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東日本大震災から6年、映画『息の跡』が捉えた“風化” 20代半ばの監督は被災地でなにを見た?

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/02/16 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 まもなく、東日本大震災から6年が経とうしている。おそらく今年も各メディアがいろいろな形で、被災地の現状を伝えるとともに当時のことを振り返ることだろう。映画もまたそのひとつの役割を担っており、この時期、新作情報を見渡すと震災関連の作品がいくつか控えている。その中で、あまりおすすめという言葉では紹介したくないが、もし震災関連の作品で1本というなら、本作『息の跡』を真っ先にあげたい。ただ、その震災というテーマにとどまらず、1本の映画として、そして、豊かな才能を発揮した小森はるか監督のデビュー作としても出会ってほしい。 参考:松たか子×満島ひかり×吉岡里帆、圧巻の会話劇!  まず、触れておかなければならないことがある。それは、この作品が、2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭ですでに上映されていることだ。  おそらく国内はもとより海外からも注視されるドキュメンタリー映画の祭典である同映画祭だけに、すでに鑑賞済みという人も少なからずいるはず。ただ、今回の『息の跡』は、山形で上映されたものとは別作品と考えてもらっていい。実際、再編集がなされており、重なっている映像はあるものの、ほぼ生まれ変わっている。すでに山形で見たという方も別バージョンというべき作品として改めて興味をもってもらいたい。  実は自身も山形を訪れた際、本作を見ている。その時は“ピンとこなかった”というのが偽らざる感想だ。この作品は、岩手県陸前高田市でたね屋を営む佐藤貞一さんを中心に置いている。この佐藤さん、見てもらえばわかることだが、なかなか個性的なキャラクターの持ち主。言い方は悪いかもしれないが、もし劇映画のようにキャスティングボードを描いたら、メインに置いて間違いがないぐらい、キャラが際立っている。厳しいことを言うが、山形で上映された『息の跡』は、ある種、この佐藤さんの個性におんぶにだっこ状態。自らの被災体験を独習した英語で綴り、その手記を自費出版した彼の送る日常と言葉を淡々と時系列で記録しただけにしか思えなかった。確かに佐藤さん自身の個人的記録と見えるゆえ、内容としては肯定も否定もできない。実際、会場では好意的に受け止め、佐藤さんに共感を覚えた人も多かったようだ。ただ、個人的には、いったい作り手である小森監督が、佐藤さんに何を見て、何を感じたのかまったくわからない。彼女のいわば映像作家としての声が聞こえてこないことにもどかしさを覚えた。  このあたりの経緯を小森監督自身はこう振り返る。 「この作品は山形国際ドキュメンタリー映画祭に出すまでも編集を重ねていて。山形で上映したのは、大学の卒業修了制作の時のものに近い。自分としても試行錯誤する中、山形のときはまず、映画というよりは記録映像というか。佐藤さんの記録としてきちんとまとめあげようとの思いに至りました。その分、佐藤さんのためにという意識が強すぎて。確かに自分が手掛けてはいるのだけれど、少し自身の作品と思えないというか。自分の作品と言い切れない距離があった。なので上映して大勢の方が観てくれて、かなり良い反応をいただいたんですけど、自分の心境は複雑で。これはきちんと自分が見届けるというか。最後まで佐藤さんのことも含めて自分が責任をとれるぐらい再編集しないといけないなと思って。映画として手放せるまで編集しようと。佐藤さんに頼るのではなく、自分の作品として自立したものにしようと決意して、再編集したものが今回の公開になる作品になります」  こうして完成した今回の『息の跡』は、まさに自立したという言葉がふさわしい。その成長には、“ほんとうに同じ作品なのだろうか”とただただ驚くしかなかった。なにより小森監督自身が何を見て、何を感じ、何を見出したのかが伝わる内容へ昇華されている。  具体的にどの映像が残り、外されたのか? 全体の構成はどう変わったのか? そんな詮索はするだけ野暮だ。ただ、今回の『息の跡』を直視すればいい。  といいつつ、山形の『息の跡』から大きく変化した点はなにか? なにより、各段に視野が広がったことは間違いない。さきほど少し触れたように以前の『息の跡』は、佐藤さん自身の日々の記録ということに徹底していた。それは愚直といっていいぐらい。その点に揺らぎはなく、脇目もふらず、佐藤さんしか目に入っていないというぐらいのものだった。対して今回はというと、佐藤さんを中心に置きながら、その周囲への目配せも怠っていない。ぼんやりしていると、うっかり見過ごしそうな日常の些細な、変化ともいえない変化までもすくいとっている。結果、作品は佐藤さんという最小の個人という存在から始まりながら、そこから彼の家、彼の暮す町、その地域、その国の日本、と広がり、彼の日常世界が、ほかのどこの国にもあるかもしれない日常世界へとつながる普遍性を獲得している。  その日常の些細な変化ともいえない変化をとらえられた理由は、小森監督自身が現地に移住して撮影を続けていたことが大きい気がする。一緒に活動する画家で作家の瀬尾夏美さんとボランティアで現地に入って何度も通ううちに彼女たちは「東京で伝えられていることと、現地の人のほんとうのところの暮らしの状況があまりにもかけ離れている気がした」とのこと。その中で「現地の人を個人として見つめたい、そこにある暮らしを伝えたい」と切に思ったそうだ。ただ、自身は研究者でもジャーナリストでもない。作家としてもまだまだ未熟。知ったかぶりをしててもなにもはじまらないということで移住を決断し、腰を据えて現地と地元の人々と向き合った。被災者であるご主人が営む蕎麦屋で彼女は週6日、朝から晩まで働き、そこに来る常連客やフリーのお客さんと話し、休みの日は佐藤さんをはじめ出会った人を取材していたという。  いわば小森監督は半分が地元民で半分が部外者のようなスタンスで日々を過ごしていたのではなかろうか? だからこそ、部外者であるがゆえ地元民ならば見落としがちな小さな変化にも敏感に反応した。一方で、地元の人と同じ生活をしている中で、同じ生活者として彼らの気持ちもきちんと理解できたのではなかろうか。  この注意深くも、思慮深くもある視点は主人公である佐藤さんの気持ちや生活の変化にとどまらず、その周囲で起きている小さな小さな変化も見過ごさない。たとえば、佐藤さんの経営するたね屋の近くに、大手コンビニエンスストアがある。普通に見ればロードサイドによくある何の変哲もないコンビニだ。おそらく目に止める人はほとんどいない。ただ、小森監督はこのコンビニに重要な意味を見出す。これはみて確認してほしいが、最終的に、このコンビニは閉店する。ただ、この店が消える意味が伝えることははかりしれない。いつもそこにあると信じていたものが消える喪失感、復興の現実など、このコンビニだけで、われわれはいろいろな考えを巡らせることになる。  そういった機微を大切にする試みは全編に渡り、それらが、佐藤さんという主人公の日常と合わさったとき、思いもしない被災地の現実世界が見えてくる。なぜ、佐藤さんは英語で書いた被災手記を自費出版したのか、さらに別の言語でも発表しようとしている意味は? そのことは我々にいくつもの問いを投げかけることになる。そして、被災地の生活そのものと地元で生きる人間の心模様にも触れることになる。  あくまで個人的見解に過ぎないが、この作品が最も捉えていると思うのは“風化”だ。いつから始まったのかよくわからないうちに静かに忍び寄り、じょじょに人の心をむしばむようにして、心から忘れ去られていく。誰もが危惧しているが、どこか成す術もない。そんな“風化”をこれほど感じる作品に、これまで出会っていないような気がする。  「自分が居ることを許してくれた佐藤さんと働いていたお店のご主人、出会った人々すべてに感謝したい」と小森監督。まだ20代半ばの作り手が、被災地に移住して見て感じ、素直に思ったことを追体験してほしい。(水上賢治)

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