古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

今のPC市場で「匠の技」は本当に必要か 富士通の島根工場を訪ねて

ITmedia PC USER のロゴ ITmedia PC USER 2017/03/28
今のPC市場で「匠の技」は本当に必要か 富士通の島根工場を訪ねて: 島根富士通のPC組み立てライン © ITmedia PC USER 提供 島根富士通のPC組み立てライン

 2月のことだが、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)はノートPCの生産拠点である島根県出雲市の島根富士通で、富士通本体から独立して1周年を迎えるにあたって報道関係者向けイベントを開いた。招待された報道関係者は約80名。

 参加者の幅は実に広く、1990年代後半にシリコンバレー取材を共にした新聞社の重鎮とも久々に顔を合わせて驚いたほどだ。富士通側の面々も、2000年代前半に取材などで出会った幹部が勢ぞろいしていた。まさにWindows 95以降の富士通PC事業を凝縮したかのような面子だ。

●「匠の技」で少量多品種の混在生産に最適化

 このイベントにおけるテーマを一言で言えば、「匠(たくみ)」であった。

 「匠の技」や「匠のアイデア」などにより、日本発で独自性のあるPC事業が展開できる。さまざまな捉え方があるだろうが、筆者はそう受け取った。邪推するならば、昨今紙面を賑わせている同社PC事業のLenovoへの事業統合検討という話と関連があるのかも……となるが、ここでそうした話はするつもりはない。

 FCCLのビジネスに関して言えば、企業向けを中心としたPC事業において、適切な運営を続ければ採算は取れるだろう。また、Lenovoとの事業統合があったとしても、富士通本体とのつながりや、企業向け需要の安定性などを考えれば、決してその将来は暗いものではない。

 しかし、匠の技でコンシューマー向けPC市場でも……という文脈になると、匠の技の源泉である「国内生産」にどこまで理由付けができるのか、という疑問が生じるのは自明だろう。

 なぜなら、FCCLが富士通とは独立した企業だからだ。富士通はさまざまな企業向け、あるいは特定事業者向けのソリューションを持っており、その中で独自性を発揮し、部分的にハードウェアとの統合を行いながら差異化をする。あるいは富士通が担当する案件で必要なハードウェアをそろえるといったことはあるだろう。

 しかしPC事業単体として見たときに、どこにFCCLの独自性が生かされるのか、という点については疑問を感じる部分もある。FCCLのPC生産設備がダメだと言いたいのではない。出雲工場におけるPC組み立てのラインは、実に効率的で生産性という面でトップクラスであることは間違いない。

 現在のPCは仕向けごとに、あるいは個人向けならばオーダーごとに仕様が異なるのが当たり前だ。同じ商品を大量に作るのと、多種多様なモデルをそれぞれに異なる仕様で生産するのには大きな違いがあるが、出雲工場はまさに少量多品種の混在生産に最適化された生産ラインと部品供給システムが行われ、組み立てスキルを向上させることで生産サイクルを詰めていた。

●FCCLが誇る「匠のモノづくり」はAppleと真逆か

 しかし疑問を持たれているのは別の部分だろう。果たして今のPC市場において、こうした匠の技が本当に必要なのか、という素朴な疑問だ。

 例えば先日、朝日新聞がシャープの国内テレビ生産撤退という報道(シャープは否定している)を行い、「世界の亀山モデルに幕」といった論調の記事を掲載した。筆者は本件の真相を知る立場にないが、そもそもテレビという組み立て後の製品に対して「世界の亀山モデル」と報道していることに強い違和感を持った。

 なぜなら、テレビにおいて生産地が品質をあらわす時代はとっくの昔になくなっていたからだ。シャープが「亀山モデル」と吹聴していたのは、亀山に作った当時最新の液晶工場で作られる高品位な液晶パネルで作ったテレビであることを訴求するためだった。組み立てラインの所在地を訴求したわけではない。

 一方で、2017年いよいよ市場に出そろい始めているOLED(有機EL)テレビを見回すと、どれも同じパネルメーカー(LG Display)から調達しているものの、メーカーごとに画質は驚くほど異なる。では、生産が各メーカーの拠点か、と言えばそうだとは限らない。中国のパートナー工場で生産している例など、自社であっても日本国内というケースはほとんどない。

 つまり、テレビという商品に関して言えば、メーカーごとの画質・品質の差は現在でも有意に存在するものの、生産地による差異は必ずしも商品力に直結していないとも言える。ではPCはどうなのか、という話なのだと思う。

 事業規模や立ち位置が異なるため、直接の比較に意味はないが、例えばAppleはむしろMac製品の生産から「匠の要素」を積極的に排除しているように思える。唯一異なるのはMac Proだが、Mac Proだけは米国内で生産されており、また台数が限定的という点で他の製品とは決定的に違う。

 MacBookあるいはMacBook Pro/Airは、マシニングセンターを用いて高精度に製作された筐体を基礎に製品が組み立てられている。マシニングセンターに対する投資は大きいが、高精度な加工ができるうえ、細かな修正をかけやすい利点がある。モデルチェンジする場合でも、大幅な設計変更でなければちょっとしたプログラムの変更だけで対応できる。

 組み立てに関しても、Appleは長らく「組み方」をほとんど変えていない。アイソレーションキーボードを用い、筐体底面を上向きにして部品を組み上げていく、業界では「裏組み」と呼ばれる組み方を始めたのはAppleだったと記憶しているが、この裏組みによる組み立て方法は初代MacBook Air(あるいはその周辺)から始め、細かな調整は入っているものの、かなり長期間にわたって似た組み方で作られてきた。

 これはガラス保護カバーを前面に配置した液晶ディスプレイ部も同様で、MacBook Proで採用して以来、液晶ディスプレイ部と本体部の勘合でゴミなどの侵入を防ぐパッキンの配置手法なども含め一貫している。

 AppleもBTOによる仕様違いなどはあるが、極力、組み立て部分には作業者のスキルを求めない作り方を徹底しており、匠の技が存在しなくとも、安定して高品位の製品を出荷できる体制を整えている。

 もっとも、こうした作り方ができるのは同社が同じプラットフォーム(OS)内で競合を持たず、数少ないモデル数、限られた仕様の選択範囲でもグローバルをカバーできるからであり、Windows PCを生産する富士通に当てはまらない。だからこそ、国内での生産にこだわる必要はないのではないか、というのが、多くの傍観者が感じていることではないだろうか。

●生産技術にどのような付加価値を見いだすか

 しかし、ここまで書いておきながら……ではあるが、「組み立て」すなわち生産技術に回答を求めることも、正解の一つではないか、と取材を通じて感じている。生産技術に依存しないPC生産を追い求め、高付加価値モデルを含めて海外生産化を推し進めても、LenovoやHP、Dellに太刀打ちできるわけではない。

 「組み立てスキルの高さ」を生かした事業の組み立て方があるのだとしたら、そこには挑戦すべきだろう。FCCL代表取締役社長の齋藤邦彰氏は「顧客に対してピッタリの製品を作ることに関しては、他社に負けない自負がある。1台ごとに異なる仕様、モデルのPCを効率を落とさず生産できるため、顧客が求める納期短縮と多様性を両立可能だ。開発から生産、サポートまで、完全に国内で完結できることが匠の価値を生み出している」と話した。

 筆者はこうしたFCCLの発信に対して100%賛同できるわけではない。しかし、一方で「組み立て」に付加価値を見いだす手段があるならば、そこは一つ目指すべき目標なのだとも思う。

 ここで再びビジュアル機器業界の事例を挙げたい。

 ソニーはさまざまなディスプレイ技術に対する投資を行ってきたが、その大多数を放棄した。業務用マスターモニターに使われているOLEDパネルは自社技術の結晶だが、テレビ向けは前述したようにLG Display製を購入している。しかし、一つだけ残している技術がある。それがCLED(Crystal LED)ディスプレイ技術を元にした「CLEDIS」というブランドだ。

 CLEDISはRGB個々の発光特性を持つ発光ダイオードを基板上に整列させる技術を用いたディスプレイで、色再現域、ダイナミックレンジ、コントラスト、動画応答性など、あらゆる面で極めて優れた特性を持っている。ただし、画素密度を向上させることが困難で、現在は業務用の大画面ディスプレイを構築する際に使われる特殊なディスプレイだ。

 ソニーがこの技術だけを残した理由は、CLEDISが物理的な組み立て工程に独自性があるからである。液晶やOLEDなどは、単一の生産プロセスをより大きなガラス基板に施すことで生産性を高められる。言い換えると、将来的には生産投資規模の競争になっていく。

 しかし、CLEDISのように物理的な部品整列と組み立てが生産性向上のボトルネックの場合は、そう簡単にはいかない。常に生産技術に挑戦し、実際の商品を出荷しているメーカーに分があり、投資規模を増やしたからと言って追い付けるものではない。

 ジャンルは異なるが、FCCLが目指すとしたならば、やはり「少量・多品種の組み立て」を効率的に行えるという部分を生かし、商品力へと転換できる製品を企画・生み出していくことだ。富士通は超軽量モバイルノートPCを発売するなど気を吐いているが、それだけではNECパーソナルコンピュータがフィーチャーする米沢工場のケースをなぞっているにすぎない。FCCLが組み立てることで、どのような商品価値の向上が得られるのか。

 企業向けには多数の答えを用意しているように見受けられるが、果たしてコンシューマー向けにどんな答えが出されるのか。次回、出雲を訪れる際には、明確な答えが用意されていることを期待したい。

[本田雅一,ITmedia]

ITmedia PC USERの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon