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真実は好きかどうか、という話

ザテレビジョン のロゴ ザテレビジョン 2017/04/26
Facebookが使い分ける拡張現実と仮想現実 © KADOKAWA CORPORATION 提供 Facebookが使い分ける拡張現実と仮想現実

Facebook Spacesは、コミュニケーションから外的要因を取り除いた純粋な場を作り出してしまった、そんなとらえ方をするようになりました Facebook Spacesは、コミュニケーションから外的要因を取り除いた純粋な場を作り出してしまった、そんなとらえ方をするようになりました  「事実は小説よりも奇なり」というフレーズは、英国の詩人、ジョージ・ゴードン・バイロンの言葉として有名です。人によって創作された話よりも、事実の方が不思議なことがある、という意味合いです。  この中の事実に何を含むかは別ですが、あまり深く考えなくても納得できるのではないかと思うことは多々あります。  人が考えられる虚構は、その人が理解できている話ということになります。いや、そうでないものもあるかもしれませんが。これに対して、事実は主観・客観ともに、完璧な理解ができているかどうかはわかりません。しかし、それで良い存在でもあります。  高校の時にびっくりしたのは、気象では「カオス」、つまり何が起きるかわからないという分析を認めているということでした。  もちろん古い過去の地球や動物のことはまだまだ研究されている最中ですし、すべてが理解されているとは思っていませんでした。しかし現在進行形の事象についても「わからない」があり得るのだ、ということが意外だったのです。  「バタフライエフェクト」という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。気象学者のエドワード・ローレンツが「ブラジルの蝶の羽ばたきで、テキサスの嵐を起こすか」という講演から言われるようになった言葉で、観測誤差を完璧になくさなければ、その初期値に敏感に反応する事象を予測することができないという意味合いです。  これは我々の日々の生活にも当てはめることができるかもしれません。  たとえば、タッチの差で信号が渡れなかったために、向かい側のバス停に止まっていたバスに乗り遅れたとします。その理由をさかのぼってみると、アパートのエレベーターで1階に降りようとしたときに間違えて2のボタンを押してしまい、時間をロスしたとか、バスが前の停留所を5秒早く出発していたとか、自分や他の人が関係する様々な理由が浮かび上がり、さらにその理由を辿っていくこともできるでしょう。  しかしどれが最も有意なのかを評価しなければならないし、もしいかなる場合でも乗り遅れることを防ぎたければ、そもそも前の晩に少し早く寝て、その日の朝少し早く起きるしかないのかもしれません。  このように、事実は複雑なほかのことに関係しながら進んでいくし、我々が目にしているのはそうした事実の一面的な部分でしかありません。  小説を我々が楽しんで読んでいる背後には、我々が生きている世の中が複雑すぎるからなのかもしれませんね。 事実 vs. 虚構  さて、冒頭の「事実は小説よりも奇なり」の説明には、小説を「虚構」と扱っているものが多かったのです。  虚構というと、個人的にはさほどポジティブな意味合いがないのですが、虚構をポジティブに発信している「虚構新聞」は、ひとつのエンターテインメントになっていると思います。ところが最近、虚構として作った話が事実になってしまうことが少なくありません。それだけ現実世界も奇なり、ということなのでしょうが、当事者によって事実化されたりして、虚構新聞側による謝罪が多いことも確かですが。  そうしたエンターテインメントであるという前提でも、Twitterなどで勘違いが拡散して、大きな騒動になってしまう事件もたびたびありました。それをより大規模に仕掛けたようにみられるのが、米国の大統領選挙で話題になったフェイクニュースです。  特にその拡散の現場となったFacebookでは、フェイクニュースの方が実際のニュースよりも拡散力が強かった、との研究結果もあります(BuzzFeed)。  これに対抗すべく、FacebookやGoogleはフェイクニュースの拡散を防ぐ手段を講じることになりました。ちょうど直近で投票が行なわれたフランスの大統領選挙に合わせて、さまざまな取り組みが進んできました。近々、その検証も行われるのではないかと思います。 Facebookは、「Journalism Project」でフェイクニュース撲滅を打ち出しつつ、ジャーナリストやメディアをサポートする取り組みに、開発者会議でも力を入れていました Facebookは、「Journalism Project」でフェイクニュース撲滅を打ち出しつつ、ジャーナリストやメディアをサポートする取り組みに、開発者会議でも力を入れていました  先週開催されていたFacebookの開発者向け会議「F8」では、ジャーナリストやメディア向けのコーナーを用意し、技術的な支援や真実を伝えるためのプラットフォームであることをアピールしていたのが印象的でした。真実がきちんと伝わるプラットフォームになるという責任感の強さを物語る1コマでした。 SNSは事実と虚構、どちらが心地よい?  日本に限らず、面と向かって相手の事実を指摘すると、コミュニケーションをこじらせないで済むケースの方が少ないかもしれません。あるいは気の利いた返事を聴いて、「そうなんだ」と信じる人もいれば、「気づかいができるいいやつだな」と感じる人もいるでしょう。  しかし用心深い人は、「じゃあ本当はどう思っているんだろう」という疑問が湧いてしまう人もいるのではないでしょうか。だったら、初めから聞かなきゃいいのに、という立派な忠告も後の祭りです。いや、本当に何で聞くんだろう。罠なんじゃないかとすら思ったりするのですが。  SNSのコミュニケーションの輪の中に入る方が幸せか、そうでない方が幸せか、という話もあります。輪の中に入れば、友達と日常的にやりとりができますが、一方で本音を聞き出す場にはなりにくいことを知ると、急に面倒な場所に思えてきてしまうでしょう。  チャットの方がよりテンポが速く、言葉足らずも言い過ぎたことも、その場でフォローして誤解を防ぐこともできるでしょう。その意味で、より突っ込んだ話ができますが、だからこそ、既読なのに返事がなかったり、未読のままだったりすることにも意味が生まれてしまいます。  そんな事を考えていると、先週Facebookが発表したアバターでのVRコミュニケーション「Facebook Spaces」は、ちょうど良いタイミングなのかな、と思えるようになってきました。  ソーシャルといっても自分を含めて3人の部屋に、仮想の自分たちが存在しているというデモを見せてくれました。空間から存在まで、バーチャル。外的要因や不確定要素もなく、自分たちのコミュニケーションに集中することができるわけです。  その代わりに600ドルのヘッドマウントディスプレイのセットを手に入れる必要がありますが。 筆者紹介――松村太郎  1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。 公式ブログ TAROSITE.NETTwitterアカウント @taromatsumura

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