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吉野家「ミスター牛丼」、なぜ鮮やかな退任?熾烈競争、重なる危機を乗り越えた不格好経営

サイゾー のロゴ サイゾー 2014/06/04 01:05 Cyzo

 吉野家ホールディングス(HD)は5月22日、今年9月1日付で事業子会社、吉野家取締役の河村泰貴氏が同社社長に昇格し、安部修仁社長は退任すると発表した。安部氏は吉野家HDの取締役も退任する。

 安部氏は吉野家のアルバイトからトップに上り詰めた叩き上げの経営者。1980年に倒産した吉野家の再建を主導し、91年に42歳の若さで同社社長に就任。以降、22年間にわたり吉野家の経営を指揮してきたが、後継者不足などを理由に経営トップ交代が進まない企業が多い中、今回の安部氏の退任に対しては「鮮やか」との評価が多い。そんな「鮮やかな」退任の背景を探ってゆくと、そこには「外食産業の非常識」を貫いた「ミスター牛丼」の姿があった。

 安部氏は、熾烈な「牛丼戦争」ではしばしば誤算を繰り返すなど、決して格好のいいカリスマ経営者ではなかった。外食業界関係者は安部氏について、「その不細工な人間臭さや率直さが、逆に社内の結束力を強めた。安部氏がカミソリ型カリスマだったら後継者も育たず、65歳の若さで退任なんてとてもできなかっただろう」と評価する。

 実際、牛丼戦争で吉野家の価格戦略は揺れ、業績浮沈を繰り返した。

 吉野家は2001年に並盛400円の牛丼を280円まで一気に値下げし、価格競争の劣勢を挽回した。だが、03年末に米国で発生したBSE(牛海綿状脳症)問題による米国産牛肉輸入停止で、04年2月から06年秋までの約2年半は牛丼販売を中止。その間に豪州産牛肉を使って牛丼販売を続けたゼンショーホールディングス傘下のすき家に、08年に店舗数で抜かれた。

 吉野家低迷の煽りで、最終損益が89億円の赤字に沈んだ10年2月期の連結決算発表の記者会見では、安部氏は「不甲斐ない決算だ」と語り、公の場で自分の失敗を率直に認めた。

 そして10年9月、吉野家の既存店売上高が19カ月ぶりに前年同月比増になった。起死回生策として同年9月7日に発売した並盛280円の低価格メニュー「牛鍋丼」がヒット、客足減にやっと歯止めがかかった格好だった。吉野家は牛鍋丼投入に際し、販売数に占める割合は「牛丼が6割、牛鍋丼が3割」と予測していた。だが、蓋を開けてみると「牛丼が3割、牛鍋丼が7割」と予測は外れ、9月の客単価は前月比15%も激減した。競合他社に比べメニュー数の少ない吉野家は、低価格メニューへ客がシフトすると、客単価が一気に落ち込む構造になっていたからだ。

●目まぐるしく変化する牛丼戦争

 12年になると、低価格一辺倒を競う牛丼戦争に変化が生まれた。松屋フーズ傘下の松屋が、12年1月に牛丼の「牛めし」価格を、業界最安値のすき家の牛丼と同額に値下げしたのに対し、すき家も吉野家も対抗値下げをしなかった。値下げが集客増につながらなくなっていたからだ。  安部氏は、12年2月期連結決算発表の記者会見で、「3年前は価格競争の影響を受けた。牛鍋丼を投入したのもその対抗策だった。だが前期は牛丼の品質向上に重点を置いた。品質向上は直ちに売上増につながるものではないが、吉野家の存在感を高めるために極めて重要だ」と述べ、牛丼戦争の変化を背景に、価格競争からの脱却を暗に宣言した。

 ところが、同年10月、吉野家は競合2社も驚く激安250円(並盛)の牛丼店「築地吉野家 極(きわみ)」の出店を開始。激安店の出店は、「吉野家の存在感を高めたいが、価格競争も無視できない」との、安部氏の判断を如実に示していた。こうした度重なる方針転換にもかかわらず吉野家が「牛丼御三家」の座から滑り落ちなかったのは、「牛丼なし営業の経験があったからだ」と前出の業界関係者はいう。

●牛丼店の牛丼なし営業

 前述のとおり、吉野家は04年から約2年半、牛丼販売を中止した。すき家など競合他社が調達を切り替えた豪州産牛は、主に牧草で飼育しているため、穀物飼育をしている米国産牛に比べ脂身が少なく、牛丼にすると肉が固く、味も落ちる欠点があった。吉野家のキャッチフレーズは「うまい、やすい、はやい」。吉野家は、このうちの「うまい」をないがしろにしてチェーン拡大に走ったのが一因で、一度倒産を経験している。安部氏はこの倒産の苦い経験から「吉野家の味(うまい)と似て非なるものは売らない」と、米国産牛輸入再開までの牛丼販売中止を決断。前代未聞の「牛丼店の牛丼なし営業」が04年2月から始まったのだ。

 牛丼販売中止で現場は大混乱に陥った。その当時を知る吉野家OBは次のように振り返る。

 牛丼なし営業開始で、現場を混乱させたのは「豚丼」などの代替メニューにおける「吉野家の味の再現」だった。試行錯誤で毎月のように本部が投入・改廃する代替メニューに対し、現場では不満が渦巻いた。本部は代替メニューを実験店で3週間程度の試験販売をしてから、そのメニューのポイントとなる加熱温度、タレの加減、食材の重さと、料理盛り付け、使用調理器具などを記載した調理マニュアルを全店に配布する。店舗側はそのたびに食材の保管方法、調理器具、食器、備品などを変え、新しい調理法の習熟練習をしなければならない。メニューが変わればオペレーションも変わる。

 さらに頻繁なメニュー変更で、店員は「どれが吉野家の味」なのかわからなくなり、吉野家の味に自信を持てなくなった。その結果、客足が遠のき、先行き不安に耐え切れずに吉野家を辞める店員も出始め、店長に重圧がかかった。

 本部の試行錯誤から半年、代替メニューの定番が固まった04年8月頃から現場は少しずつ落ち着きを取り戻した。牛丼なし営業が響いた吉野家の05年2月期単独決算は14億円の営業赤字に沈んだが、定番メニューが固まり、その認知も進んだ06年2月期は、牛丼なし営業で22億円の営業黒字を回復、現場に明るみが射してきた。

 さらに06年春になると米国産牛輸入再開の見通しがつき、現場では「待望の日に向けてのカウントダウン気運が広まっていた」(同社OB)。そんな矢先、ある店の店員が「牛丼を再開してもBSEが怖いので、吉野家の牛丼は食べない」と話しているとの情報が本部に入り、幹部は震撼した。「全頭検査をしているので米国産牛は安全」と消費者にPR活動をしているにもかかわらず、肝心の店員が不安に駆られていたのだ。

 吉野家は直ちに現場へのアンケート調査を行い、回答者の48%が米国産牛に不安を感じていたことが判明。「急遽本部系社員を総動員し、全国の現場に対する誤解払拭活動に最優先で取り組んだ」(同社OB)結果、「吉野家の牛丼」に不安を感じる店員が激減した。そしてついに06年9月18日、吉野家は「牛丼復活祭」を開催し、牛丼販売を再開した。

 その2週間前、本部で「牛丼販売再開決起集会」が開かれた。全員を代表して「決意表明」を読み上げた東京・有楽町店店長は、その中で「売りたい牛丼を売れず挫けそうな時もあったが、吉野家の誇りを持って走り続けた」と、現場の思いを語った。それを聞いた瞬間、現場の苦労が身に染み付いた安部氏は「嗚咽を漏らし、目頭をハンカチで押さえた」(同社OB)。

●吉野家の超常識

 証券アナリストは、牛丼戦争で吉野家が苦戦している理由について「少数メニューが足枷になっている」と、次のように説明する。

 例えば、すき家の場合、牛丼メニュー10点をはじめメインメニューが約40点、サイドメニューも約30点揃えている。対して吉野家のメインメニューは牛丼メニュー4点を含む約20点、サイドメニューも10点あまりしかない。そのため、すき家は牛丼の値下げキャンペーンをしても、その売り上げ減少分を他のメニューでカバーできるが、少数メニューの吉野家はこれができない。

 一方、安部氏は08年4月に行った講演の中で「吉野家の独自性は牛丼一筋の単品経営を続ける中で培われ、牛丼の日々の改善の連続性の上に吉野家の価値がつくられた」と述べ、「外食産業の常識は『商品は客に飽きられる』、だから『メニュー数を増やす』にある。しかし、吉野家では『商品を飽きさせないものにする』、そのために『いかにして飽きさせないか』を追求してきた。これを外食産業では『吉野家の非常識』というが、社内では『吉野家の超常識』といっている」と、少数メニューにこだわる理由を説明している。

 業界関係者は「この非常識こそ、牛丼戦争の中で価格戦略がぶれながらも安部氏が守り続けた『吉野家の味』の拠所であり、現場の苦労を思うと心が折れそうになりながらも牛丼なし営業を貫いた安部氏の経営の拠所だった」と推察する。

 また、安部氏は07年3月に行った書籍『吉野家 安部修仁 逆境の経営学』(日経BP社/戸田顕司)の出版記念講演会の中で「吉野家にとってオリジナリティは最も大事な価値。ただ、オリジナリティには、そこへ至るための挑戦と革新が不可欠になる。オリジナリティを追求する過程で問題にぶち当たった時、それを克服するための発想転換、方法論の転換、道具の転換、そうしたさまざまな転換を何度もクリアしなければ前進できない。換言すれば革新と革新のための挑戦の連続の果てに、オリジナリティが結果として生まれてくる」と語っている。

 同社OBは「安部さんのこうした柔軟でアグレッシブな考え方が社員のモチベーションを高めた。だからどんなに業績が悪い時期でも人望を失わず、社内が暗くならなかった」と振り返る。

「外食産業有数」と評価が高い吉野家の現場力を鍛えたのは、そんな安部氏の経営手腕だといわれているが、そんな安部氏だからこそ、「鮮やかな退任」を果たすことができたのではないか。(文=福井晋/フリーライター)

※画像は吉野家の「牛丼」(「Wikipedia」より)

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