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サエキけんぞうの『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』評:SNS時代に提示される、80年代青春群像

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/11/24 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

「(映画の中の登場人物)みんなが欲してるのは、セックスや成功だけじゃない。僕たちも欲しているもの、時間だ」  ニューヨークの雑誌「Vulture」に掲載されていた本作の映画評の一文である。的を得ている。現在、誰もが使用しているSNSは“時間”を奪うメディアだ。SNSが個人の時間の奪い合いを始めた結果、青春の様相は恐らく一変した。本作は、SNSなど影も形もない時代、「“時間”を手の中にしていた時代」の物語。  1980年の米国の青春をカットアップしたパワフルな映画、それが『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』。副題の意味するところは、「時間はボクらの手の中に」ということなのである。  主人公ジェイク(ブレイク・ジェナー)がヒロイン、ビバリー(ゾーイ・ドゥウィッチ)に初めて電話をかけ、約束をとりつけるシーン。電話といっても野球部の寮の「呼び出し」電話だ。そこで流れる豊かでふくよかな時間は、現在の携帯でのやりとりとは別次元だ。お互いの息づかいをディープに確認しあっている。明かに今の時間感覚と違う。そんな感慨をもたらすこの映画は、1980年という設定を、表面では捉えていない。  野球推薦でテキサス州立大学に入学することになった主人公・ジェイク。トランプが大統領になった今、あらためて、アメリカって何?と思っている人は多いだろう。アメリカを理解する上では、テキサスをはじめとする、ヤンキー魂の中心地の人間の生態系が重要だ。トランプもそれらの支持を真っ先にとりつけた。わかっているようで、あまり真の姿を知ることの出来ないリアル・アメリカ、その露わな姿がこの映画にある。  野球部といえば、日本でも代表的なスポーツサークルだが、その生態は米国とはずいぶん違うようだ。この映画で描かれる野球部にもし入部させられたら……。多くの日本人が汗をかくに違いない。  市から提供された民家を転用した2階建て合宿所。飲酒は御法度だが、1階に女子を連れ込むことは黙認されている、セックスOKのアニマルハウスだ(セックスシーンそのものは一切ありません)。18歳、高校を卒業し、それなりに受験もくぐっただろうアメリカ野球男子達を待ち受けるのは、先輩の洗礼だ。下品なジョークへの間髪入れぬ返答、女子をナンパしている車上での会話のチームワーク、後輩のモノは先輩のもの、と部屋に入ってきて、服を盗られる。スピード感あふれる後輩イジリは、画面で見ていても、激し過ぎる。大学卒業して30年のサエキも、冷や汗を掻くほどリアルなプレッシャーだ。  おそらくセンシティブな日本の草食男子は、一発でヘコんでしまうだろうが、たまらなく愉快でもある。そのファットなやりとりの上でチームワークが作られていく。体育会系としての後輩育成の原理は、日本のサークルも同じなのだろうが、ボリューム感が全く違う。米国体育会系独特の強いトーンと、独特の意志疎通がある。自由な空気でいて、カラっとしたプレッシャーは容赦ない。同調圧力はないが、冗談はキツい。神経反応のテストをするといって、後輩の目をつむらせ、その口に先輩のケツのアナをキスさせるといった罰ゲームなど、匂ってきそうな場面も痛快。  ワイルドな野球部に関わる女子大生達も見物である。コビを売るチアガールズ系とかではなく、ひたすらカジュアルで隣にいそうな女子大生群が、これでもか、と誘惑的に登場。ある女子は露骨に誘惑し、ある女子は鼻にもかけない。その自然体なセクシュアリティに「これがアメリカン・ガールズか?」と今更ながら刮目させられる。  前半は男子達の会話に1分に1回ぐらい「チ◯コ」が登場するのだが、そうした男子を全く躊躇することなく迎え撃つ女子の肝があまりにすわっている。性欲発散体としての男性をありのままでとらえている。そうしたたたずまいは、多くの日本女性の感覚とは異なるだろう。出会い、会話、肉体の接触、というプロセスが、スピード感を持って展開するアメリカ体育会系の世界観に、最近はタンパクな日本の世界観に慣れきった自分としてはめまいがする。僕の知りうる限り日本ではこうした現場はあまりない。キャンパス、それを取り囲むストリート、ディスコ、性因子の発散は、米国では明かに社会的に位置づけられている。  もちろん、この映画に描かれるのは1980年の青春であり、多少誇張されたファンタジーかもしれない。SNS全盛の現在、そうしたアグレッシヴな青春像は米国でも感触は、塗りかえられているのかも。  しかし、実はサエキは証拠も握っている。サエキの同級生は1978年にカリフォルニアの三流大学に留学し、学友達と部屋をシェアしていたのだ。マリファナ売買もした彼いわく、その部屋は美しい女子大生を巻き込んだ現実の「アニマルハウス」と化したという。この映画が描くような青春は実在していたのである。  サエキの友人達と違う点は、この映画の青年達が「野球という絆」でしっかり結ばれていること。そこはあくまで清々しい。惜しむらくは、しっかりと野球でストーリーをつなぐ映画であって欲しかった。後半にやっと出てくる練習シーンは、期待どおりのパワフルさ。でも、ちょっと短いかな。  最大の魅力は、1980年前後のヒット曲が満載であること。冒頭のザ・ナック「マイ・シャローナ」からつかみは快調で、クライマックスのMの「ポップミュージック」やディーヴォの「ウィップ・イット」といったコアなニューウェイヴ曲では、実際の街中でどのようなパワー感で鳴っていたのか?等、アメリカでの80年代ニューウェイヴ・ヒットのたたずまいが感じられる。  最高に興奮するのは、冒頭、黒人学生をまじえて、ヒップホップの元祖ヒット曲、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」を合唱するところ。パーラメント「giveup the funk」もかかるなど、白人野球サークルにしては黒人よりにしているところが、良いサジ加減になっている。  冒頭では、テキサスのことを、トランプを支持する保守的な地域として紹介したが、数少ない90年代米インディーズ出身監督であるリチャード・リンクレイターの出身地でもある。リンクレイターが映画協会を作ったオースティンは、毎年3月に行なわれるサウス・バイ・サウスウエストという大イベント開催で有名で、同祭は音楽ではオルタナティヴ系の牙城でもあり、日本から沢山のバンドが出演を果たしている。野球部の先輩が主人公ジェイクの大事なレコード棚からニール・ヤングの1977年の通好みのベスト盤「DECADE」を選び出し「こりゃいい。まさか返せなんていわないよな!」と没収するシーンは、そんな土地柄にもピッタリなのである。  エンドロールのカーズ「グッド・タイムス・ロール」はタイトル自体が80年代青春へのオマージュになっている。しかし、恐らく米国は変わらず「アニマルハウス」を内在させるファットなセクシュアリティも持っている。それに何らかの手段で対抗しないと、少子化で草食の日本の我々は勝てないだろう。  1980年当時の大学生の髪型~サイドをウェイブさせる短髪中心~も忠実に再現、服装などのビジュアルも完璧。振り付け師アンドレア・アリエルにより、ディスコ全盛時代の若者のダンスもバッチリと当時の活気を出している。  SNSという時代のトラップにまみれた今をめがけて提示された1980年の人間臭いやりとりに満ちた青春群像。時間を我が手にしていた若者達がひたすらジョークを飛ばし続ける物語の後半はダレるけれど、ある種の普遍的なワイルドな息吹が、80年代という時代観とタッグした不思議な感慨をもたらす作品だ。(サエキけんぞう)

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