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正しい雇用論議無き民進党代表選がそっぽを向かれるのは当然だ

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/08/23 高橋洋一
正しい雇用論議無き民進党代表選がそっぽを向かれるのは当然だ: Photo:日刊現代/アフロ © diamond Photo:日刊現代/アフロ

 民進党の代表選が8月21日に告示された。前原誠司元外相と枝野幸男元官房長官の一騎打ちだ。新代表が民進党の党勢を復活させられるかどうかのカギは、自民党の「受け皿」になると有権者に再び支持されるかどうかだ。が、肝心要の経済政策ではまったく心許ない。

 というのは、両者ともにマクロ経済の考え方や政策を理解しているとは思えないからだ。前原氏は、財政再建・緊縮財政路線であり、消費増税をすることを掲げている。また枝野氏は、9年ほど前に筆者とテレビ朝日の番組で議論した際に、金利を引き上げることを経済成長の条件にとしているからだ。それ以降、枝野氏は意見を変えていない。誤ったマクロ経済の認識のもとで、「雇用確保」という民進党の支持基盤のリアルな要求に応えられるだろうか。

「雇用の確保」、心許ない政策の理解どちらがなっても安倍政権に負ける

 前回の本コラム『安倍改造内閣が問われる「20兆円財政出動」で物価目標2%達成』で示したように、雇用の確保のためには、有効需要を作り、実際のGDP(国内総生産)と潜在GDPの差の、潜在GDPに対する比率である「GDPギャップ」を+4.5%程度にする必要がある。

 もちろん、有効需要は財政政策によって作ることができるし、金融政策によっても可能だ。両者の違いを言えば、財政政策のほうが即効性があるが、特定分野に偏る傾向があるのに対して、金融政策の場合には、一気に有効需要が作りにくいが、民間部門に広く効果がいきわたるので、無理なく長期的に雇用創出が可能でだ。いずれにしても、財政政策と金融政策のポリシーミックスで、完全雇用になるような経済状態を追求していくのが、マクロ経済政策の鉄則である。

 この観点から見ると、前原氏も枝野氏もどちらもマクロ経済の基本を認識しているようには思えない。雇用の確保という民進党の「一丁目一番地」の政策は、安倍政権に負けてしまうのが目に見えている。

最低賃金引き上げをめぐる「である論」と「べき論」の混乱

 経済政策がわかっていないことのこの差は大きい。

 例えば、民進党の支持団体の連合が重視している最低賃金の引き上げにも支障が出てきてしまう。これを、民主党政権時代と安倍政権の例や過去から最低賃金の決まり方を見ながら、以下の示してみよう。

 最低賃金についての経済学者の見解は、はっきり二つに分かれる。ただし、その前に、この問題はいつも議論が混乱するので、「べき論」と「である論」の違いを説明しておく。

 一般的に、データを吟味すれば主張の正しさを論証できる「である」論(実証論)と、価値観を前提としているので議論が平行線になる「べき」論がある。

 もともと伝統的な経済学では、最低賃金制は、決められた最低賃金より低い賃金でも働こうという人の雇用を減らしてしまい、経済のためにならないといわれていた。

 この考え方は、労働市場を完全競争市場と見みている点で致命的な誤りがあるのだが、一方で、最低賃金制は、労働者の働くインセンティブが高くなって弊害は少ないという考え方もある。いずれにしても、ちょっと前までの実証研究の結果ではどちらが正しいのかはっきりしていない。これがミクロ的な経済学の限界だった。

 こうした状況なので、確実な実証を求められる「である論」の主張は、どちらの考え方をとるにせよ、あまり迫力がないので、実際の政策論争では、「べき」論が幅をきかせることになった。その結果、議論している経済学者の間の価値観の違いは埋めがたくなり、いくら論争してもなかなか答えは出ない状況だ。

 労働者の立場を強調する価値観からは、最低賃金を引き上げるべきという「べきだ」論が言われる。それを補強するように、最低賃金を引き上げれば所得増で消費が増え、さらに雇用も増えるという「である」論も出てくる。

 一方、企業経営者の立場を強調する価値観からは、最低賃金を引き上げるべきではないという「べき」論が主張され、また、最低賃金を引き上げればむしろ職を奪うと「である」論で反論する。議論がなかなか収斂しない、すれ違いが続いたのだ。こうした状況は、代表的な経済学教科書である『マンキュー入門経済学』でも書かれている

ポイントは雇用環境に「穏便な賃上げ」かどうか

 筆者は、経済学者のこうした論争を冷ややかに見ている。

 最低賃金が雇用の実情無視で決められれば失業を生むし、雇用の状況を後追いすれば、労働者のインセンティブを高めるはずで、つまり実際の最低賃金の決め方次第で、マクロ経済、さらには雇用に対して毒にも薬にもなるはずだ。

 実際、雇用の実情を反映した「穏便な最低賃金」の決定であれば、最低賃金自体は、さほど雇用には影響せず、むしろ労働者のインセンティブになるという実証結果が多くなっている。

 こうした点から見ると、日本を含めて先進国に穏便な形で最低賃金制があるのは決して経済学的に不合理なことでない。

 例えば、米国は厚生労働基準法と各州法、イギリスは最低賃金法、ドイツは労働者送出法・最低労働条件法、フランスは労働法典によって最低賃金が定められている。

 実際の労働市場を無視して、最低賃金を高くすれば、実体経済に悪影響が出てくると思われる。要するに、最低賃金がマクロの雇用環境に応じて決まってくるかが、穏便な形かどうかのポイントになる。

 そこで、日本の実際に決められた最低賃金とその前年の失業率の関係を示したのが、下図である。

◆失業率(横、1年前)と最低賃金上昇率(縦)推移(1979-2015年)

 実際の日本の最低賃金は、ほぼ前年の失業率に応じて決まっている。

 つまり、失業率が高いと最低賃金の上昇率は低く、失業率が低いと最低賃金の上昇率は高くなる。

 最低賃金といえども、雇用環境を見ながら、実際の賃金と似たような動きになっている。この意味で、日本の最低賃金の決定は、穏便なものといえよう。

 このマクロの雇用環境と最低賃金の穏便な関係は、金融政策でいい雇用環境を作れれば、翌年の最低賃金を引き上げられるということにもなる。

民主党時代の最低賃金引き上げは経済運営が間違っていた

 はっきり言えば、民主党政権時代も最低賃金目標はいいとしても、それを達成する政策手段を取り違えていた。つまり民主党の最低賃金は穏便な形ではなく、経済運営としてはまったく間違っていたということだ。

 特に、枝野氏は幹事長当時、経済成長のために金利を引き上げるべきと言った人だ。 そうした金融政策が行われるている下で、強制的に最低賃金を引き上げたら、経済は悪化する。

 そのことは、上に掲げた最低賃金とその前年の失業率の関係に示した図からも、数字でわかる。

 民主党政権時代の2010年には、最低賃金は730円、前年比2.4%と大幅に引き上げられた。上に示した図の上に2010年の点があるが、前年の2009年の失業率は5.1%と高かったので、本来なら最低賃金の引き上げは線の上の0.5%程度にとどめるべきだった。このため、全体の就業者数を増加させることができなかった。雇用政策の素人のやり方だった。

 一方、現在の安倍政権では、強力な金融緩和によって失業率は低下している。そのため、無理しなくても、最低賃金の引き上げを大幅に行うことに成功している。

 こうしたことは、上の図の民主党政権時代の水色の点と、安倍政権の緑色の点を見比べれば、誰の目にも明らかだ。

 筆者は、「構造失業率」(これ以上下げられない失業率)は2%台半ばと、推計している。これは、前回コラムと以前のコラム『日銀の「失業率の下限」に対する見方は正しいか」』で書いたが、それぞれ別の手法により同じような結果となっている。そこまで、雇用を増やせれば、翌年の最低賃金は3.5%程度上昇させることができる。

共産党との共闘の是非より雇用という根幹の議論を深めよ

 前原氏と枝野氏は、まず民主党政権時代の最低賃金が、雇用状況を無視して引き上げられたという誤りを認めるべきだ。その上で、このような党の根幹である政策に関する議論を戦わせてほしい。

 共産党と連携しないのか、共闘するのかというのは、政治論としては興味深いが、雇用の確保ができないような民進党なら、存在する意味はないと、支持者がますますそっぽを向くだろう。

 こうしたことが、「前原vs.枝野」の民進党代表戦がまったく盛り上がらない理由だ。

(嘉悦大学教授 高橋洋一)

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