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少年ジャンプ編集部、騒然 「スマホと指で描いた漫画」がルーキー賞 新人漫画家あつもりそうさんの素顔

ITmedia NEWS のロゴ ITmedia NEWS 2017/08/21
少年ジャンプ編集部、騒然 「スマホと指で描いた漫画」がルーキー賞 新人漫画家あつもりそうさんの素顔: 『あなたが恋と言うのなら』(作:あつもりそうさん) © ITmedia NEWS 提供 『あなたが恋と言うのなら』(作:あつもりそうさん)

 スマートフォンだけで描いた漫画が、集英社の漫画賞を受賞した――ある日、そんな“事件”が週刊少年ジャンプ編集部を騒がせた。

 それも、タッチペンなどは一切使わずに指だけで描いたというから驚きだ。現在20歳の新人漫画家あつもりそうさんは、『あなたが恋と言うのなら』で、「週刊少年ジャンプ」主催の「矢吹健太朗 漫画賞」で2016年に奨励賞を受賞した。

 選考をした編集部もまさかスマホで描いた作品だとは気付かず、その後の打ち合わせの何気ない会話で、初めてその事実を聞かされて衝撃を受けたという。

 あつもりそうさんの担当編集を務める週刊少年ジャンプ編集部の籾山悠太さんは「スマホで描いただけで驚きなのに、しかも指でと言われてさらに驚いた。タブレットにタッチペンならまだ想像できるが、スマホと指は想像がつかない」と舌を巻く。

 『あなたが恋と言うのなら』は、17年8月時点で第1話(全28ページ)が漫画投稿サイト「少年ジャンプルーキー」に掲載されている。学校を舞台にした青春ラブコメで、少年少女の“すれ違い”を中心に物語が進んでいく。細かなキャラの表情や、背景の描き込みなどを見ると、まさかスマホで描いたとは気付かないだろう。

 全28ページの漫画をスマホの小さい画面で描く――どんな作業をするのか、どれほどの時間がかかるのか、素人には全く見当がつかない。「今はPCとペンタブで漫画を描いている」というあつもりそうさんは、なぜペンではなくスマホを手に取ったのか。

●「初めてのスマホ執筆」は挫折

 「子供の頃にすごく漫画を読んでいたという記憶もなく、比較的うちには漫画がない環境だったと思います」(あつもりそうさん)

 そんなあつもりそうさんは、中学生のときにテレビアニメ『バクマン。』を見て「漫画を描きたい」と思ったという。「キャプテン翼を見てサッカーを始めたようなものですかね」とあどけなく笑う。

 実際に描き始めたのは高校に入ってから。最初は紙とペンでイラストを描いていたが、美術部の友人はみんな「スマホで絵を描いていた」。友人たちが使っていたのは「ibisPaint」(アイビスペイント)というアプリ。「ペンを使っている子もいたけど、指で描く子が多かった」という。

 「みんなと言っても、僕の周りの人たちだけかもしれません。自分にもできそうかもと思って挑戦してみましたが、全然無理だなと……。それからはしばらくスマホでは描かなかった」

 スマホでの執筆に挫折したのと同じころ、母親からワコムのペンタブレット「Intuos」を買ってもらった。しかしデスクトップPCが家族共用だったため、自由にPCを使うこともままならない。結局1〜2枚のイラストを描いただけで、ペンタブもホコリをかぶってしまった。

 デジタル環境が肌に合わず、再び手に取ったのが紙とペン。「高校1年生くらいから漫画らしきものは描いていて、未完のものも含めて4作くらい描きました」。その後もイラストは高校卒業まで描き続けた。

 「あまり勉強をしなかったので、そのまま浪人して予備校に通った」――そんな浪人時代に“あるもの”を見つけたことがきっかけで、彼はもう一度スマホで絵を描くことになる。

●スマホ執筆が「相当きつかった」理由

 きっかけは浪人生時代の夏、19歳のときに訪れた。週刊少年ジャンプ主催の「矢吹健太朗 漫画賞」「うすた京介 漫画賞」「松井優征 漫画賞」を見つけ、「これだと思った」(あつもりそうさん)。

 「とにかく勉強が嫌だったので、漫画賞に応募しようと思った。母親にもそれとなく伝えたのですが、浪人生ということで堂々と漫画を描けなかったので、自室でスマホを使って描き始めた」

 一度は挫折したスマホでの執筆。紙とペンという選択肢もあったはずだが、「前に挫折してから少し間も空いていたので、何か描けるような気がして、実際にやってみたら描けるぞと(笑)」。

 応募期限までに費やせる時間は7月〜9月の約2カ月。大手出版社の漫画賞に、初めてスマホで描く漫画を投稿するという挑戦が始まった。「ペンは買うほどのものとは思わなかった」から、タッチペンの代わりに指を使った。

 「(期限通り完成しないかもしれないという)焦りなどは特になく、淡々と描いていた」――さらりとそう言うあつもりそうさんは、家でも予備校でも漫画を描いた。予備校では教室の机で堂々と漫画を描いていたそうだが、まさか周りの生徒たちも、スマホをいじる彼を見て「漫画を描いている」とは思わなかっただろう。

 淡々と描いた……というが、その過程を実際に目の前で見ると、途方もない作業だった。

 「今はもうスマホでは描いてないんですけどね」――そう言いながら、彼は無料漫画制作ソフト「メディバンペイント」(MediBang)のスマホアプリをインストールしたiPhone 6sを机に置き、キャンバスを開く。

 真っ白なキャンバスに人さし指で素早く線を入れていく。作業工程は紙やペンタブなどと同じで、コマ割→人物のアタリを付ける→下書き→ペン入れといった具合だ。

 「最初は何も考えずに描き始めたけれど、これではまとまらないなと思い、結局ネームは紙に描くようになった」。4.7インチの小さい画面では話の流れを把握しにくい。それだけでなく、実際に絵を描く際も「とにかく画面が小さいのが相当きつかった」という。

 『あなたが恋と言うのなら』のあるページを選び、当時のペン入れを再現するあつもりそうさん。普段私たちがスマホで行うピンチイン/ピンチアウトの操作をものすごいスピードで手早く繰り返しては、何度も線を入れていく。

 この作業、終わりはあるのだろうか。1コマにかける時間はどれほどのものなのか。

●「1コマに3〜4時間かける」日も

 例えば1人の顔を描く場合、髪や目、鼻、口などの部位を4.7インチの画面いっぱいに広げ、何度も何度も指で線を引く。色はバケツツールで塗りつぶせるが、境界線上の細かな箇所は指で微調整する。

 前髪の線を1本1本指で描く様子を見ていると、全体でどれほどの時間がかかるのか想像もつかない。「実作業時間は正直覚えていませんが、1日3〜4時間かけて1コマ描くことも。でも、勉強に比べれば苦ではなかった」(あつもりそうさん)

 最も苦労したのは、線を引くこと。キャラの輪郭やペン入れなど、定規ツールを使わずに線を引くのは大変だったという。

 「指が線に重なるので、今どんな線が描かれていて、画面のどこが反応しているのか分からなくて。いったん指を離して戻るボタンを押して、また線を引いて……を繰り返していた」と振り返る。PCのようにショートカットキーを使えないのもネックだった。

 しかし、スマホで描くメリットもある。場所を問わずどこでも描けるので、執筆時間を多く取れた。スマホ本体をくるくる回しながら、描きやすい角度を見つけられるのもスマホならではだ。

 地道な努力を続け、『あなたが恋と言うのなら』は見事「矢吹健太朗 漫画賞」で奨励賞を受賞した。大学受験にも成功し、新たな生活を送る今も、彼は漫画を描き続けている。

 ただ、“スマホで描く漫画家”は事実上引退となってしまったようだ。

 彼は今、大学の授業で必要になったノートPCと、眠らせていた板タブ、漫画制作ソフト「CLIP STUDIO PAINT」という環境で絵を描いている。

 「もうスマホでは描きません。読者にとっては何を使って描こうが関係ないですし、PCで描いた方が全然速いですからね」とあつもりそうさんは笑う。

 新人漫画家の挑戦は続く。

(村上 万純)

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