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相田冬二の『いたくても いたくても』評:通販、プロレス、恋愛……3つの本気が溶け合う“旨い”映画

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/12/02 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 これは日本に限らず世界的な傾向なのだが、キャリアの浅い監督たちに野心というものが決定的に欠けている。どうやら、あらかじめ周到に用意された作劇を、よどみなく遂行することこそが映画だと思いこんでいる節がある。また、これは観客側の問題でもあるが、そのような予定調和の下に完成している作品から、容易に感動ポイントを共有し、よろこんでしまう。別段、双方が媚びを贈りあっている様子はなく、ビジネスとしてではなく、カルチャーとしての映画がそのようなものであると認識されつつある結果に思える。  移ろいゆく時代の流れのなかで、とりあえず生き残ってきた映画の現実から鑑みれば、これは致し方ないことなのかもしれない。21世紀初頭の観客が、そして作り手たちが、映画に対して求めているものが、たとえば、安心して楽しめるもの、なのだとすれば、それが現代における映画の存在証明なのだから。  もはや古い考え方なのかもしれないが、新人監督には、技術よりも志を求めたい。もちろん、技術があるにこしたことはないが、半端な技術の行使はときに、あったかもしれない志をないがしろにしてしまう。己の野心を埋没させるくらいなら、映画的テクニックなどなくったって一向に構わない。狡猾さよりも、無謀が見たい。誤解をおそれる小心より、馬鹿馬鹿しいほどのふてぶてしさに遭遇したい。  『いたくても いたくても』と題された映画には野心がある。一見、ナイーヴにも思えるタイトルに反して、本作を撮り上げた監督は、いい意味で、図々しいと思う。よくぞ、ぬけぬけと、このような作品を成立させてしまったものだと感心する。  業績不振の通販会社の社長が、PR目的で、社員プロレスを動画配信する。それがきっかけで、ふたりの男とひとりの女の価値観が、それぞれズレて、ときにすれ違い、ときに摩擦熱を起こし、思いもよらぬ場所にたどり着くことになる。  などと記したところで、この映画の芯にはまったく届かないことがまず素晴らしい。こいつ、あえて、こいつという呼び方をするが、こいつは、まったくもって要約させてくれない。要約を強固に拒んでいるわけではなく、のほほんと涼しい顔をして佇んでいるだけだ。  こいつを眺めていると、そもそも映画とは要約などさせてくれないものであったことに気づかされる。ストーリーとやらを紹介したところでその映画を語ることにはまったくならないという真実をのんびりした風情で体現している様には、頼もしさを感じるほどだ。  動画配信を、企業PRの戦略とするのは理にかなっている。だが、なぜ、プロレスなのか? そして、なぜ、通販会社がそんなことをするのか? さらに、そのことがなぜ、三角関係らしき恋愛ドラマにつながるのか?   なぜ? の嵐である。ところが、本作は実験的だったり前衛的だったりするわけではない。スラップスティックな雰囲気もないし、喜劇的な要素もほとんどない。簡単にいえば、理屈をこえた領域で、通販とプロレスと恋愛らしきものが、平然と結びつき、あたかもそれは当たり前だと言わんばかりのムードで、ずるずると進んでいく。  それは、絶妙なスパイスの調合によって、本来であれば衝突や違和が避けられないはずの食材と食材とが、魔法のようなジョイントを見せるカレーに似ている。  映像でPRして、商品を売る通販。ある一定のルールの下に、格闘を繰り広げるプロレス。いずれにも、筋書きがある。一方、恋愛には筋書きはない。付き合い始めるまではもちろん、付き合い始めてからはさらに筋書きが通用しなくなる。ここでは、プロレスに入れ込む男の変貌に女が戸惑い、女のイライラに男が戸惑うというディスコミュニケーションが淡々と描かれる。不思議なことに、そこにデフォルメはない。暗喩も漂わない。ただ、男も女も、通販会社で働いており、男はプロレスをする。彼の対戦相手である別の男性社員は、その女に気がある。ただ、それだけの接続が放置されているだけだ。  つまり、『いたくても いたくても』は、筋書きのあるものと、筋書きのないものを、同じ鍋に放り込み、グツグツと煮込んでいて、気がついたら、どっちに筋書きがあったか、なかったか、わからないほど溶け合っていた、そんな料理だ。  通販の本気。プロレスの本気。色恋の本気。それらは、本来、別のカテゴリーに属する本気だ。だが、この鍋のなかでは、なぜか溶け合い、わたしたちが知らなかった本気が浮上する。  こんな映画もある。そして、そいつは滅法旨い。混ぜれば混ざるほど美味しくなる、こいつはシネマ・エスニックである。(相田冬二)

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