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深田晃司監督が語る『淵に立つ』の海外展開、そして日本映画界への提言「現場に理解のある制度を」

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/02/26 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞に輝いた映画『淵に立つ』のBlu-ray&DVDが5月3日にリリースされる。本作は、郊外で小さな金属加工工場を営む、夫・利雄、妻・章江、10歳の娘・蛍の平凡な3人家族・鈴岡家のもとに、ある日、利雄の旧い知人で元服役囚の八坂が現れたことにより、鈴岡家の平穏な生活が崩壊へと向かっていく模様を描いた人間ドラマだ。浅野忠信、古舘寛治、筒井真理子らキャスト陣による圧倒的な演技や、『歓待』『ほとりの朔子』『さようなら』などで国内外の映画祭で評価されてきた深田晃司監督の新境地とも言えるストーリーテリングにより、異例のロングランヒットを記録した。リアルサウンド映画部では、Blu-ray&DVDのリリース決定にあわせて、メガホンを取った深田監督にインタビューを行った。国内外での興行や各国の映画祭を振り返りつつ、本作で深田監督が描こうとしたテーマの背景から日本の映画界が抱える問題点まで、じっくりと語ってもらった。 ■「フランスでは観念的・哲学的な質問をされた」 ――劇場公開が一通り終わりましたが、観客の方々の反応などはいかがでしたか? 深田晃司(以下、深田):僕はよく「100人の人が見たら、100通りの見え方がする映画を作りたい」と言っているのですが、『淵に立つ』もそのとおり、いろいろと見方が分かれた作品になりました。特にラストシーンに関しては「モヤモヤする」とおっしゃる方が多かった印象で、あのラストにものすごい絶望を感じる人もいれば、希望を感じる人もいました。観ている方の想像力を刺激しようとすると、ややもすれば思わせぶりだと批判が起きたりすることもありますが、それを差っ引いても、見え方が分かれた方がいいと思っているので、僕としてはやってよかったなと思っています。 ーーある視点部門の審査員賞を受賞したカンヌ国際映画祭をはじめ、アジアフィルムアワードやロッテルダム国際映画祭など、各国の映画祭での上映はもちろん、海外では一般公開されましたが、日本と海外での反応の違いはありましたか? 深田:ベースは同じだと思うのですが、海外では、社会的・宗教的な部分への着眼が多く、日本ではされなかったような質問を受けたことが印象に残っています。フランスで面白いなと思ったのは、非常に観念的・哲学的な質問をされたことです。 ーー例えばどのような? 深田:フランス現地のラジオに出演したとき、パーソナリティーの方から一番最初に「無限大についてどう思いますか? それを映画でどう表現しましたか?」と聞かれたんです。他にも「映画を観て、ショーペンハウアーの哲学を思い出しました」とか。それに対して僕は「ショーペンハウアーってどんな哲学だっけ……」と慌てながら答えたり(笑)。あとは、映画を観たフランスの観客の方から、「登場人物に沈黙が多いですが、私は日本人の沈黙によるコミュニケーションは、戦後の日本人の中国や韓国など近隣諸国への態度や接し方に通じるものがあると感じました」という意見もいただきました。そのような感想は日本だとなかなか聞くことができないものなので、とても貴重でしたね。 ーー今回の作品は10年前から構想があったそうですが、その当時から“家族”や“暴力”や“信仰”といったテーマを描こうと考えていたのでしょうか? 深田:宗教性な部分は脚本を練り上げていく中であとから考えたことですが、A4の紙数枚からスタートした2006年当時、一番描きたかったのは“暴力”でした。交通事故、犯罪、自然災害などもそうですが、いきなり理不尽に理由なく日常を破壊してしまう“暴力”を描きたかったんです。日常は常にそのような暴力にさらされているということを、物語の構造を通して表現したいというのが最初の発想で、前半は日常を描いて、それを断ち切るように突然暴力が起きて、後半は暴力が起きてしまった後に残された人たちの物語にしようと。そこから浅野さん演じる八坂のキャラクターが生まれました。 ーー八坂の終始不気味な感じはとても印象的でした。 深田:浅野さんとはかなり長い時間、八坂について話し合いました。最初、この役をお願いしたときに、取りあえず会いましょうということになって、そのまま3時間ぐらい話をしたんです。浅野さんが八坂役に決まってからも、ときには浅野さんから突然「今日これから会えますか?」と連絡をいただき、浅野さんの事務所で延々と役について話したりもしましたね。結果的にそれは楽しい時間で、浅野さんとはうまくコラボレーションができたと思っています。浅野さんは毎回自ら衣装を提案するらしく、今回もご自身でイラストを描いて、白いシャツと赤いTシャツという衣装プランを提案してくれました。それを見たときに、赤色はいろいろと使えるんじゃないかと思って、八坂のテーマカラーを赤にしようと決めたんです。映画の後半になると浅野さんは出てこなくなりますが、演出的には常に八坂の雰囲気は残さないといけなかったので、八坂のテーマカラーである赤を、彼が最も暴力的に見える瞬間にお客さんに届けることができれば、あとは赤色をいろいろなところに散りばめておくだけで、なんとなくと嫌な感じが残るんじゃないかなと。それはお客さんの反応を見てみても、思った以上にうまくいったなと感じています。 ーー宗教的な部分は当初の構想ではなかったということですが、どのような経緯で物語に組み込むことになったのでしょう。 深田:僕自身は信仰は持っておらず無神論者なのですが、宗教にはとても関心があります。宗教は人類の最も巨大な営みだと思うので、人間の営みを描こうとしたら当然信仰は大きなモチーフになってくる。もちろん“罪と罰”というテーマに対しても信仰は影響はしてくるのですが、それよりも描きたかった今回の映画の一番重要なモチーフは、“人間の孤独”。そもそも人間は生まれながらにして孤独だけど、孤独なままひとりでは生きていけないから、家族や宗教という共同体に属することで、孤独であることを忘れながら生きている。特に、信仰はものすごく強力で、信仰を持っている時点で隣に神がいるわけで、自分ひとりではないと言える。宗教は孤独を忘れさせるものすごい強力な装置なんです。でも残念ながら、信仰や共同体は個人を抑圧してきた面もあるので、近代以降の発展とともに、そのような共同体の影響力はだんだん弱くなっていく。そうすると、問題として残るのは、そもそも人は生まれついて孤独であるということで、結局一人ひとりがそれぞれの孤独と向き合わなければいけなくなる。僕はそれが現代社会だと思っていて、そのモチーフをより正確に描写するために、突然の暴力に見舞われる家族の母親・章江に信仰を持たせて2時間かけて剥ぎ取ることで、その奥にある普遍的な人間の孤独を描きたかったんです。 ーーそれは監督の過去の作品を振り返ってみても、共通する部分があるかもしれません。 深田:それが僕の作品のモチーフであるとともに、世界観の一部でもあるので、否が応でも出てきてしまうんでしょうね。逆にそういったものが出てこなかったら、自分にとっては嘘くさく感じてしまうかもしれません。 ■「日本でも映画の現場に理解のある制度ができてほしい」 ーー『淵に立つ』は監督にとって初めての日本とフランスの合作でしたが、これまでの作品と比べて製作の仕方に違いを感じることはありましたか? 深田:基本的には変わらないのですが、単純に自分が生きてきた文化圏とは違う意見が入るので、それは映画を客観視する上ですごく役に立ちました。今回、プロデューサーだけではなく編集、サウンドディレクターなど、フランスのスタッフにも参加してもらったのですが、一番違いを感じたのは編集です。自分の中でちょうどいいと思っていた140分の尺から、20分ぐらい削ることになりました。「それはなくても伝わる」と、説明的な部分が削られていくんです。映画は基本的に、観客の想像力との綱引きだと僕は思っているのですが、それがなかなか難しい。「ここを省略してもお客さんにはわかってもらえるだろうけど、ここを切ってしまったらさすがに想像力の範囲を越えてしまうんじゃないか」ということを常に考えていて。具体的に言うと、『淵に立つ』は前半と後半で時間が飛びますが、もともとはそこに「8年後」とテロップを入れていたんです。でも、「俳優の表情や演技を見れば、時間が経過していることはわかるから、入れなくてもいいんじゃないか」とアドバイスを受けて、ハッとしました。フランスから勇気をもらいながら編集をしていましたね。 ――なるほど。その辺りは日本とフランスの観客の理解度の違いもあるかもしれませんね。 深田:そうですね。観客が悪いという話ではなく、日本とフランスでは、まず教育から違いますから。フランスでは、美術や音楽と同じひとつの教養として映画が扱われていて、小学校から映画を観る機会が多いらしいんです。日本でも1年に1回ぐらい映画を鑑賞する機会がありますけど、文部科学省選定のものだったり、生徒が喜ぶハリウッド・アクションが多い。一方フランスは、月に1回は映画を観る機会があって、小学生が小津安二郎の映画を観ていたりするんです。だから、多様な映画に対する感性が違うのは当然なんですよね。あと、これは先ほどの編集の話にも繋がる、仕方のない問題でもあるのですが、日本ではヨーロッパ的な作家主義映画を作っても、すべて経済で回収をしなくてはいけないハリウッド型のシステムが成り立っているので、ある程度のわかりやすさが求められます。一方フランスでは、経済的に評価されることだけがすべてではないという考え方がシステムとしても定着しているので、助成金なども充実しているんですよね。 ーー今回の作品は文化庁から助成金が出ていますが、それを得るのも大変なのでしょうか? 深田:今回は運よく助成金を得ることができましたが、得るための条件のハードルがすごく高くて、とても使いづらい制度なんです。ひとつは時期的な問題があって、助成金の審査結果が出るのが9月ごろなのですが、半年後の3月までに映画を完成させて観せないといけないんです。つまり、6ヶ月間のうちに撮影も編集も終わらせられる映画じゃなきゃダメ。これは映画作りのサイクルとしては非常に厳しいので、ある程度お金と体力がある作品に限られてしまうんです。ちなみに、フランスや韓国の助成金の場合は、その期間がもっと長くて、助成金が出てから1年〜1年半ほど待ってもらえる。向こうの場合は、助成金が下りることでクオリティー保証になるからお金が集まるという考え方なので、それぐらいの猶予があるんです。あとは経理の手続きがものすごく大変だったり、いろいろな問題点があります。日本の映画界をより発展させていくためにも、もう少し映画の現場に理解のある制度が日本でもできてほしいと思っています。 ーー作り手はもちろん、観客や国も含めて日本の映画界も変わっていかなければいけないと。 深田:もちろん変わってほしいですし、特に作り手や行政は変わらないとヤバいなと。単純に多様性の問題だなと思うんです。今の日本はものすごく市場原理主義的に動いてしまっているので、作られるものが偏ってしまう。文化芸術の価値は経済的評価だけでは計れないから、多様性を守るために多くの国では公的な資金で支援を行っています。そうしないと、結局多くの作り手が貧困の中で撮影を行なっていかなければならなくなる。それってやっぱり不平等だと思うんです。僕なんかはハッキリ言って恵まれているほうですが、映画を作っていて30代になると、当然のように「結婚を取るか、映画を取るか」、「子どもを取るか、映画を取るか」というような二者択一を迫られるようになってきてしまう。そこで多くの人がやめていってしまうんです。また、東京で生まれたか生まれていないかでも、映画を続けられるかどうかが変わってきてしまう。それは音楽も同じだと思うんですが、地方で生まれた人が、東京へ出て来て家賃を払いながら、安い給料で映画に関われるのかと考えると、それってすごくハードルが高いですよね。東京に実家があるというだけで有利になる。才能とは関係のない、スタートラインの時点で不平等が起こってしまっているんです。どこの国でも完全な平等なんてありませんが、それを少しでも平等にするために、各国いろいろな助成制度を作っているんです。日本はそれが圧倒的に不足してしまっている。だからいま、映画に関わり続けられている恵まれた僕たちは、今後の若い世代がそうはならないように、いろいろと制度を見直していかないければならないと思っています。(宮川翔)

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