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歓びのトスカーナ 【今週末見るべき映画】

エキサイトイズム のロゴ エキサイトイズム 2017/07/06

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 イタリア映画「歓びのトスカーナ」(ミッドシップ配給)は、タイトルからすると、風光明媚なトスカーナを舞台にした、ロマンチックなラブ・ストーリーを想起するが、とんでもない。裕福な人たちの、人間としての狡猾さ、いい加減さを糾弾した「人間の値打ち」を撮ったパオロ・ヴィルズィ監督作品である。単なるラブ・ストーリーなどを、撮るわけがない。これは確かにラブ・ストーリーではあるが、心を病んだふたりの女性が、おたがいに絆を深めていくプロセスを描いていく。

© Provided by Excite.ism

 原題は、「La pazza gioia」。「狂うことの快楽」、あるいは「狂った人の快楽」といったほどの意味。あることから心を病んだ、ベアトリーチェとドナテッラという女性が、社会復帰を目指す収容施設にいる。ふたりは、症状や性格はまったく違うが、ささやかな自由、ちょっとした幸せを求め、規律にしばられた施設を脱走する。

 イタリアは、映画「人生、ここにあり」で描かれているように、1978年に「バザリア法」が成立、2015年には精神病院は閉鎖されているはずである。映画の資料のコラムによれば、罪を犯した精神病の人たちを収容する司法精神病院や、私立の精神病院は、いまだ存在するらしい。また、従来の精神病院の代わりに、「コムニタ」という、精神科のケア付きのグループホームがあって、ベアトリーチェとドナテッラは、ここに収容されているという設定だ。

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 よく、狂人と天才は紙一重というが、狂っているかどうかの判断は、はなはだ困難だろう。ぶつぶつとしゃべりながら歩いている人や、突然、大声を出す人がいる。よほどのショックを経験したのか、異常といえば異常。だが、精神病院に入っているわけではない。人間はそもそも、狂気と理性を合わせ持ち、そのバランスの上に生きているらしい。ふだん、なんでもない人が、日本のいまの総理大臣のように、突然キレたりするのは、このバランスが崩れたせいなのだろう。

 ともあれ、ベアトリーチェとドナテッラは、健常者の世界に舞い戻る。いつも躁状態で、クリントン夫妻と知り合いとか、自分は伯爵夫人などと、虚言癖のあるベアトリーチェ。いつも鬱状態、殻に閉じこもっているようなドナテッラ。ふたりは、「テルマ&ルイーズ」よろしく、車を奪い、金を盗み、逃避行をはかる。犯罪ではあるが、いつのまにか、ふたりを応援したくなっていく。ふたりの言動は、むしろ、健常者たちの「異常」ぶりをからかい、笑い飛ばすところがあり、辛辣なコメディの様相も備え、いっそ、痛快ですらある。

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 やがて、ふたりの過去がどのようなものであったかが、少しずつ分かってくる。ことにドナテッロの辛苦に満ちた過去が明るみになるにつれ、観客は、ますます、ベアトリーチェとドナテッロに声援を送りたくなる。

 原案を考え、共同で脚本を書き、監督したパオロ・ヴィルズィの、弱者たちに注ぐまなざしは、とても優しいが、心を病む原因となった社会には、厳しい目を忘れない。

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 イタリアに限ったことではない。心を病む人は絶えない。そういった社会だからである。イタリアは、精神病院を無くし、患者の社会復帰を促す社会にしようと舵を切った。これが原因で、大きな事件が頻発したなどということは聞かない。

 映画は、人と人とのつながりや関係が、不幸だった結果、心を病む、と警鐘する。そして病んだ人たちを受け入れる社会の、寛容さを求める。しごく、まっとうなことと思う。

 ダンテの「神曲」の「煉獄篇」で、ベアトリーチェがダンテを「天国」に導いたように、映画のベアトリーチェは、ドナテッロの願いをかなえるべく、奔走する。

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 ベアトリーチェを演じたのは、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。「人間の値打ち」、「アスファルト」などなど、映画に出るたびに、その存在感が増している。ここでの演技は、テネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の電車」のヒロイン、ブランチ・デュボアを思い浮かべたという。ブランチは、秘めていた過去を妹の夫に暴かれ、精神に異常をきたす。

 ドナテッラ役は、監督夫人でもあるミカエラ・ラマッツォッティ。ふたりの女優の、明と暗、動と静、躁と鬱の演技が堪能できる。

 深い人間観察と、社会を見つめる鋭い目。映画というメディアが、常に持ち続けなければならないことと思う。

●Story(あらすじ)

 2014年5月。イタリアのトスカーナ。心を病んだ人を治療し、社会復帰を支援する施設「ヴィラ・ビオンディ」は、緑豊か、自然に恵まれた丘の上にある。周りにハーブ畑があり、立派な建物がある。施設に収容されているベアトリーチェ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)は、陽気で快活、いわば繰状態の患者である。施設でも、まるで女王さまのように振る舞い、ひときわ目立つ。もちろん、精神安定のためのクスリを処方されている。いまのところ、医療監察下におかれ、外出も許されていない。

 ある日、新しい患者のドナテッロ(ミカエラ・ラマッツォッティ)がやってくる。ドナテッロは、ほっそりして、体のあちこちにタトーを入れている。ベアトリーチェは、そんなドナテッロが気になり、施設の職員になりすまして、ドナテッロの血圧を測ったりする。食堂でも、「夫は、首相の弁護をしたことのある弁護士よ」などとドナテッロに話しかけるが、無視される。ベアトリーチェは、ドナテッロと同室になるよう、施設に働きかける。

 ドナテッロと同室になったベアトリーチェは、ドナテッロの携帯のメールを見たり、バッグのなかの写真を盗み見る。

 施設の外では、いろんな労働、作業がある。ある日、120ユーロほどの作業報酬を得たベアトリーチェとドナテッロは、施設に戻るバスではなく、反対方向に向かうバスに乗り込む。バスは、終点のショッピング・センターに着く。

 ドナテッロはビール、ベアトリーチェはジュースを呑む。相変わらずハイテンションのベアトリーチェは、下着を買い、ドナテッロは、精神安定剤を買う。さらに、誘われるまま、男の車に同乗し、ホテルのバーで酒を呑む話がまとまる。たまたま、男は、以前、ダンサーとしてドナテッロが働いていたことを知っていた。男がホテルの空室を確認しているすきに、ドナテッロは車をスタートさせる。同じ頃、施設のスタッフはおおあわてで、ふたりの捜索に乗り出す。

 途中、ドナテッロの行きたかった占い師を訪ねたりする。車のなかで、ドナテッロが聞く。「私たち、何を捜してるの?」。ベアトリーチェが答える。「幸せをほんの少し」。「見つかるわけない」とドナテッロ。やがて車は、ドナテッロの故郷の町に着く。

 ふたりの旅はまだ始まったばかり。ふたりは、ドナテッロの母親の住む家に向かう。豪邸である。母親は、寝たきりの裕福な老人の面倒を見ながら、その遺産を狙っている。母親は、娘との再会を喜ぶ素振りを見せない。ベアトリーチェは、ドナテッロの母親のバッグから、1000ユーロほど失敬する。

 若者たちの車に乗って、かつてドナテッロが働いていたクラブに向かう。以前、ドナテッロはクラブのオーナー、マウリツィオとつきあっていて、妊娠、男の子を生む。しかし、妻子のあるマウリツィオは、ドナテッロと息子を棄てる。ドナテッロは、ウォッカとトニックを別々に注文、ウォッカをあおって、トニックをマウリツィオの顔に浴びせる。

 ベアトリーチェは、ルーレットで遊んでいる。負けているベアトリーチェは、ドナテッロにお金をせびる。これがもとで、ふたりは大喧嘩になる。警察がやってくる。ドナテッロは、再度、司法精神科の病院に強制入院となる。

 喧嘩しながらも、ベアトリーチェは、ドナテッロを気遣う。ドナテッロを救うために、ベアトリーチェは、さらに一歩、踏みだそうとする。(文・二井康雄)

<作品情報>

「歓びのトスカーナ」

(C)LOTUS 2015

2017年7月8日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

公式サイト

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