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プロレス愛に溢れたドキュメンタリー『俺たち文化系プロレスDDT』の面白さ

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/11/26 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 世の中にプロレスを題材にした映画は数あれど、もっとも人間味があふれ、ドラマティックで、大人になりきれない夢追う大人たちの生き様をまざまざと映し出しているのは、本作ではないだろうか。まさにプロレスの神髄が味わえる映画がここに誕生した。  プロレス団体DDTのエースHARASHIMAが、新日本プロレスの棚橋弘至と再戦するまでを追った、DDTプロレスリングのドキュメンタリー映画の第2弾『俺たち文化系プロレスDDT』だ。共同監督を務めるのは、『劇場版プロレスキャノンボール2014』で監督としても高い評価を得たマッスル坂井と、同作が『フラッシュバックメモリーズ3D』以来約4年ぶりの監督映画となる松江哲明。音楽はジム・オルークが担当している。 ■「DDT」と「新日本プロレス」のポジション  この映画の発端となったのは、DDTプロレスが2015年の8月23日に行った両国大会。同大会ではDDTプロレスのHARASHIMAが、新日本プロレスのエース・棚橋弘至と初の一騎打ちをして敗れたのだが、試合後に棚橋は以下のコメントをしたのだ。 「オレは珍しく怒ってるよ。グラウンドで競うとか、打撃で競うとか、技で競うとか。ナメたらダメでしょ。これは悪い傾向にあるけど、全団体を横一列で見てもらったら困るんだよ。ロープへの振り方、受け身、クラッチの細かいところにいたるまで違うんだから。『技が上手だね、マスクがいいね、筋肉がすごいね』じゃないところでオレらは勝負してるから」  いつもの棚橋らしくない、かなり辛辣なコメントである。これはHARASHIMAに対してだけでなく、DDTプロレスが培って来た歴史そのものを否定するようなものだ。誰もが名勝負だと思っていただけにこのコメントに対するショックは大きく、選手だけではなくプロレスファンの間でも物議を醸した、プロレス業界における一つの事件であった。  なぜ棚橋からこういう言葉が発せられたのか、それがいかに重いものなのか、映画をより楽しんでもらうためにも説明したい。まずは2つのプロレス団体について。プロレスの世界では選手や軍団の対立がよく起こるが、多くは同じ団体内におけるものである。言ってみればそれは、同じ社内で喧嘩をする同僚のようなものだ。しかし、今回のケースは別の会社との争いであり、スケールが違う。  HARASHIMAがエースとなるDDTは、1997年に当時はほぼ無名だった現大社長・高木三四郎を含む、インディー団体出身のレスラー3名からスタート。小規模の会場やライブハウスなどで定期的に興行を開催し、色々なパロディを組み入れたエンタメ性の高いストーリー、映像などを本格的に取り入れた演出、SNSなどでの情報発信などで、団体の知名度を高めることに成功した。学生プロレス上がりの面白い人材を多く採用することで、体育会系でなく、純粋に観客を楽しませることに主眼を置くプロレス好きの選手が集まったことも、人気の大きな要因だ。メジャー団体では真似できない大胆なアイデア(今作の監督であるマッスル坂井は、プロレスに大喜利や『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)の要素を採り入れたりもした)で、良い意味で学園祭の延長のような団体となり、格闘技とは違う楽しみ方を”わかっている”プロレスファンたちが集うように。今ではエンタメもできればプロレスの真剣勝負もできる、業界でもトップクラスの大所帯団体となった。とは言え、自分たちでアイデアを生み出し、発信していく力が無ければ淘汰されていく世界でもある。純粋にプロレスだけで食べている選手は少なく、何かしら副業をしている選手が大半なのが現実だ。   一方、棚橋弘至が所属する新日本プロレスは、ご存知アントニオ猪木が1972年に設立した、レスリングエリートが集う現代の日本プロレスの頂点に立つ老舗メジャー団体だ。しかし、2000年代には格闘技ブームとなったことを受けて、新日の選手はK-1やPRIDEなどに勝負を挑んだものの玉砕。“プロレス最強”の幻想が崩れたことで、新日はどん底に陥っていた。そこでプロレスをあきらめなかったのが棚橋だ。彼は低迷した新日本を支え、世間に発信し続け、今では再びプロレスブームを巻き起こすまでに。重い歴史を背負いながら、新日だけでなくプロレス業界そのものを再生させた1人とも言える。実は棚橋も学生プロレス出身のため、周囲がエリートばかりの新日に入団した当初はかなり風当たりが強かったという。想像を絶するほどの苦労人なのである。 ■プロレスは勝敗だけを楽しむものでない  DDTと新日本プロレスの関係を踏まえた上で棚橋の発言を振り返ると、「プロレスを真剣にやってきている、覚悟が違う、一緒にされたくない、プロレスをナメるな」という主張は、長年プロレスを観てきた人なら分かるし、DDTファンにとっても苦々しいところだろう。しかし、DDTにも培ってきた歴史があり、プロレスに対する深い愛情と意地があるのは当然だ。本作『俺たち文化系プロレスDDT』では、来たる2015年11月17日、後楽園ホールで行われるDDT「#大家帝国主催興行~マッスルメイツの2015~」の再戦に向けて、DDTの面々が過ごした日々を切り取っていく。  再戦の準備をしたのは、DDTのアラフォー同世代ユニット「#大家帝国」の男色ディーノ、マッスル坂井、大家健ら。完全否定されたエースHARASHMAは、DDTの誇りをかけて、再び棚橋に挑むのだ。レスラーたちはそれぞれ異なる道を辿り、リングに上がっている。一般的には中間管理職世代であるアラフォーの男ともなれば、リングで生きていくことに葛藤が生じるのも当然だ。一方で、力を合わせて団体を大きくしてきた彼らの間には、長年の友情と信頼関係がある。カメラは個々の人生とその関係性を、丁寧に映し出していく。  前回の試合での顛末は、普通なら会社同士で絶縁になっても不思議ではないほどのものだ。棚橋自身、その覚悟を持っての発言だっただろう。しかしながらDDTは、いかにもDDTらしい、文化系プロレスと称される彼らなりの主張と答えを見せつけていく。ここに、この映画の醍醐味があるといえよう。映画のラストで行われる試合では、進行、セコンド、試合をするレスラー、それぞれのストーリーが立ち上がってくる。各々に戦い、自分の役割を見つけ、ともに培ってきたDDTへの愛情とプライドが凝縮された試合風景は、実にかっこよく涙を誘う。そして物語は、天才プロデューサー・マッスル坂井の手腕により、誰も敵を作らない、誰もが幸せになれる、あっと驚く大団円へと向かっていく。 ■虚実入り混ざるプロレスの奥深さ  この映画はプロレスドキュメンタリーではあるが、プロレスのタブーとされる虚実の“境界線”をそのままに尊重している。どこまでが演出でどこまでが現実なのかは不明瞭なのだが、それで良いと納得させてくれるものがあり、プロレスそのものへの愛情を感じるのだ。変に気を張らず、ゆるゆるとリング外の姿を映し出し、それぞれの人柄を伝えていたのも効果的で、ドキュメンタリー作家である松江監督の手腕によるところも大きいだろう。長年のプロレスファンである私でさえ、「あの時の棚橋の発言はこの映画のラストを見越してのものだったか? 本音には違いないだろうけれど……」とわからなくなりながらも、最後には笑顔になってしまった。すべてをエンタメプロレスに昇華してしまうマッスル坂井は、やはり天才である。(本 手)

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