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今週末見るべき映画「フランコフォニア ルーヴルの記憶」

エキサイトイズム のロゴ エキサイトイズム 2016/10/27

 ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督が、フランス、ドイツ、オランダの資本で、ルーヴル美術館のドキュメンタリーを撮る。もう、この情報だけで、見たいと思う。「エルミタージュ幻想」を撮った人である。当然だろう。「フランコフォニア ルーヴルの記憶」(キノフィルムズ配給)は、この期待に応える、いや、期待以上のすばらしい映画である。

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 正確には、ドキュメンタリー映画ではないかもしれない。1940年、ドイツによって占拠されたパリ。ルーヴル美術館をめぐっての史実を再現したドラマが挿入される。

 当時のルーヴル美術館の館長ジャック・ジョジャール(ルイ=ド・ドゥ・ランクザン)は、館内にあるぼう大な美術品を、ナチス・ドイツの手から守るべく、パリ郊外に運び出すよう画策している。フランスとドイツの停戦協定が結ばれたなか、ナチス・ドイツのパリ占拠の将校で、伯爵でもあるヴォルフ・メッテルニヒ(ベンヤミン・ウッツェラート)が、美術品の管理をめぐって、ジョジャールを訪ねてくる。

 ともに、美術品に愛着があり、芸術を愛してやまない人物だが、敵同士であり、胸襟をひらいてまでの会話は成立しない。「ドイツ語は話せるか」と聞くメッテルニヒに、「根っからのフランス人だから」と切りかえすジョジャール。

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 ヒトラーがパリに入る。ルーヴル美術館を探し当て、その美しさに驚嘆する。ルーヴル美術館では、ナポレオン一世が登場し、ダヴィッドの傑作「ナポレオン一世の戴冠式」を前に、「これが私だ」と言い、自らが集めてきた多くの美術品を自画自賛する。

 ソクーロフ監督のことである。たくさんのルーヴル美術館所蔵の絵や彫刻を映し出すが、ただ単に、ルーヴル美術館にある美術品を語るようなことはいっさい、しない。あくまでも、優れた美術品を愛してやまない、ひとりの人間からのまなざしで、主観的に映画を描ききる。

 ソクーロフは、なによりも、美術館から窺える壮大な歴史に圧倒される。ロシアのエルミタージュ美術館しかり、スペインのプラド美術館しかり。パリのルーヴル美術館に魅せられるのも当然だろう。すでに、ソクーロフは「エルミタージュ幻想」を撮っている。次は、「プラド美術館」を撮るにちがいない。

 ソクーロフは皮肉たっぷりに言う。「ルーヴルのないフランスは必要なのか」、では「エルミタージュのないロシアは」と。

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 チェーホフを愛し、マーラーの「亡き子をしのぶ歌」の好きなソクーロフである。映画「ファザー、サン」、ドキュメンタリーの「精神(こころ)の声」、「静かなる一頁」、「ストーン/クリミアの亡霊」でも、「亡き子をしのぶ歌」を引用している。本作でもまたまた、「亡き子をしのぶ歌」が、さりげなく流れてくる。リュッケルトの書いた詩に、マーラーが曲をつけた。第1曲は、「今、まさに太陽が昇ろうとしている。まるで昨夜の不幸など、なかったかのように……」。

 思えば、ルーヴル美術館で1日過ごしたのは、もう40年以上も前である。「モナリザ」や、ギリシャの彫像「サマトラケのニケ」、「ミロのヴィーナス」などの周囲には、誰もいなかったので、たっぷり、見ることができた。「フランコフォニア ルーヴルの記憶」を見て、ルーヴル美術館はいま、どうなっているのか。再訪の想いが募っている。

 ちなみに、タイトルの「フランコフォニア」とは、「フランス語圏」といったほどの意味。「海の沈黙」という映画で、フランス人の父娘の自宅に駐留したドイツ将校が、ドイツの音楽を自慢するが、フランスの文学、美術にはかなわないといった意味のセリフを言う。フランスの芸術は、ドイツやロシアからみても、限りない憧れがあるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>

『フランコフォニア ルーヴルの記憶』

(C) 2015 - Idéale Audience - Zero One Film - N279 Entertainment - Arte France Cinéma - Musée du Louvre

2016年10月29日(土)、ユーロスペースほか全国ロードショー

公式サイト

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