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今週末見るべき映画「92歳のパリジェンヌ」

エキサイトイズム のロゴ エキサイトイズム 2016/10/27

 人間というもの、すでに古希を過ぎると、からだのどこかが、おかしくなるものである。歯が抜ける。髪が白くなる。耳が遠くなる。小さな字に目が追いつかない。酒量が減る……。

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 誰でもが老いる。パリに住み、やがて92歳になろうとするマドレーヌは、杖が必要だが、ひとりで歩ける。意識もしっかり、ボケていない。若い頃から、助産婦として働き、社会運動に身を投じ、女性の権利や自由のために闘ってきた。だから、頑固でもある。

 そんな老女が、92歳の誕生日に、家族に向かって、とんでもない決意を宣言する。「2ヵ月後に、私は逝きます」と。フランス映画「92歳のパリジェンヌ」(ギャガ配給)は、重い話が、その重さを感じさせないように、むしろ軽快にスタート、展開する。

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 当然、娘のディアーヌ、息子のピエールは大反対するが、マドレーヌの決意は固い。フランスで、2002年にほんとうにあった話に基づいている。フランスの元首相リオネル・ジョスパンの母親ミレイユが、自らの死ぬ日を決め、実行したのである。

 フランスでは、法律上、安楽死、尊厳死は認められていない。いわば、予告自殺にあたるのだろう。ミレイユの娘で、作家のノエル・シャトレが、母のことを書いた「最後の教え」を出版する。映画は、この本を基にしている。

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 世界のあちこち、高齢化が進行している。安楽死、尊厳死には、さまざまな議論があるが、いまだ、世界共通の考え方にまとまっていない。医学の進歩なのだろう、ただ生きていることだけなら、かなり長く、可能になってはいる。だが、意識のないまま、ただ呼吸していることが、果たして、生きていることなのか。ふと、考えこんでしまう。自分はどうするのだろうか、と。

 見る人それぞれに、それぞれの人生の終焉について、深く考えるきっかけを与えてくれる。

 暗く重いテーマですら、フランス映画である。あちこちに、人間の本音が現れる。それを、ユーモアでまぶして、ほどよく散りばめる。人間心理のあやを巧みに掬いとった、こまやかな演出である。パトリス・ルコント監督の「タンゴ」に女優として出ていたパスカル・プヴォーが監督している。うまいものである。

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 なによりも、92歳の老女に扮したマルト・ヴィラロンガの存在感が大きい。眼光鋭く、気丈夫な、「凛としたおばあちゃん」である。実年齢は、いま84歳。立派なものである。いいシーンがある。ちょっとした事故で、マドレーヌが入院する。隣のベッドにいる老人といっしょに、ジルベール・ベコーの作ったシャンソンの名曲「そして今は」を唄う。英語のタイトルは、「ホワット・ナウ・マイ・ラブ」で、フランス語ではグローリア・ラッソ、英語ではフランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリー、シャーリー・バッシー、ソニー&シェールなど、錚々たる歌手たちがカバーしている。最後の一節は「ほんとうに、この私はどうすることもできない。ほんとうに何も残っていない」。

 母親と争いながらも、しっかりと母に寄り添う娘役はサンドリーヌ・ボネールだ。アニエス・ヴァルダ監督の「冬の旅」での演技が、傑出していた。

 人はかならず、いつか、死ぬ。では当方、すでに死について考えたり、墓を準備するなり、もろもろの準備や心構えが必要な年なのに、いたってのんびり。多くの映画を見て、それなりに人生の勉強をしているつもりなのに。もっとも、残す財産などは皆無、遺書などを書き残す必要もない。なんとかなる、なるようにしかならないと、楽観的そのもの。B型という血液のせいかもしれないと嘯いているのだが。

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 同じ親子でありながら、母親と娘、母親と息子では、その関係性がかなり異なる。本作でも、マドレーヌをめぐって、ディアーヌとピエールは意見が合わない。それでも、やはり、母と娘、母と息子、兄と妹は、血がつながっているのだなと思い知ることになる。

 母マドレーヌが、ラスト近くで発するせりふの数々が、とてもいい。最後を迎えようとする人生が、よりよきものであるにはどうすればいいのか。そのヒントになる言葉に満ちている。涙は流れなくても、こみあげてくるものがある。

●Story

 今日は、マドレーヌ(マルト・ヴェラロンガ)の92歳の誕生日。娘のディアーヌ(サンドリーヌ・ボネール)の家で、パーティが始まろうとしている。ディアーヌの夫クロヴィス(ジル・コーエン)、大学生になる孫のマックス(グレアゴール・モンタナ)、マドレーヌの長男ピエール(アントワーヌ・デュレリ)が食卓を囲んでいる。みんなからのプレゼントは、液晶の大きなテレビ。マドレーヌが挨拶する。「今まで本当にありがとう。すばらしい人生だったわ」と。そして続けて、「でもその時が来た。2ヵ月後の10月17日に私は逝きます」と。

 突然の母の言葉に、ショックを受けるディアーヌ。ふだん、あまり母親とのつきあいのないピエールは、半ば怒って、席を立ってしまう。ともかく、アパートで一人暮らしの母親を送り届けたディアーヌとピエールは、いったいどうしたものか、判断に苦しむばかり。ピエールは、施設に入れるべきだと主張するが、ディアーヌは、母親の世話をすると言い出す。

 マドレーヌは、すでに自覚している。車を運転しても自転車とぶつかりそうになったり、ハンドル操作がうまく出来なくなっている。朝、小便を漏らすこともある。

 家族の思惑をよそに、マドレーヌは、身の回りの整理を始める。マドレーヌの日頃の世話をしているメイドのヴィクトリア(ザビーネ・パコラ)は、心やさしく、ユーモアを解する。荷物を整理するマドレーヌをみて、「棺桶も自分で閉めるつもり?」と言う。マドレーヌは、思わず微笑む。

 ディアーヌから同居の申し出があるが、マドレーヌは断る。92歳のからだである。腰も痛めている。マドレーヌは入院する。たまたま、病院の外を散歩していたマドレーヌは、産気づいた女性に出会う。夫が医者を呼びに行くが、間にあわない。マドレーヌは元助産婦で、ぶじ、赤ん坊を取り上げる。マドレーヌは、病院にいることが気に入らない。それを悟ったディアーヌは、マドレーヌを退院させる。

 母親をめぐって、ディアーヌとクロードの考えは、なかなか一致しない。荷物の整理が進むなか、はたして、マドレーヌの決意の行方は、どうなるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>

『92歳のパリジェンヌ』

(C) 2015 FIDÉLITÉ FILMS - WILD BUNCH - FRANCE 2 CINÉMA - FANTAISIE FILMS

2016年10月29日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

公式サイト

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