古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

ユーザーの言いなりになるのがメーカーの仕事ではない

ITmedia エンタープライズ のロゴ ITmedia エンタープライズ 2017/04/17
ユーザーの言いなりになるのがメーカーの仕事ではない: 市場トレンドの変化とソフトウェアバージョンアップの関係 © ITmedia エンタープライズ 提供 市場トレンドの変化とソフトウェアバージョンアップの関係

 突然ですが皆さんは、自分が好きなゲームの新しいバージョンが出たら、すぐにプレイしたいと思いますか?

 あるいは自分が好きな作家の新刊や、好きなミュージシャンの新曲などが出た場合、どうでしょうか。早くプレイしたい、読みたい、聞きたい、と思いませんか。ワクワクして試してみようと思う人が多いのではないかと思います。

 しかし、それがエンタープライズソフトウェアの世界では一変します。「試してみよう」というマインドを好まない方が少なからずいるのです。今回は、そんな“よくある”一例を取り上げたいと思います。

●失敗事例16:延命でもいいから、現行のバージョンを使いたい

ソフトウェアの運用責任者A:このたびは、ソフトウェアのバージョンアップについて報告をいただきありがとうございます。今使用しているバージョンは、来年末にはサポートが終了するそうですね。ちょうど来年度の予算申請の時期なので、費用の算出などにご協力いただければと思います。ところで、新バージョンでは新機能が大幅に拡充されることが分かりましたが、反対に旧バージョンからの移行で制約はないのでしょうか。

ソフトウェアメーカーの担当者B:アーキテクチャを大幅に刷新しておりまして、従来手動で行っていた監視マップの描画が自動化され、手動でのマップ作成が廃止されました。その機能をお使いの場合は、留意いただければと思います。

A:それは困ったな。あの機能は重宝しておりまして、運用メンバーにも監視の状況が一目で分かると好評なのです。うちにマップ描画の職人がいましてね、ほぼ専任でその管理を任せることで、高いサービス品質を維持しています。自動作成のマップは、今のマップに近い見た目になるのでしょうか。

B:いえ。描画方法そのものが変わりますので、見た目や操作方法は変わります。自動なので、監視対象の配置も完全にソフトウェア任せになります。

A:この機能はかなり使い勝手が良いと思っていましたが、なぜ廃止されるのでしょう?

B:市場環境の変化が大きな理由です。近年、クラウドのような流動性の高い環境をいかに効率的に管理するかが、多くの企業で課題となっております。手動での管理はもはや限界があり、それを自動化して提供することになりました。

A:確かに他の顧客ではそのような状況かもしれませんが、うちはまだまだオンプレ重視で、クラウドを積極的に使う方針もまだありませんから、できれば従来の機能をそのまま使い続けたいのですが。

B:承知いたしました。そのようなお客さまのために「延命プラン」を用意しています。通常の年間保守費用よりは高くなりますが、最低限、不具合に対するパッチの提供は行われます。その代わり、先ほど申し上げたような新機能は一切使えなくなりますが、それでもよろしいでしょうか。

A:うちは安定運用第一ですから。使う予定がない機能より、当然今使用している機能を優先すべきでしょう。それに、その方がバージョンアップ作業にかかる費用も発生しないからよさそうじゃないですか。

B:……承知しました、それでは見積もりを後日お送りいたします。

 いかがでしょうか。一見、ユーザーの要望をかなえる良い提案のように見えるかもしれませんが、実は何も変わっておらず、単にユーザーの支払いが増えただけの結果になっています。このまま数年使い続ければ、恐らく「なぜこんなに保守費用が毎年上がるんだ、契約を見直しなさい」と上層部から指摘されるのがオチです。

 そして、メーカーが巨額を投じて開発したせっかくの新機能を使う権利がありながら、それを放棄してしまっています。なぜユーザーは、このような選択をしてしまうのでしょうか。

●変化を嫌う現場担当者、その理由

 最も大きな要因は、「現状の運用をできるだけ変えたくない」という心理でしょう。望んでもいないバージョンアップに労力をかけるくらいなら、多少のお金を払ってでも今の状況を続けられる方がいいという発想です。

 ただ、それには大きな前提があります。それは「システムを取り巻くビジネスの環境が変わらない」こと。今やほぼ成立不可能な条件ではないでしょうか。事業との関係が薄い、安定運用をミッションとするような運用部門にその決定権があるのは、厳しい言い方をすれば、「致命的」といえます。

 変化する環境に応じて、できれば先手を打って競争優位性を保つ――。ビジネスのデジタル化が進む昨今、これができなければ企業は競争に敗れてしまいます(その市場を独占していない限りは)。もちろん、運用部門が安定運用のためにリスクを排除するのは大切ですが、もしもそれが将来のビジネスの芽をつむようなものであれば本末転倒です。会社がつぶれてしまっては元も子もありません。

 運用部門の責任者が、事業に対して才覚がある人ならば、恐らく異なる選択肢も考慮するでしょう。グローバルで展開する外資系ソフトウェア企業、特にそれが大規模であればあるほど、世の中の変化やトレンドには敏感です。米国に本社がある企業なら、新規にリリースされたものが数年たって日本で使われ始めることも珍しくありません。

 ソフトウェアのバージョンアップを「世の中は今後こんな方向に向かうのか」というサインとして受け取れる人であれば、即時の対応は難しくても、新たな機能を自社の将来に対してどう活用できるか、考えて提案、実行することができるのではないかと思います。

 運用現場でこのような判断がなされる要因は、現場を取り巻く環境にもあると思います。これまで私が見てきた日本企業のIT運用の現場は、そのほとんどがトラブルがなくて当たり前、あったらマイナスの減点方式で評価をしていました。これでは、新しいことを忌避する思考になるのも仕方ないように思えます。

 事実、変化や挑戦が奨励され、そのためには多少のリスクもいとわないという現場は皆無に近く、実際にシステムを大胆に変えることに成功したのは、部門の統括責任者など、トップが強い意志で統率している会社でした。

 今や古典芸能や文化でさえ、生き残りを賭けて、新しい取り組みに挑戦する時代です。本来、変化の最先端であるべきITを扱う現場で、このような全く逆の話に遭遇するたびにいつも違和感を覚えます。

 しかし一方で、メーカーが提案する新バージョンを“うのみ”にして採用することも危険です。

●ホンネで語り合えるメーカーを見つけよう

 ソフトウェアの新バージョンが、散々な評価を受けて失敗してしまうというのも、ありがちな話だからです。かのMicrosoftでさえ、「Windows 8」を世に出したときはユーザーから厳しい評価を受けたのは記憶に新しいところです。

 ソフトウェア企業が一方的に新機能を売り込んでもうまくいきませんし、ユーザーの一方的な論理で、枯れたソフトウェアを使い続けるのも将来性がありません。重要なのは、立場が異なる両者の対話です。新機能を使ってほしいメーカーと、自社の事業を成長させたいユーザーが、変化に対して積極的に対話することで、最適な利用法や移行計画が生まれ、ソフトウェアの機能を最大限活用できるのです。

 「結局、最後はコミュニケーションか」と思われるかもしれませんが、両者の利害が絡むビジネスは、「どちらか一方が話を進めてもいいことがない」というのが定説です。特に日本では、「お客さまは神様です」という有名な言葉に代表される通り、ユーザーの立場が強く、そのバランスが取れないときが往々にしてあります。

 そんな時、メーカーがユーザーの言いなりになると、その道のプロであるメーカーの提案が生かされず、結果的にユーザーの不幸を招いてしまいます。

 逆に、メーカーが「これが世界のトレンドだ」と一方的に自社の都合を押し付けてもよい結果は生まれません。ユーザー個別に事情があり、柔軟性の高いソフトウェアであればあるほど、そのソフトウェアが効果を最大限に発揮できるよう、メーカー側もユーザーの状況や考えをよく理解する必要があります。ソフトウェアのバージョンアップの場面でも、そのような建設的な議論があって初めて、いい結果が生まれるのです。

 最後に今回のメッセージを端的に表す、フィレンツェのある有名な職人の言葉を引用しましょう。

 『いいかい? お客さんが気にいったからと言って、「はい、その通りにします」はダメだ。2人がいいと思うこと。お客さまが好きなものを選ぶ世界ではない。似合うものを私が作る世界なんだ』

 ぜひ、そんなお付き合いのできるメーカーを、そしてユーザーを見つけてもらればと思います。

ITmedia エンタープライズの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon