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芦田愛菜はやはり天才だったーー『山田孝之のカンヌ映画祭』で示す“子役”からの進化

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/02/21 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 偏差値70越えの名門私立中学に合格したことが話題となっている、“天才子役”の芦田愛菜。現在放送中のドキュメンタリードラマ『山田孝之のカンヌ映画祭』(テレビ東京系)に出演し、主演女優でもあり、マスコット的存在でもあり、物語のキーパーソンでもある役として活躍している。山田孝之がプロデューサーとしてカンヌ国際映画祭を目指すという、リアルかフェイクかわからない同番組。このカオスな世界観の中で、普段着の芦田がいる光景が絶妙なのだ。その“芦田愛菜がいる光景”の面白さについて考察してみたい。  同番組は、2015年に放送された『山田孝之の東京都北区赤羽』(テレビ東京系)を手がけた松江哲明監督と山下敦弘監督が再びタッグを組んだ、“山田孝之”シリーズ第二弾。山田が今までに大きな賞を受賞した事がないということで、「カンヌの1番のやつ」と称するカンヌ国際映画祭の最高賞“パルム・ドール”を取るため、山下監督と芦田と共に、1から映画制作をしていく記録である。  『山田孝之のカンヌ映画祭』の面白さは、『山田孝之の東京都北区赤羽』と同様に、山田の暴走と山下監督の常識的ツッコミというふたりの掛け合いの構図だ。とにかくマイペースな山田の突飛な提案と行動に、困惑しつつも渋々従う山下監督。そして、映画が作られて行く過程や、カンヌ映画祭だけでなく、海外でウケるためのHow toものにもなっている。そこには映画に対する様々な考え方や、日本映画界の問題点などが垣間見えてくるのだが、出てくる映画的言語を正統化しているのか、茶化しているのか、皮肉なのか、ボケなのか、山田の消化具合が全く読めないところに見る側も試される。  そんな山田による最初の視聴者への試しが芦田愛菜の存在。カンヌ映画祭に出品するための作品として、山田は親殺しの大量殺人鬼エド・ケンパーを題材にした映画を提案する。その配役として山田が連れてきたのが芦田だった。山田が提示した実物のエドの写真は、身長2mもある髭面でサイコパスな男。それだけに、ランドセルを背負った芦田が登場してきたギャップに「いやいやいや」と山下監督と同様に視聴者も思ったはず。本人は「山田さんと一緒に仕事ができるなら」とやる気満々で可愛らしいのだが、見方によってはあざとさや、出落ちのネタ要因と思ってもおかしくない。  首を吊った父親を背景に包丁を持った芦田が叫ぶという、短いパイロット版の映像を見た映画コメンテーターの有村昆は「親殺しから最も遠い存在のような芦田愛菜ちゃんに、親殺しを演じさせるのはコンセプトとしてあざとい」と苦言を呈した。しかし、その前に登場した日本映画大学の教授・天願大介は「カンヌを狙うなら不親切な作品が良い。誰が見ても分かりやすい交通整理された作品よりかは、バランスが悪くても監督のメッセージが剥き出しになった作品の方が刺さる。“日本映画はある程度共有されてる価値観”の上で面白さをすくっているだけで、それが価値観の共有されてない海外に行っても通じない。だんだんと日本映画はフィジカルが弱い方向に転んで行ってる」とコメント。海外の映画祭では“芦田愛菜”というバックボーンを知らない人たちが見るのであって、「あざとい」という考えはきっとない。だからこそ、視聴者も既成概念で見ていた事に気づかされる(と考えるのも山田たちに遊ばれているのかも)。  とは言え、番組は日本の枠組みの中なので芦田のイメージは拭えない。SNSを中心に“芦田プロ”と呼ばれるほど、子供ながらプロフェッショナルすぎる仕事ぶりをする芦田。そんな彼女が、暴走する山田に従順なのがやっぱり面白い。山田を尊敬する芦田、芦田を利用する山田、山田の暴走から芦田を守る山下、という奇妙な関係性。同時に、映画作りの理想を求める山田と、映画作りの現実を知っている山下監督、その間に挟まれ動かされる芦田という構図にもなっている。ある意味、芦田が視聴者目線の立ち位置とも言えるのだが、この3人が並ぶ絵面だけでもインパクトが強い。太川と蛭子が引退した路線バスの旅をこの3人でやってもらいたいぐらいだ。  芦田は同番組の中の映画に登場するだけではない。山田、山下監督と共にRPGのような3人のパーティとなって、情報調達や資金集めなどにも同行する。どこへ行っても大人たちは「芦田愛菜ちゃんだ」とニヤニヤし、なぜか低姿勢になるほど、天使のような存在感を放つ芦田。そんな天使が、制作費集めで渋っている映画会社に「1億円よろしくお願いします!」と頭を下げる時の破壊力たるや。また、芦田が夏期講習やラジオ体操があるため欠席となったカンヌへの視察では、山田と山下が芦田の写真を抱えながら持ち歩くというシーンがあった。そんな、芦田をマスコットキャラ的扱いしたふたりが、真面目な顔をして視察しているのだから、そのギャップに笑わないはずがないのだ。  「どうして映画で私を選んでいただいたんですか?」という芦田の問いに対し「シンプルにお芝居を見てビックリしたので。今回は共演と言う形じゃないですけど、共演というのもただ一緒に芝居がしたいというより一緒に仕事がしたかったんです。直で見たくなりますし感じたかったんですよ」という山田。『やさしい人』の監督ギョーム・ブラックが「最も大事なのは撮りたい場所ひとつと、撮りたい俳優をひとり見つけることです。場所と俳優が見つかれば映画ができたも同然です」と語っていたように、芦田がその“撮りたい俳優”に当てはまる。つまり、映画の可能性が充分見えているのだ。  しかし、カンヌ常連の映画監督・河瀬直美は山田に「カンヌとかどうでもいいんじゃない」「自分が作りたいと思うものを作る」とこれまでの方向性をバッサリ。芦田に「ひとつの道具みたいに使われちゃったりしない? 大丈夫? ギャーって叫んだら表現できるってわけじゃないよ?」と語り、今までの流れを覆して行く。そして先日放送された第7話“山田孝之 覚醒する”で、「本当にカンヌに行きたいならまず私の作品に出演してみない?」とまさかのオファー。出演した山田は、河瀬流の脚本のない演出で涙を流すほど役に入り込んだ。「これが私の映画」と若干ドヤ顔気味に山下監督は伝えたが、結局山田が感じたのは「河瀬作品もカンヌを狙って作られたもの」ということ。単に脚本を使わないというだけの影響しか受けなかったのも、皮肉めいているが面白い(後に演出も影響を受けている部分が出てくるかも知れないが)。  山田プロデュース映画『穢の森』は、脚本をつくらないと山田が強引に決定。漫画家・長尾謙一郎に依頼し、ニュアンスだけを伝えて描いてもらった“絵”から感じ取ったもので撮影を行うという。この無茶な要望に困惑するスタッフたち。特に山下監督は戸惑いの表情を見せた。芦田もここから演技を自分で考えなければいけないのだから動揺を隠せない。今になって見ると、受験を控えて勉強が忙しかった時期に、難しいことを考えさせないであげてとも思う。しかしとにかく、映画作りが本格的にスタートしたのだ。  この番組は全く先が読めない。どこに皮肉めいたトラップが仕掛けられているのか、最後まで見ないとわからないので、人によって感想は様々だろう。河瀬監督や有村などのセリフは、彼らが実際に言いそうなことだ。これはあくまでもドキュメンタリードラマなのだが、どこまでが演出かわからない。むしろそれを忘れさせるところがこの番組の驚異的なところ。それを踏まえると自然に振る舞う芦田は、やはりプロフェッショナルだと言える……と思うのも、山田の掌の上なのかも知れない。(本 手)

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