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渡すべきバトン。アドビ西塚氏が、フォントを作り続ける理由

ザテレビジョン のロゴ ザテレビジョン 2017/08/17
渡すべきバトン。アドビ西塚氏が、フォントを作り続ける理由 © KADOKAWA CORPORATION 提供 渡すべきバトン。アドビ西塚氏が、フォントを作り続ける理由

アドビでチーフ タイプデザイナーを務め、 源ノ明朝のデザインを担当した西塚涼子氏 アドビでチーフ タイプデザイナーを務め、 源ノ明朝のデザインを担当した西塚涼子氏  地下鉄の案内板や、車内表示、電光掲示板、大型ビジョン、家電量販店……すこし考えてみただけでも、多言語で表記されているコンテンツを見かける機会は、ここ10年ほどのあいだに大きく広がった。  英語表記を併用するコンテンツは、日本の歴史の中でも古くから数多くみられるが、近年の特徴としてあげられるのは、中国語、韓国語表記の比重の高さではないか。国土交通省のレポートによれば、10年前の2007年と比較して、訪日外国人の数は、835万人から、1973万人(2015年時点)へと2倍以上もの成長を見せている。この中で、中国、韓国、台湾、香港からの旅行者は、およそ70%を占めるという。 中国語、韓国語表記を見かける機会も増えた 中国語、韓国語表記を見かける機会も増えた  多言語表記が求められるシーンが増えるのは、必然的な流れであり、中でも日中韓国語に高い比重が置かれるのも自然なことなのかもしれない。そんな時流の中、アドビがグーグルとの共同名義でリリースしたPan-CJK(中日韓)書体ファミリーの第二弾「源ノ明朝」は、2015年リリースの「源ノ角ゴシック」と同じ「源ノ」ファミリーに含まれるセリフ書体である。  そんな現代において意義深いこのフォントは、今後、デジタルコンテンツでも広く扱われていく予感を覚えさせられる。アドビでチーフ タイプデザイナーを務め、 源ノ明朝のデザインを担当した西塚涼子氏の、デザイナーとしてのパーソナルに迫るとともに、「源ノ明朝」にまつわる話をうかがった。 迷いの中で飛び込んだタイプデザインの道 ――西塚さんは、「源ノ明朝」以前に、「りょう」「かづらき」など、合計で6つのフォント手がけられてきました。タイプフェイスデザイナーとしてキャリアをスタートさせたのは、いつ頃になりますか? 「もともと、大学生の頃からタイプデザイナーを目指していましたが、卒業するときに、タイプフェイスデザイナーという職業を募集しているところがなくて、グラフィックデザイナーとして2年間だけデザイン事務所にいたんです。ロゴを作ったりですとか、パッケージを作ったりですとか。  卒業から2年間くらい経った頃に、大学の恩師から、『アドビのタイプデザイナーに空きがあるけど、応募してみる?』と言われて。そこからですね。でもその時点では、グラフィックデザイナーになるか、タイプフェイスデザイナーになるか、迷っていたところもあったんです」 グラフィックデザイナーの道も考えていたという西塚涼子氏 グラフィックデザイナーの道も考えていたという西塚涼子氏 ――グラフィックデザイナーとしての道も考えていらっしゃったんですね。 「そんなお誘いがあって、はじめはどうしようか迷ったんです。でも、先輩のデザイナーたちに相談しているうちに『ひらがなのデザインができる人って、いなくない?』という話になったんですね。私もまだ若くて、自分の強みというものをわかっていなかったと思いますし。  考えているうちに『ひらがなのデザインもできるデザイナー、そういうデザインを強みにするデザイナーという道もあるかな』と思って、グラフィックデザイナーになるか、タイプフェイスデザイナーになるかは別として、自分のスキルアップのためにチャレンジしてみようと思って、この道に入ったところはあります」 ――決心がついたタイミングがあるのでしょうか? 「20代後半の頃、『りょう』をデザインした頃になると思います。当時は、いまよりフォントデザインの大事さというものが、軽視されているムードがあったと思います。フォントの重要性をみんなそれほどわかっていないというか。なので、私の中でも、『将来的にグラフィックデザイナーになるんだ。これはその修行なんだ』という気持ちが、実はあったんです。  ところが、ことあるごとに私の作ったフォントをメディアで取り上げてもらえたり、『かづらき』を作った頃に、『面白い』とたくさん言ってもらえたりとか。その時に『実は、フォントの重要性をわかっていなかったのは私の方だったな』と思ったんです。むしろ、デザイナーよりもユーザーさんの方が、それぞれのフォントをよく見ていて、クオリティーの高いフォントを欲していたんですよね。  そんな中で『日本語が消えない限り、タイプデザインも消えない。この職業は、将来に渡さなきゃいけないものなんだ』って思ったんです。それは、就職とかビジネスということではなくて、『このバトンを渡していかないと』と覚悟したと言いますか。  いまでも覚えているのが、その頃、セミナーに登壇したときに、『タイプデザイナーになることに決めた』と発言したら、会場がざわめいたことがあって(笑)。『え、この人、いままで迷ってたの?』って(笑)」 ――そこからタイプデザイナーに絞られたわけですね。 「うーん、震災の頃にもそういう迷いがありましたね。というか、あの頃はみんな『この仕事してる場合じゃなくない?』と思ったのかもしれませんが、実家が福島なので、親が東京に避難してきたりとか。  そんな大変な世の中の状況下で、私はやっぱり字を作っているんですよ。『字を作るより、がれきを拾った方がいいんじゃないか?』と思ったりしましたね。でも、考えると、自分ができることを迷いなく続けることが大事なんだと思いました。  なんだろう、タイプフェイスデザイナーって、リリースするまで、世間の反応もわからないし、作っているものがどういう風に使われるのかもわからない。まさかユーザーさんに『このフォントどう?』ってきくわけにもいかない(笑)。ひとつのプロジェクトに対して、制作期間がすごく長いので、そんな風に悩みすぎる傾向にありますね。ふと、この仕事はどこまで大事なんだろう? と思ってしまったりとか」 源ノ明朝の「仮名」は、鉛筆による骨格を筆でなぞり、それをスキャンし、デジタルでアウトラインをとるという手法で作られた 源ノ明朝の「仮名」は、鉛筆による骨格を筆でなぞり、それをスキャンし、デジタルでアウトラインをとるという手法で作られた 喜びにも専門性が出てきた? ――タイプデザイナーは、緻密な作業がずっと要求されることもあり、素人から見ると、精神的にこたえるシーンも多いのではないかと思えます。 「そうですね、単純に楽しいばかりではありませんが、楽しいですよ。実際にフォントをデザインして、作っているときよりも、フォントが完成して、デバイスにビルドして、フォント名がウィンドウに出てくる瞬間、キーボードで打って文字が出てくる瞬間、たとえば『西塚涼子』って打ったら、自分の作ったフォントで『西塚涼子』って出てくる。それに激しい喜びを感じます!  単発のグラフィックデザイン……たとえばパッケージデザインなどにも、また違った楽しさがありますが、グラフィックは展開が早いので、完成して発売されてから、すぐに見かけなくなってしまうこともありますよね。タイプフェイスデザイナーの場合、完成した後に、自分だけでそうやって喜びを反芻できるところも嬉しいんです。外に行かないで仕事ができるところも気に入っている、引きこもり体質の人には向いていると思う(笑)。社会的に大きく表に出ることはありませんが、デザイナー同士で『あのフォント、見かけたよ!』って報告したりとかするのも楽しい」 ――職業として専門性が高いと思いますが、喜びも専門性を帯びてきますね。 「そうですね、そうだと思います(笑)。あとはSNSなんかで自分のフォントを調べてみたりするんです。そうすると、たまに文字組のサンプルを載せてくれていたりする人もいて。『こんな文字列で作ってくれてる!』とか。  それは、その人が著名であるとか、フォロワー数が多いとか少ないとかにかかわらず、嬉しく感じますね。あれ、すごく不思議な感覚になるんですよ。自分で作っていたものが、誰かの手に渡って、それを素材として何かに使われているというのは、タイプフェイスデザイナーならではの楽しさだと思います」 書道からヒントを得る部分も ――以前、趣味でもフォントを作ってしまうというお話をされていましたね。 「公私関係なくやっている部分はあります。会社の仕事はもちろんメインでするんですけど、メインの仕事をしていて、煮詰まってくると、違うフォントを作りたくなったりするんですよ(笑)。実は6年前から、書道もやっていて。書道はプライベートの時間ではあるんですけど、そこからもデザインのヒントをもらったりとか。『なぜこの文字はかわいく見えるんだろう?』と研究したりとか。常にそういうところを考えてはいますね」 ――書道を始められたそもそものきっかけも、やはりフォントですか? プライベートで続けている書道で賞をとった際の写真。壁にかかっているのが西塚氏の作品だ プライベートで続けている書道で賞をとった際の写真。壁にかかっているのが西塚氏の作品だ 「そうなんです。密かに『やってみたいな』と思っていることがあって。『かづらき』という藤原定家の筆跡を元にしたフォントは、藤原定家の文献をスキャンニングして、それをベースとして作ったんです。でも、漢字がすごく少ないんですね。  なぜかというと、当時の文献は、和歌のセレクトからしても政治の一環なので、季節だったり、政治の内容に偏っているんです。たとえば『春』という漢字はたくさん出ているのに、当たり前に使われている文字が全然出てこない。  当時使っていた文字と、今使われている文字が全然違うというのもあるんですけど、そんなこともあって、1500文字くらいしか漢字が入っていないんです。少なくとも、6000文字くらいはないと長文に使えるフォントにならないので、あくまでも『かなフォントで、一部の漢字も含むフォント』としてリリースさせていただいたんです。 「かづらき」は毛筆のような字面が特徴の日本語フォント。アドビ Typekitからインストール可能だ 「かづらき」は毛筆のような字面が特徴の日本語フォント。アドビ Typekitからインストール可能だ  ところが、いまでも気に入って使ってくださっている方も多くて、他社さんのフォントが一文字だけ混ざっている印刷物とか、不完全な状態で『かづらき』が使われている印刷物を見る機会が増えてしまったんです。  完璧じゃない状態のものが広く使われているいうことが、作った方としてはとても気になって。そこから、自分で書こうと思ったのが書道を始めたきっかけなんです。藤原定家の文字をベースにしているので、おこがましいことかもしれないとも思ったんですけど、解決方法がそれしかないというのが一番で」 ――そうすると、「これは仕事」「これは趣味」と、簡単に切り分けられるようなことではありませんね。 「そうそう、そうなんです。仕事の合間に趣味をするというよりは、やってみたくて仕方がなくなってしまう。仕事の合間にそうやってストックしておくと、いざプロジェクトが上がったときに、サンプルとして提出もできるし、説得力も出てきますよね。そういったものは手札として持っておいて、安心しておきたいという気持ちもあります。作ると、すごくすっとするんですよ。なので、あえて名前をつけると、仕事はタイプフェイスデザイナーで、趣味はプロト・タイプフェイスデザイナーかも(笑)」 フォントはメジャーな話題になりつつある? ――前回、源ノ角ゴシックがリリースされたときにも取材をさせていただきましたが、そのときに比べて、SNSなどでの反響も大きかったように思います。「タイプデザイン」や「フォント」が少しずつメジャーな話題になりつつあるようにも思えるのですが。 「そうですね。私もそれは感じています。ただ、自分が見ているSNSって、どうしても自分が気にしている範囲で固めてしますところがあるじゃないですか。だから、どこまでその感覚が本当なのかっていうのは、まだ疑問ですね。たとえば、自分の親世代までそのことを話題にしていたら、『本当に盛り上がっているな』と実感するとは思います。今後はフォントに興味がなかった人、そもそもフォントを知らない人も話題にするようになったらいいですよね。  『源ノ明朝』の場合、名前が源氏の偉人のようだったこともあって、フォントに興味がない人も、名前で引っかかった部分があると思います。『源ノ角ゴシック』を知っていて、使ってくれていた人たちは、『やっぱり明朝が来た!』と話題にしてくれて。その両方から、うまく盛り上がってくれたんじゃないかな」 源ノ明朝は、デジタルデバイス上での視認性のよさを重要視した中日韓フォントだ 源ノ明朝は、デジタルデバイス上での視認性のよさを重要視した中日韓フォントだ 中日韓フォントならではの難しさとは ――フォントデザインの作業工程については、以前インタビューさせていただいたときにも、気の遠くなるような作業の緻密さを教えていただきました。明朝体ならではの難しさは、どういうところにありましたか? 「フォントは、ゴシック、明朝に限らず、『四角い枠の中に、どのように線を配置するか』という考え方がベースにあります。  ゴシックは、等線で構成される場合が多いので、枠の中で、線が均等に入っていないと、どこか一部だけがぐしゃっと潰れていたり、綺麗に見えにくくなってしまう。そうすると、結果的に完成度の低いフォントに見えてしまうので、どちらかというと、余白、白い部分を見ながら作っている感覚に近いんです。  一方で、明朝の場合は横線が細いので、自由度がとても高くなるんです。単純に余白を見ればいいということではなくて、目で見て、空間のバランスを調整することが必要になる……もちろんゴシックもそうなんですけど、より、デザインとして見たときの完成度を判断するスキルが要求されます。  今回はPan-CJKフォント(中日韓統一フォント)だったので、自分だけで判断するわけではなくて、中国、韓国のパートナーさんがどう感じるかがまた難しかったですね。隣にいるわけではないので、顔も見えない状態で進めていく必要がありますし」 ――顔をあわせる機会はどの程度あったのでしょう? 「プロジェクトが動く前の一度だけです」 ――その一度ですか! そうすると、メールベースでプロジェクトが進行していったんですね? 「はい、メールと、PDFのリストのやりとりで進めていきました。なので、たとえば中国フォントのときは、日本語と中国語との溝という問題もあって。言葉が誤って伝わってはいけないので、私が日本語で話した内容を上司が英語に訳して、今度は向こうで英語から中国語に翻訳されて……今度は中国のデザイナーさんが中国語で書いたレポートが英語に訳されて……みたいなことをずっとやっていて(笑)」 ――国際会議のようです。 「コミュニケーションを取りすぎると、向こうの手を止めることになってしまうので、コミュニケーションは丁寧に取りつつも、取り過ぎないというか、そのあたりのさじ加減も難しかったですね。1ヶ月に1回あるかないか、3ヶ月に一度くらい『月末にこのセクションが納品される予定』という日があって、そのセクションに対してこちらからフィードバックをして、また返ってくると言った具合ですね。まとまった数の……例えば100くらいのグリフに対して、気になる点があっても、一部だけを指摘して、残りは向こうに判断を委ねることもしました。最終的な判断は私がしていたので、『中国側はこれでいいと言ってるけど、とてもそうは見えないから、ここはこっちで直すことにしよう』と判断したり」 ――フィードバックというのは、「ここが気になる」とか「この線が変」とか? 「そうですね、そういうやりとりは頻繁にしていました。中国のパートナーさんが納品してくれたフォントを見て、不自然に感じる部分があっても、それは中国語圏で求められているデザインに起因しているのか、単純に品質が悪いのかを、よく考えないといけない。 中国と日本では、同じ漢字でも「自然に感じられる」かたちが異なる 中国と日本では、同じ漢字でも「自然に感じられる」かたちが異なる  その一手間がひとつひとつのグリフ※にかかってきます。似たような傾向のある字で、『私が思う綺麗な形』にできている字を見てはじめて、『じゃあ、こっちはクオリティーが低いということなんだ!』ってわかる(笑)。もしクオリティーの問題なら、早めに言ってあげないと、彼らの直しも膨大になってしまいますから。  たとえば特定の『偏』がおかしいということになったときに、『この偏はおかしいよ』と言うと、その『偏』がついている漢字を全て直さないといけなくなってしまいます。あとは、日本人の目から見ると違和感があるように見えるけど、中国人の目から見ると普通に見えることを指摘をしても意味がない。そのあたりの判断をする、さじ加減が難しかったですね。こういったフォント(中日韓統一フォント)の場合、リソースを節約する意味でも、どの文字は共通のグリフを使って、どこを分けるか、その判断がとても重要になりますが、『中国ではこの部分は筆で書いて右上がりになっている感じなんだ』『じゃあそこは分けた方がいいね』と判断したりとか」 同じ漢字で言語が異なる場合、共通のユニコードが割り当てられ、言語を切り替えるとグリフが切り替わる 同じ漢字で言語が異なる場合、共通のユニコードが割り当てられ、言語を切り替えるとグリフが切り替わる ――今回のプロジェクトでは、純粋なデザイナーさんのお仕事だけでなく、マネージャー的なお仕事も多くなさっていたんですね。 「そうですね、デザイン部門のアートディレクターということになると思います。これは、もしかすると国民性かもしれませんが、ある漢字を指摘したとき『大きく印刷しなければ、見えないから大丈夫』と中国のパートナーさんから言われたこともあって(笑)。フォントというのはユニバーサルなものなので、ユーザーさんのところで大きく使われたり、小さく使われたり、いろいろなケースが考えられますよね。なので、責任が持てなくなることはしないように、『ちゃんと細かい部分まで見ている』ということを、パートナーさんに伝えることもしましたね」 明朝は仮名文字が重要 ――素人から見ても、ゴシックより明朝の方が、そういった手間が多くかかってくるように思えます。 「明朝の場合、漢字だけでなく、仮名文字と組み合わせたときにどう見えるか、それ次第で印象が大きく変わってしまうという性質があって、印象の7割以上が仮名文字に依存してくるんですね。今回は、クラシック気味なフォルムなんですけど、クラシックとモダン(前回の取材を参照してほしい)のハイブリッドを目指しました。これは不思議な感覚で、スタート時点では、私の中では、モダン過ぎたと思っていたんです。はじめはモダンなスタイルだったものをクラシックに振ったつもりだったのに、データ上で見ると逆だったんですよ。 デジタルでの作業に移行する前に、鉛筆と筆でのデッサンを繰り返した デジタルでの作業に移行する前に、鉛筆と筆でのデッサンを繰り返した  たとえば、『あ』のお尻のふくらみが、最初の頃は思い切りが足りなかったせいか、小ぶりになっていて、クラシックに見えていたりとか。漢字と組み合わせて何度も見ているうちに、『もうすこし空間があった方が、デバイス上でしっかり見えているんじゃないかな?』と判断をして懐を大きく持たせたりするとか、そういった工程を繰り返して、徐々に、最終的なかたちができあがりましたね。明朝は筆からの形なので、まず納得の行くところまで筆で起こしてから、デジタルでの作業に入っています」 同じ「あ」でも複数の案があったことがわかる 同じ「あ」でも複数の案があったことがわかる ――デザインは漢字から始まったんですよね? 「本来なら、かな文字からスタートすることが多いんです。今回は、漢字からスタートして、イメージの骨格を掴んで、ある程度修正し、最初の段階でクオリティーを上げてから、日本語をベースに中国がデザインを始めるという工程を踏みました。日本語の漢字をベースに中国のパートナーさんがデザインするので、最初の段階でクオリティーを上げておかないと、後から全部修正することになってしまうので」 ――漢字の印象ができてから仮名文字に入るというのは、漢字を見ながら、フリーハンドで仮名文字を書くような作業になりますか? 具体的には、どういった工程で形が決まっていくのでしょう。 「『りょう』を参考にはしていますが、それは上からなぞったということではなくて、『りょう』を作ったときの反省や、『いまだったらこうするな』というアイディアを元にして、一文字一文字を考えていくという作業でした。  筆でいきなり書くのではなくて、まず鉛筆で骨格を起こして、気に入った骨格ができるまで修正して、気に入った骨格が出てきたら丸をつける。気にいるか気に入らないかに関わらず、1文字につき最低でも5〜10文字を繰り返し書き、その中から使えそうな原字を選びます。そこでようやくデジタルの作業に入りました。 ウエイトは「ExtraLight」から「Heavy」までの7種類で、さまざまなコンテンツ上で最適な可読性を実現できるようにしている ウエイトは「ExtraLight」から「Heavy」までの7種類で、さまざまなコンテンツ上で最適な可読性を実現できるようにしている  明朝って、どのように筆の跡を見せるかが難しいんですよ。たとえば、筆で文字を書くときに、筆跡を引きずった跡を残したりしますよね。そういった筆跡の脈絡を残した方がいいのか、デジタルデバイスで見たときに『ない方が見やすい』と一概に言えるのかどうか、それが悩ましいところなんです」 ――筆っぽさというか。 「『筆で書いた感じのディティールを取りすぎることによって、無機質な感じになるのは避けたくて。なので、デジタルデバイスで読み込んだときに邪魔にならず、効果的なところだけ残しました。たとえば、『き』と『ま』は筆で書いたときの、横棒が下がる筆跡の感じが残っていますね」 ――デジタルデバイスで見やすいかどうかという判断は、どのようにするんですか? 「InDesignなどのソフト上で文章を組んでみて、帰り道にスマホ上で眺めてみたりですとか。そういう地道な作業ですね。  プロジェクトの後半の頃に気づいたのが、カタカナは画数が少ないので、ひらがなに合わせてデザインを作ると、なんとなくぬるい印象になってしまうんです。最初はそれがわからなくて、『どうして、なんとなく間延びした印象になってしまうんだろう?』ってずっと悩んでいたんですよ。  それがあるとき、カタカナをすこしシャープに振ってみたら、劇的に見え方がよくなったんですね。本当に微妙な差なんですけど、このひらがなに合わせてカタカナを組むなら、もうすこし、ふっくらとさせてもいいと思うんです。でも、そうするとぬるくなってしまう。それで、カタカナはすこしシャープに作っています」 ひらがなに比べて、シャープに振ったというカタカナのデッサン ひらがなに比べて、シャープに振ったというカタカナのデッサン  源ノ明朝は、源ノ角ゴシックと共に、商用利用もできるフリーフォントとしてリリースされた。西塚氏は、「ゴシックの時は、まだその意義が十分世間に伝わっていなかったかもしれない」と話す。しかし「なぜフリーで3言語フォントをリリースしたのか、使ってみて徐々にわかってくれたユーザーさんもたくさんいて、だんだんと意義が世の中に浸透していった」とも話してくれた。  またインタビュー内容からもわかるように、源ノ明朝は、「デジタルデバイスで表示した際の見やすさ」にも重点を置いたフォントである。ディスプレー上に表示された際の可読性の高さは、今後ますます重要視されていくだろう。源ノ明朝は、「多言語の表記で統一感のあるデザインを実現し、かつデジタルデバイス上で真価を発揮する」フォントとして、社会的な資産としての意義も含んでいると思う。  そんなフォントを作り上げた西塚氏に、これからのフォントの目指すべき方向性と、自身の目指すデザイナーとしてのあり方をうかがった。 フォントデザインにも多様性が求められる ――地下鉄の案内板や、街中でも他言語を見かける機会が多くなりました。Pan-CJKフォントには、多言語感で統一感のあるデザインを作る必要のある時代において、意義深いものだと思います。これから、フォントというものは、どのように発展していくべきでしょう。また、西塚さん自身が、タイプデザイナーとして目指す地点のようなものはありますか? 「源ノ明朝のリリースイベントで一緒に登壇してもらったデルトロの坂本さん※が『ウェブフォントを広めるためには、各OSメーカーが、OSの搭載フォントを増やしてみるといいんじゃないか?』とおっしゃっていて、それで『なるほど!』と思ったんです。MS明朝、MSゴシック、メイリオ、游明朝……というセットが定番になってきましたが、游明朝が入ったとき、私はいままでのOSフォントのイメージを覆したように見えて『画期的だ!』と思いました。  フォントを買うまではしないユーザーさんでも、OSに搭載されたものは選択して使っている場合が多いと思われます。そこでもっと多様なものがあれば「フォントを選ぶとイメージが変わる」という体験をもっと実感してもらえます。  たとえば、運動会のお知らせとか年賀状、ちょっとしたことでも『フォントを選択する』という意識も浸透していくかもしれません。  ユーザーさんにフォントをたくさん提供したいと思う一方で、この世代のタイプフェイスデザイナーの難しいところは、『消えない』という部分だと思うんです。活字がなくなって、写植ができて、またなくなって、今度はデジタルになって(技術として)『もう消えない』となったいま、向かうべき方向は『多様性』だと思うんです。  フォントはすでにダイバーシティ時代に入っています。たくさんフォントがある中で、どのように魅力を発揮してユーザさんに選んでもらうか。時間をかけて作っても、そのフォントの意義やメリットを伝えることも難しくなっていると思います」 ――確かに、市場にはもう膨大なフォントがあります。 「そんな中で、自分はどういうデザインを得意としていて、どういうフォントを作るべきなのかという視点はいつも持っていて。たとえば、『かわいくポップなディスプレーフォント』を作りたいという気持ちがあっても、『これはフリーフォントにありそうだな』と思うと、アイディアからは外すんですね。自分の場合は、ディスプレーフォント※ではなく、長文でも使えるフォントを当面作りたいと思っています。その方がアドビがフォントを配布する意義があるのではないかと思うんです。  『かわいい』という例を出しましたが、『かわいい』というのはすごく難しいと思うんですね。ともすれば下に見られてしまうところもあります。私個人としては、『幼いかわいさ』ということではなくて、『クオリティーが高いかわいさ』を追求していきたいという気持ちがありますね。  昔の、手書きの時代の印刷物で、先人のグラフィックデザイナーさんが作ったレタリングにもクオリティーの高いかわいさがあったりしますよね。そういう、温かみを含んだかわいさ……商業利用をしたときに、ハイレベルなデザインにまとまるクオリティーの高さがありつつも、味わい深さを含んだデザイン。そういう流れを受け継いでいき、作っていきたいです。  でもフォントって、適した場所にきちんとしたフォントが使われていると、みんながそれを自然のものとして受け取るので、逆に目立たなくなってしまうんです。こだわって作るほど、目立たなくなる。そういう逆転現象も、フォントの面白いところですね」 ――本日はありがとうございました。 ■関連サイト 源ノ明朝

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