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坂本龍一のキャリアにおける映画音楽の重要性 『戦メリ』から『怒り』までの変化を追う

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/10/23 株式会社サイゾー
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 2014年7月に咽頭ガンの治療のため休養に入った坂本龍一だったが、約1年後には音楽活動に復帰し、また精力的な姿勢をみせている。昨年からは監修を担当するCDブックの音楽全集『commons:schola』の新刊発表、2012年のトリオ・ツアーのDVD化、過去作のリイシューもあったが、なかでも大きな仕事は映画音楽だ。 (関連:『君の名は。』、『怒り』、『シン・ゴジラ』……音楽と映画の新しい関係を柴那典が考察)  復帰して最初の仕事が、『母と暮せば』(監督山田洋次)と『レヴェナント:蘇りし者』(監督アレハンドロ・G・イニャリトゥ)の音楽を並行して制作することだった。加えて、公開中の『怒り』(監督李相日)でも音楽を担当。短期間のうちに映画のサウンドトラック・アルバムを3作も発表したのだ。  坂本龍一のキャリアにおいて、映画音楽は重要なものだった。彼はYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)で1979年から1980年に欧米ツアーを経験し、テクノ・サウンドで海外でも注目された。そして、坂本は自らも出演し、デヴィッド・ボウイやビートたけしと共演した映画『戦場のメリークリスマス』(1983年。監督大島渚)で音楽を担当後、デヴィッド・バーンなどと作曲を分担した『ラストエンペラー』(1987年。監督ベルナルド・ベルトリッチ)でアカデミー賞作曲賞を受賞し、世界的アーティストの地位を確立した。  『戦メリ』の出演依頼があった際、本人が音楽担当を志願したというから、それが自分の海外進出の足がかりになるだろうという判断はあったと思う。坂本に関しては、ソロやユニット、コラボなどで多くのオリジナル作品を発表するだけでなく、海外映画の音楽を手がけることが、国際的アーティストとしてのわかりやすい存在証明になってきた面がある。  かつて海外ツアーをした頃のYMOはボーカルの比重が小さく、インストゥルメンタル主体だった。また、映画音楽の王道は歌なしの背景音楽であったりもする。このことは、彼の活動に影響しているように見受けられる。  東京藝術大学で修士課程に進んだ学歴があり、「教授」のあだ名を持つ坂本は、YMO以前にスタジオ・ミュージシャンとしてポップスにかかわっていた。幅広い音楽的教養を身に着けた彼は、テクノ、バンド、ピアノ・ソロ、オーケストラなど様々なフォーマットで多くのジャンルにまたがる音楽活動を展開してきた。<ヴァージン・レコード>移籍第1弾だった『BEAUTY』(1989年)に代表されるように、ゲスト・ボーカルを起用するだけでなく自らも歌い、ポップスのフォーマットで海外展開に力を入れた時期もある。  しかし、歌手が本職ではないこと、ゲストに歌わせるのではソロ・アーティストとしての打ち出しが弱いことに関する制約の意識を自身が語っていたし、期待した成果を上げられなかったため、『SMOOCHY』(1995年)の後はポップス主体のアルバム作りから遠ざかる。  コラボやユニットは別にして、ソロ・アーティストとしての主戦場は、アコースティックなスタイルやエレクトロニカによるインストに移した。国境を越えた活動をするうえで、歌も言語も不要なインストを主軸にしたのだ。同様にインスト主体である映画音楽を手がけることは、ソロ活動との間で相互に刺激となるし、アーティストとしてのポピュラリティを保つためにも役立ったようにみえる。  一方、ポップスから距離を置いた坂本は、映画音楽でも作風が変化した。初期には『戦メリ』、『ラストエンペラー』、『シェルタリング・スカイ』(1990年。監督ベルナルド・ベルトリッチ)のようにメロディがはっきりしており、映画から離れても成立する曲が多かった。だが、ソロ・アーティストとしてのポップスからの転進と呼応してか、映画音楽のほうでもドラマチックなメロディからアンビエント的な抑制したサウンドへと重点を変えていった。  ただ、映画音楽は、監督の目指す世界観に沿うべきものである。先方からの要求も多い。ソロ・アーティストとしての自由とは異なる制約のなかで、自分が持つ多くの引出しからいかに工夫して作曲するか、そこに坂本は映画音楽とむきあう楽しみを見出した。このため、映画ごとに曲調にバラつきはあり、その変化は必ずしも自発的なものといえない。だが、メロディからアンビエントへという全体的な方向性の移行は、坂本がゆるやかに選んできたことではあるだろう。  最近の3作では、『母と暮せば』が一番メロディアスで古風な映画音楽に近い。情緒を細やかにすくいあげる山田洋次監督の作風にあわせた曲調であると同時に、坂本はインタビューで小津安二郎など黄金時代の松竹映画へのオマージュだと語っている。先に触れた坂本監修の音楽全集『commons:schola』では、vol.10を映画音楽の巻にあてていた。ジャンルの歴史をふり返ったことが、『母に暮せば』のオマージュという創作姿勢にもつながっているはず。ただ、メロディアスであるが、動的ではなく控えめな音楽だ。  一方、『レヴェナント』は、息子を殺された男の復讐劇であり、行動にも感情にも激しさがある。そんなストーリーとは反対に、以前にもコラボ作を発表したエレクトロニカのアーティスト、アルヴァ・ノトやブライス・デスナーと組んだ坂本のサントラは、むしろ静謐でアンビエント色の強い曲が多い。  『怒り』も題名通り激しい感情が作品の核にあり、夫婦惨殺事件の犯人が顔を整形し逃亡している状況で、3名の疑わしい人物が現れるという内容だ。坂本は、リフレイン主体のミニマルな曲を多く書いている。『レヴェナント』でも『怒り』でも、物語における激しい行動や感情に対し、起伏の多いメロディで激しさのイメージを増幅することはしていない。  大病を患った後であり、仕事を選ぶべき時期だった。休養前に引き受けた『母と暮せば』は、長崎への原爆投下で死んだ息子が、母のもとへ帰って来る話だった。『怒り』では、3人の疑わしい人物がいる千葉、東京、沖縄の各地を描くなかに、在日米軍基地の米兵による暴行問題が織り込まれていた。『レヴェナント』の場合は、『バベル』(2006年)でも組んだイニャリトゥ監督の依頼であることが大きかったが、この復讐劇は過酷な自然のなかで展開される。それについて坂本は、東日本大震災でみせつけられた自然の脅威と重ねあわせた発言もしている。  かねてより反原発、非戦を主張し、3・11後はさらに社会派的な言動が目立った坂本が、3作を復帰後の仕事に選んだのは理解できる。だが、それらのサントラは、なにかを声高に主張するような音楽にはなっていない。  例えば、『怒り』の場合、流暢なメロディにはなりきれない点描的なフレーズが繰り返される。ピアノやストリングスなどによるミニマルな曲が、映画の前半では小さな音量で流される。劇中では坂本の音楽以外に、店やイベントで鳴らされる曲、酒席で歌われる沖縄民謡も出てくる。それらのほうがわかりやすいメロディで、音量が大きかったりする。  だが、サントラに「表せない怒り」という曲があるように、物語のテーマは、外に向けてストレートに吐き出すことのできない感情のありかたなのだ。街のざわめきや足音などの現実音の隙間から聴こえる坂本の曲は、そのもどかしさを表現する。終盤になり、登場人物の内圧の高まりとともに音楽の音量が増すと、彼らの怒りの表せなさが迫って来る。劇中の音楽は起伏のあるメロディにはなりきれないフレーズのリフレインであり続ける。物語が終った後のエンディング・クレジットで2CELLOSをフィーチャーした主題曲「M21 - 許し forgiveness」が流れる以外は、メロディらしいメロディは出てこない。  感情をわかりやすく煽って単純化するための音楽ではなく、不安、緊張、怒り、喜びなどの感情の不定形さを音にする。坂本龍一の映画音楽は、そのように作られている。言葉で主張する社会派である時と音楽家としての彼では、表現の性質が違う。そこでは、主張にならない感情が奏でられている。(円堂都司昭)

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