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古代からの「日中大戦」の歴史を振り返ると、日本の本性が見えてくる=中国メディア

サーチナ のロゴ サーチナ 2017/04/16 モーニングスター株式会社
中国メディア・今日頭条は14日、「歴史上の日中戦争から日本を見ると、はじめてその本性が見えてくる」とする記事を掲載した。古代から近代にかけて日本と中国が繰り広げてきた戦いを5つ挙げ、その内容や結果、その後日本の対中姿勢がどう変化したかについて論じている。(イメージ写真提供:123RF) © Searchina 提供 中国メディア・今日頭条は14日、「歴史上の日中戦争から日本を見ると、はじめてその本性が見えてくる」とする記事を掲載した。古代から近代にかけて日本と中国が繰り広げてきた戦いを5つ挙げ、その内容や結果、その後日本の対中姿勢がどう変化したかについて論じている。(イメージ写真提供:123RF)

 中国メディア・今日頭条は14日、「歴史上の日中戦争から日本を見ると、はじめてその本性が見えてくる」とする記事を掲載した。古代から近代にかけて日本と中国が繰り広げてきた戦いを5つ挙げ、その内容や結果、その後日本の対中姿勢がどう変化したかについて論じている。

 1つ目は663年の白村江の戦いを挙げた。朝鮮半島で日本の指示する高句麗と百済が新羅を攻撃し、新羅が唐に助けを求めたことで、白村江にて唐軍と日本軍が戦うことになったと紹介。装備や兵力で大きく勝る唐軍が日本側を下し、これ以後日本は900年あまり「野心を見せることはなかった」うえ、中国との大きな差を認識して遣唐使の派遣によって中国文化の吸収に努めるようになったとした。

 2回目は13世紀後半の元寇だ。2度日本に大挙したモンゴル軍に対して「神風」と称される台風の助けもあり2度とも日本側が撃退に成功したことを伝えるとともに、この時の「神風」日本人の心に長く焼き付き、太平洋戦争末期の特攻隊に「神風」の名称が付けられるに至ったと説明している。

 3度目は16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵。明軍の兵士10万人あまりが朝鮮半島で日本軍と戦い、互いに大きな損害を出した結果明軍の勝利に終わったものの「日本人は、かつて強大さを誇っていた中国に全く歯が立たないわけではないということを悟った」と解説している。

 4度目は19世紀末の日清戦争だ。記事によれば、日本はこの戦争の勝利によって中国侵略への野心をさらに膨らませるとともに、中国はもはや日本に完全に後れをとったとの認識を持ったのことだ。

 そして、5度目が1931年の満州事変から15年間続いた戦争だ。「最終的に日本の侵略者は追い出されたが、一部の日本人は今もなお中国が日本を倒したことを認めておらず、単に米国やソ連に敗れたことだけを認めている」と伝えている。

 記事は最後に「日本と中国との戦いから、日本は典型的に弱きをいじめ強きを恐れる性質を持っていることが伺える。われわれが強い時には我々に学ぼうとし、弱いときには侵略してくる。今や中国は日本より強くなった。われわれは日本人に進んだ戦闘力、強い経済力を見せつけ、二度と中国に対して現実離れした考え方をさせないようにしなければならない」と論じた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

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