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浪速シリーズの元祖・赤井英和とジム会長の愛憎劇に迫る『浪速のロッキーを<捨てた>男』

サイゾー のロゴ サイゾー 2014/06/15 16:00 Cyzo
© Cyzo 提供

 いきなり私事で恐縮だが、4月に大阪城ホールで行われた山中慎介と長谷川穂積のボクシングWタイトルマッチを観戦してきた。長谷川は惜しくも敗れてしまったものの、山中が見事6度目の防衛を果たし、両者とも非常にエキサイティングな試合を繰り広げてくれた。

 その会場には、“浪速のジョー”こと辰吉丈一郎が観戦しに来ており、前座試合には期待のホープ“浪速のショー”こと中澤奨も登場し、見事KO勝利。新旧 “浪速シリーズボクサー”の共演も見られるなど、いかにも大阪の会場らしい盛り上がり方も印象的だった。この浪速シリーズ、今では亀田興毅の“浪速の闘拳”、弟・大毅の“浪速の弁慶”など、世代ごとに大阪出身の注目ボクサーに与えられる称号のようになっている。

 前置きが長くなったが、『浪速のロッキーを<捨てた>男』は、浪速シリーズの元祖“浪速のロッキー”こと赤井英和と、彼が所属していた現「グリーンツダボクシングクラブ」の創設者・津田博明の蜜月と破局を綴ったノンフィクションである。

 津田は、自ら裸一貫で創設したジムから井岡弘樹ら3人の世界チャンピオンを生み出し、晩年には当時所属していた亀田兄弟を売り出すなど、稀代のプロモーター、名伯楽として名を馳せた人物である。一方の赤井はご存じの通り、1989年に映画『どついたるねん』に主演し、最近ではTBS系ドラマ『半沢直樹』で下町の町工場のおっちゃんを演じるなど、俳優・タレントとして活動しているが、れっきとした元プロボクサーだ。赤井は、82年に行われた試合で急性硬膜下血腫と脳挫傷の重症を負って一時危篤となり、それが原因でボクサーを引退することになる。しかし、くだんの試合以前には赤井が一方的に引退宣言をし、金銭面で津田と揉めているなどの臆測も周囲で飛び交うなど、2人の間にはかなりのゴタゴタがあったとされているが、その真相はいまだに明かされていない。

 そこで、当時2人の間に何があったかを知ろうと本書を読むと、肩透かしを食らうことになる。本書では「~だろう」「~ではないだろうか」「~なのかもしれない」といった表現が目立ち、津田と赤井の本心には迫っていない。著者である浅沢英氏は津田と赤井の両名にインタビューを試みてはいるが、津田は「しかたなかったんですわ」、赤井は「堪忍してください」と答えるにとどまっていて、当時の2人の心境や確執については語られないままだ。

 とはいえ、津田と赤井の周辺への入念なインタビューや、当時の記録、新聞記者の取材ノートなど綿密な資料から書き起こされた文章は読み応えがあるし、津田が赤井を売り出すためにマッチメークに奔走する姿からは、一人の世界チャンピオンを生み出すために人材と労力と金がいかに必要かがよく分かる。また、津田と赤井のことだけはなく、当時の大阪のボクシングシーンや、ジムのある町の雰囲気、選手たちの息遣いやジム周辺に漂う人いきれまでがはっきりと伝わり、全体を見ればとても内容の濃い一冊であることは間違いない。 そもそも、この2人の関係は、高校生だった赤井が津田の元を訪れて「ボクシングを教えてください」と頼み込んだのが始まりだった。津田がまだジムを開く前、2人は公園にサンドバッグを持ち込み、ひたすらに練習を重ねていた。本書でも、その当時のことを赤井が懐かしそうに振り返る場面も描かれており、厚い師弟関係で結ばれていたことがわかる。その後、ジムを開いた津田は赤井をテレビ局に売り込み、連続KO勝利日本記録のために手を尽くすなど、その関係を深めていったのだが、赤井のモチベーションの低下とまさかの敗戦で歯車が狂い出した。その狂いを我々は「津田の精神は、もう擦り切れていたのかもしれない」、「津田は孤独に耐えかねたのかもしれない」といった文面から読み取るほかないのだ。

 では、なぜ浅沢氏は2人の確執とその原因を憶測でしか語れなかったのか。それは津田や赤井が語らなかったからではなく、2人とも語る言葉をいまだに持ち合わせていなかったからではないだろうか。津田が入院して意識不明に陥っていた頃、赤井は病院に見舞いに行ったことがあるという。だが、浅沢氏が「それは、和解だったのですか?」と赤井に尋ねると、赤井は「和解。そんなもんはあらへんよ」と答えている場面もあるなど、実は赤井は、まだ当時のことを整理しきれていないのではないかと思わせるコメントが散見される。

 世界チャンピオンまであと一歩と迫るも、夢半ばでリングを降りざるを得なかったボクサーと、ジム念願の世界チャンピオン輩出を逃した会長。それぞれの思惑が交錯もせず、すれ違ったまま袂を分かつことになった本当の原因は、すでに鬼籍に入ってしまった津田の口から語られることはもうないし、赤井ですらもわからないままなのかもしれない。

 浪速のロッキーをはじめ、これまで多くの強豪浪速シリーズボクサーを生み出してきた大阪の地で、今後もジム会長と選手の蜜月と確執と破局は繰り返されるのだろうか。読後はそんなことを考えてしまう──。本書は、激しい戦いでファンを熱狂させるリングの外で起きている、男同士の愛憎を描いたメロドラマでもあるのだ。(文=高橋ダイスケ)

※画像は『浪速のロッキーを<捨てた>男』(角川書店)

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