古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

神田の居酒屋にロボットが来た日

ITmedia エンタープライズ のロゴ ITmedia エンタープライズ 2017/03/07 08:00
神田の居酒屋にロボットが来た日: 東京・神田にある居酒屋「くろきん」がロボットを導入したと話題に © ITmedia エンタープライズ 提供 東京・神田にある居酒屋「くろきん」がロボットを導入したと話題に

 東京・神田駅から徒歩1分のところにある居酒屋「くろきん 神田本店」。何の変哲もないこの居酒屋に2016年12月、1体の小さなロボットがやってきた。

 そのロボットの名前は「Sota」。高さ30センチ弱の小さなロボットだが、乾杯の音頭を取ったり、上司にツッコミを入れたり、店員さんに絡んだり、一緒に飲み会のメンバーとして場を盛り上げてくれるのだ。

 Sotaを設置したテーブル席を、ロボットと飲める「飲みニケーションロボット席」として予約を受け付けたところ、予約が殺到し、来店者数も増加。実証実験として開始したプロジェクトから一転、常設することが決まった。

●飲み会を一緒に楽しむロボットが大人気

 ロボットが飲み会を盛り上げると言っても、ロボット自身が急に何かを話すというわけではない。Sotaには、ヘッドウォータースが開発するクラウドロボティクスサービス「SynApps」が実装されている。来店したお客が専用アプリ(SynApps Mobile)をインストールしたスマートフォンを使って、Sotaにコメントを言わせるというシステムだ。

 アプリでは選択肢で選べる定形文言のほか、好きな文章を入力して話させることもでき、自分の顔写真をアプリに登録すれば、次の来店時にSotaから“常連さん”として名前を呼んでもらえる。

 くろきんを運営するゲイトによると、ロボットとの会話を通して客が仲良くなり、常連が増えるのが狙いだという。

 「居酒屋で接客するスタッフは、1日100人以上のお客さまと出会います。お店のスタッフにとってお客さまは1対多数の存在ですが、逆にお客さま側からすれば、スタッフとは1対1の関係です。この間は仲良く話をしたのに、次に来たときに『初めて』という顔をされたら、さびしく感じてしまう。もちろんお店側としては覚えたくないわけではありませんが、人間には限界があります。そこでロボットの力を借りようと考えたのです」(ゲイト広報の尾方里優さん)

 導入の効果は顕著だ。来店者数は前年比で12月は10%、1月は14%増加した。もちろん“物珍しさ”から予約する客が多いのも事実だが、「この席を予約するために、飲み会の予定を動かしたという例もある」と尾方さん。Sotaの集客力の強さを物語るエピソードだ。

 ゲイトとしては、宣伝を予約サイトに依存する体質を変えたいという狙いもある。予約サイトが乱立する中、新規客の獲得に広告費をかけるのが通例だが、店側としては、新規客だけにお金をかけるのではなく、リピーターになってくれる客にもお金をかけたい。

 業界全体で競争の激しさが増す中、リピーターを増やさないと生き残れない――。この取り組みは、店のブランド価値を高め、“自力”で生き抜く店舗を目指すための試みでもある。

●“飲みニケーションロボット”の作り方

 このプロジェクトは、ゲイトとヘッドウォータースの社長が知り合いだったことがきっかけで始まった。SynAppsが2016年3月にリリースされ、顔認識機能を実装していたことから、ロボットを使って来店客の顔を認識できないかということで、2016年5月にプロジェクトが始まったという。

 ヘッドウォータースはコミュニケーションロボット「Pepper」での導入実績はあったが、店内に設置するにはPepperは大きすぎる。今回Sotaを選んだのは、見た目の可愛らしさもさることながら、「居酒屋のテーブルに設置できる大きさ」「顔認識をするなら人型がいい」という点を重視したためという。

 サイズはジョッキグラスよりも少し大きいくらいで、卓上での存在感もちょうどいい。その他にも、シンプルな作りで比較的安価であること、稼働部が少ないために壊れにくいといった点もメリットだ。

 その後、両社が協力して開発を進め、薄暗い居酒屋の中でSotaのカメラが客を認識できるのか、飲み会が行われる2〜3時間を人間と過ごすにはどんな機能が必要か、といった要件を固めていった。半年くらいで開発からテスト、そして実運用にまでこぎつけた。

 このシステムの大きなポイントは、Sota自身が何かをするわけではなく、ユーザーがアプリを通じてSotaに指示を出すところにある。

 「Pepperの場合は胸にタブレットがありますが、Sotaにはなく、コミュニケーションを取る手段が音(声)とカメラの2種類になります。居酒屋内はノイズが多く、音声入力は厳しい。そのためスマートフォンアプリを使うことにしました」(ヘッドウォータース 人とロボット事業部 事業部長の塩澤正則さん)

 音声入力を避けたのは、Pepperで苦戦した経験があったためだ。音声認識はマイクの性能が大きく影響し、Pepperでもミスをする。スマートフォンであれば、口元との距離を近づけられるがロボットはそうもいかない。そこで、「言葉を発する部分は人がスマートフォンアプリで操作する」「登録されている顔を見つけたらあいさつする」というシンプルな機能となり、仕掛けではなく、会話の内容を作り込んでいった。

 場所が居酒屋ということで、ターゲットはビジネスパーソン。開発者自身が、自分たちが飲みに行ったときにどんな会話ができると面白いかを徹底的に考えたという。

 「Pepperの案件では、新規のお客さまに対する案内役というシーンが多いですが、今回はロボットが2〜3時間ずっとそばにいることになる。そうなると、会話が楽しめる必要があります。じゃあ、会話ってどう楽しむのか? と掘り下げていきました」(ヘッドウォータース マーケティング推進室 室長の依光薫平さん)

 その入り口は“共感”。「やはり、仕事で疲れたビジネスパーソンは誰かに褒めてもらいたいし、認めてもらいたい」(依光さん)。そこからコメントを考え、「ダメだし」「店員さんと絡む」とリストを増やしていった。

 開発当初は、長い文章の方が面白いだろうと考えていたが、テストをしてみると使いづらいことが分かった。利用シーンが限られるうえ、Sotaが話し始めると人は会話を止めて聞いてしまう。飲み会においては、会話の流れを邪魔しないことが重要で「へえ〜」「分かるー」「うんうん」「いいね」といった、短い相づちを追加していったそうだ。

 入力に時間がかかるフリートークは、自ら会話を始めるときに使われることが多い。「部長、それセクハラですよ」など普段は言いにくいことも、ロボットを介して話させれば笑い話になる。「飲み会の後半になると、皆一生懸命になってSotaに何を話させるか考えるようになるんです」(依光さん)

●利用者が楽しめるシナリオ作りが開発のカギ

 高度なテクノロジーを使うわけではなく、ユーザーがどう楽しめるかをベースにサービスを作り込む。今回は特にUX(ユーザーエクスペリエンス=顧客体験)の設計にこだわっているそうだ。

 「ロボットアプリを作るときには、演出や企画が生み出す感覚と、テクノロジーが生み出す感覚の両方を意識しています。テクノロジーは驚きや『すごい』という感覚を生んでくれますが、それは長くは続きません。長く使ってもらうには、企画や演出、そしてロボット自体が生み出す価値を大事にしないといけません」(塩澤さん)

 今回のプロジェクトでは、テクノロジーよりも、アプリを使ったシナリオの演出や企画で生まれるアナログ的な楽しさを優先している。例えば「自然言語で認識して、ロボットが返事をします」といっても、いつ話しかけるのか、何を話しかけるのかが分からなければ、誰も使わずに終わってしまうだろう。

 人間がロボットと接するシナリオ、そしてそれが伝わる表現を大事にする。居酒屋によく来るグループ客が、ロボットに馴染めるにはどうすればいいか。ロボット導入が進むカギとなるのは、技術の進歩だけではないのだ。コミュニケーションロボットが目指す先が、受付などで一瞬だけ接するだけではなく、人間の生活に入りこむこと(あるいは共存)であれば、この視点がますます重要になる。

 くろきんでは今後、個人のスマートフォンでSotaを使えるようにしたり、事前に来店者の情報を登録できるようにしたりするなど、アプリの機能拡張を検討している。このほか、Sotaを追加で設置したり、シャープのロボット型携帯電話「RoBoHoN(ロボホン)」の導入も検討しているそうだ。

 業務用コミュニケーションロボットは、CRMの用途で利用されるのが現在の主流だが、Sotaに組み込むことについては、ゲイトとヘッドウォータースともに慎重だ。「技術的には可能だが、現段階で出しているメリットを失わずにどこまで機能を盛り込めるかが、次に目指す課題になる」という。

 ロボットが好きな食べ物を覚えてくれたり、商品をオススメしてくれたり――ロボットシステムのCRM活用が大きな可能性を秘めているのは確かだが、自分たちのビジネスと目的に本当に沿うものなのかを検証する必要があるだろう。

●機能とニーズ、ロボットはどちらを重視すべきか?

 今、世の中に出ているコミュニケーションロボットの多くは、高機能なロボットが人間の代わりに、ユーザーの目的を達成するというシナリオを描いているものが多い。しかし、ニーズをベースにしたUXを追求することで、ユーザーが自由にロボットを使い、自身の目的を達成することができるのではないか? 今回のプロジェクトはその可能性を示している。

 はっきり言ってしまえば、現段階ではスマートフォンをロボットのリモコンにしているにすぎず、技術的な驚きは少ない。しかし、これが人工知能による発話になった瞬間、ロボットが変なことを言い出して場が凍ったり、話の流れを変えてしまうというリスクが生まれる。

 高度な技術を使えば、サービスを使う側も提供する側もリスクを負うことになり、導入に必要な時間やコストが増えるだろう。今回のSotaは導入しやすく、利用者に受け入れやすい、「現実ベースですぐに使えるロボット」を目指したといえる。企業導入という面では、今はこちらの方が受け入れられやすいはずだ。

 もちろん、「鉄腕アトム」や「ドラえもん」のような自律型のロボットを目指す研究など、さまざまな機能を開発する動きも必要だ。理想を目指すことと、実際にユーザーに使われるためにできること、ロボットや人工知能の普及には、両方のアプローチが求められるのだろう。

ITmedia エンタープライズの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon