのは、ビジネスを理解するということなのだと、よく分かりました」(不動さん)

 “会社の基幹システムはビジネスと密接に結び付いている”。言葉で表現するのは簡単だが、これを真に理解するのは難しい。保険会社の基幹システムならば、システムは「約款通り」に作られる必要がある。

 例えば、保険料の引き落としができなかったときに契約者に通知が発送される、というシステムを考えてみよう。「2カ月連続で引き落としができなければ、保険が失効する」というルールが約款にあるならば、1カ月目に引き落としができないとアラートが飛び(電話やダイレクトメール送付など)、2カ月続けて引き落としができないことを確認した後、システム上で契約の停止処理を行う……というようなルールができるだろう。つまり、保険の仕組みを理解していなければ、システムの開発ができないのだ。

 「私自身、生命保険会社に入社したころは、システムの障害対応や新システムへの移行、そしてプロジェクトデリバリーのときにも、ビジネス部門の人たちから『ビジネスの知識が足りない』と言われたことがありました。

 それは、ビジネスルールをしっかり理解しきれていなかったために、ビジネス部門の人に教えてもらわないと業務をリードできなかったからです。そう言われないためには、約款を読み、勉強と経験を積むしかありません。そういう意味では、さまざまな仕事に携わり、多くの方と仕事を一緒に進められたことに、とても感謝しています」(不動さん)

 ITという部門にいたからこそ、さまざまな部門に関わり、ビジネスを知ることができた。そしてそこから、より広い視野を得ることができたといえる。

●まるで“指揮者”のよう――トランスフォーメーションオフィサーの仕事

 こうして2014年、不動さんはトランスフォーメーションオフィス本部の本部長(トランスフォーメーションオフィサー)となった。ビジネスの世界とITの世界を橋渡しする人間として、こうしたスキルや経験を身につけたことが評価されたのだろう。海外で長く働いてきたことも要因の1つかもしれない。

 トランスフォーメーションオフィスのメンバーは11人、そのうち約半数の6人が女性という。デジタル化を進める各部門のプロジェクトや施策を計画し、テクノロジーとそれを利用するオペレーションを設計、推進することがそのミッションだ。

 「まだ始まっていない施策の事前計画を練り、それぞれの施策が円滑に進むように、ある程度のクロスチェックや部署間の連携を行います。小さなチームなので、チームメンバーで現状を分析し、今何をすべきか――ITの開発なのか、プロセスの改善なのか、さらに、新しいITやプロセスに必要な組織や役割の見直しなのか――などを検討して進めています」(不動さん)

 こうしたプロジェクトや施策では、どうしても関係者は多くなる。大きなものでは、8つの部署を巻き込むものまであるという。

 例えば「ユーザーが営業に話をしても、コールセンターに話をしても、どこへ電話をかけても、『自分のことを知ってくれているな』と感じられるようなサービスを提供したい」という目標があったとしよう。営業社員とのやりとりでユーザーが何か言い忘れて、コールセンターに電話をかけたときに、うまく引き継いで対応できるようにする。そんなシナリオだ。

 そのためには、両方の部署に共通するデータベースの開発が必要だ。営業社員が持っているユーザーの情報に、コールセンター側が電話番号だけでアクセスできなければ意味がない。営業が使いやすいツール、コールセンターがアクセスしやすいデータ、そしてデータベースをどう構築していくのかを検討することになる。

 このように各部署が担う施策を、関係する部門がどういった依存度で動くのかまでを精密に見ながら、そしてスピードをコントロールしながら、投資の配分も含めて調整していく。こうした調整は「まず、お互いの依存関係をはっきりさせることがポイント」だと不動さんは捉えている。

 お互いのゴール(目標としているシステム)は一致しているので、タスクの奪い合いにはならない。フェーズごとにどの部門がリードするかを見極めればいい。もちろん、1つの作業に遅れが出れば、他部署に影響するリスクはあるが、そこも含めて調整するのがトランスフォーメーションオフィサーの役割だ。

 「施策を推進する部門責任者と、定期的に個別ミーティングをしています。そういうところで課題を共有しますね。ときにプロジェクトは遅延が発生します。遅延は他のプロジェクトへのインパクトだけではなく、使い切れない予算が出るなど、予算へのインパクトも大きい。そういう細かい調整も個別で行います」(不動さん)

 不動さんの役割は、さながら“指揮者”のようだが、デジタルトランスフォーメーションにおいて、ビジネスに合わせたテクノロジーと人の在り方、業務プロセス、働き方という要素が同じペース、リズムで変わっていくことが重要だと彼女は話す。「ツールだけが変わっても、会社は変わらない」――。これが、アクサ生命がデジタル化の取り組みを進める中で得た教訓だからだ。(後編へ続く)

●特集:Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜

 ビジネスのデジタル化が急速に進む今、事業や企業そのものを変えるために、これまでと異なる考え方や人材が必要になっています。

 システム企画と実装、業務部門とIT部門など、異なる部署や仕事の境界に立ち、それを飛び越えてつないでいく――そんな「越境」を通じて、さまざまな視点や考え方を得ることで、初めて変革を導くことができるのではないでしょうか。

 本特集では、越境に成功したり、挑戦したりする人間にスポットを当て、彼らが歩んできたキャリアやITに対する考え方に迫っていきます。

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