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日経「AI記者」の衝撃 開発の背景に「危機感」

ITmedia NEWS のロゴ ITmedia NEWS 2017/03/03
日経「AI記者」の衝撃 開発の背景に「危機感」: 「決算サマリー」の記事例 © ITmedia NEWS 提供 「決算サマリー」の記事例

 あの日経が、人工知能(AI)に記事を書かせ始めた――日本経済新聞社が1月に始めたサービス「決算サマリー」は、ネットユーザーを驚かせた。

 AIを使い、決算短信を要約してテキスト化。売上高や利益、その背景などをわずか数分で記事の体裁にまとめ、日経電子版などに配信する。人間の手は一切入らない「全自動」だ。

 AIが書いた記事を読み、記者は驚きとともに恐怖を覚えた。人間の記者が書く決算記事の最低限のラインはクリアしていると感じ、記者としての自分自身の仕事の先行きが不安になったのだ。

 なぜAIに決算記事を書かせようと考えたのか。人間の記者はこれからどうなってしまうのか。インタビューした。

●きっかけは「開発現場のSlack」

 開発のきっかけは、2年ほど前のこんなニュースだった。「AP通信や米Yahoo!が、AIで記事を自動製作し、配信している」。

 「日経電子版」を開発・運営する同社デジタル編成局編成部の「Slack」(社内チャット)でも当時、この話題で盛り上がった。APやYahoo!が採用しているアルゴリズムは英語用だが、「日本語でもできないか」と研究が始まった――編成部の吉村大希さんは振り返る。

 AI研究で知られる東京大学の松尾豊特任准教授の研究室にコンタクトを取り、メディアにAIを適用する可能性を議論。最初の応用例として、AIに決算記事を執筆させることを考えたという。決算記事は、元となる情報が決算短信など一定のフォーマットでネットに開示されており、記事に盛り込む内容や形式もおおよそ決まっているため、AIにも書きやすそうな分野だからだ。

 アルゴリズムの設計には、決算記事の執筆などを担当する編集局証券部で記者経験のあるスタッフが協力。「売上高や利益の前年同期比に着目し、増減の要因を示す文章を見つける」など、決算短信のどこに注目し、どのように記事にしていくかを整理した。その上で、企業の決算短信と、それを基に書かれた日経記事をAIに学習させ、記事に盛り込むべき内容を短信から抽出するアルゴリズムを設計した。

●「記者の視点」もAIが学習

 ちょうどそのころ、企業向けの記事データベースサービス「日経テレコン」を担当するデジタルメディア局でも似た研究をしていた。企業の開示資料から必要なデータを抜き出す研究で、言語理解エンジンの開発などを手掛ける言語理解研究所(ILU)と共同で取り組んでいたのだ。

 東大とのプロトタイプの完成後の2016年秋ごろ、ILUの技術を使って本番システムの開発に着手した。まず、企業の決算短信約1万件を人が目視で確認し、売り上げや利益に影響を与えた文章を手動で抽出。「正解データ」としてAIに学習させた。

 同時に「記者の視点」も学ばせた。決算短信には「当社の努力により利益が拡大した」などあいまいな記述があったり、赤字なのにポジティブな記述しかないなど整合性がとれない部分もあるが、記者はそれらを無視し、客観的で整合性のある部分のみをピックアップする。AIでもそのような価値判断ができるよう精度を磨いた。

●公開「早すぎたか」と思ったが

 今年1月、決算の要点を文章で配信する「決算サマリー」としてβサービスを公開した。まずはILUが開発したアルゴリズムのみを実装。文章が不自然になることもあるなどまだ完璧ではないが、いち早く公開することを優先した。「この状態で外に出していいのかと不安になったぐらい」(デジタルメディア局の関根晋作さん)だが、「どこよりも先に出したい」(同局の藤原祥司さん)という思いや、同社の上層部から「早く公開したい」という声もあり、予定より前倒しで公開したという。

 反響は大きく、「想像以上に違和感がない。本当に人の手が入っていないのか」「あの日経が、AI記事に挑戦するとは」など好意的なものが多かった。「完成度はまだまだだが、日経のように古い新聞社が新しい技術にチャレンジする姿勢を高く評価をいただいているのかなとありがたく思う」(関根さん)。

●人間の記者はどうなる?

 「決算サマリー」は今後、文章の自然さを改善し、精度を高めていく計画だ。東大と共同研究したアルゴリズムの実装も検討する。

 “AI記者”が進化すれば、人間の記者の仕事がなくなってしまうのではないか――そんな疑問をぶつけると、こんな答えが返ってきた。

 「決算サマリー開発中、証券部にプロトタイプを持って行ったが、ネガティブな反応はなかった。むしろ、『こういう感じの仕事も代わりにできる?』など、ほかの仕事もAIに任せられないか聞かれた」(デジタル編成局の江村亮一編成部長)

 証券部の記者の仕事は、新聞やオンラインに掲載する決算やマーケット関連記事の執筆、季刊誌「日経会社情報」の記事執筆など膨大にあるという。その一方で、記者の人数は以前より減っており、1人当たりの業務量は増えている。

 「決算記事は数字のミスは絶対に許されず、神経を使う仕事だが、AIには数字の間違いはほとんどない。決算速報をAIに任せることができれば、決算解説記事や企画記事、取材などによりマンパワーを振り分けられる」(江村部長)

 デジタルメディア局の木原誠部長は、「日経としての売り物にする“読ませる記事”は当然、人が書くものだ」と話す。同社は「日経テレコン」など、膨大なデータ量が物を言うデータベース事業も展開。データベース事業にAIを積極活用することで、より付加価値を高めた企業向け情報サービスを提供していく考えだ。

 「AIは『広く浅く早く』に向いている」と藤原さんは指摘する。「今後2〜3年で、『広く浅く早く』が適した分野にAIが適用され、深掘りは人間の記者が担当するという棲み分けが進んでいくのではないか」。

 ちなみに同社は、AIが書いた決算速報は「決算サマリー」と呼び、記者が書く「記事」とは完全に区別しているという。

●「うかうかしていると怖い」 危機感バネに技術開発

 同社のオンライン事業では、月額4200円(税込、以下同)の「日経電子版」が、有料会員数50万人をかかえるなど経済メディアで不動の地位を築いている。だが、「うかうかしていると怖いと日々感じている」と江村部長は危機感をあらわにする。

 「広告モデルの無料ニュースサイトもクオリティが上がってきている。『NewsPicks』(月額1500円)や『dマガジン』(月額432円)など低価格な有料メディアも支持を集めており、日経電子版の相対的な優位性はこのままでは下がってしまう。『これなら4200円払える』と納得してもらえるサービスを出さなくてはならない」

 AIによる記事執筆など新分野に果敢に挑戦し、提供できる情報の量を増やすとともに、「日経は先進的だ」というイメージを持ってもらい、会員をつなぎ止める狙いだ。

 日経は近年、技術をベースにした「テクノロジー・メディア」を目指しているという。2015年に買収した英経済紙のFinancial Times(FT)との技術交流も積極的に実施。「新技術を取り入れて進化しないと生き残っていけないという危機感は強い。デジタル編成局に所属する約100人のうち、半分ぐらいがエンジニア。どんどん中途採用しており、ボトムアップで新しいサービスが出ている」(江村部長)。

 有料サービスへのAIの応用も始めている。経済に関する質問にAIが回答する企業向けシステム「日経DeepOcean」を今年1月にリリース。今後は、「決算サマリー」の技術を応用し、企業が必要とする情報を要約して提供するサービスなども視野に入れる。

 「記事に限らず、業務に必要な情報に高付加価値を付けて売っていくことも考えている。ベースになるのは技術だ」(木原部長)

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