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行定勲ら5人の監督は“ロマンポルノ”をどう蘇らせたか? 松江哲明×モルモット吉田が語り合う

Real Sound のロゴ Real Sound 2016/12/16 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 初公開から45周年の今年、「日活ロマンポルノ」がリブートプロジェクトとして蘇った。総尺80分前後、10分に1回の濡れ場、撮影期間は1週間……行定勲、塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫、5人の監督たちが、同じ製作条件の元で表現を競い合うのが本プロジェクトだ。リアルサウンド映画部では、熱狂が過ぎ去った後、追いかけるように「ロマンポルノ」を体験した世代の映画監督・松江哲明氏と映画評論家・モルモット吉田氏による対談を企画。現在公開中の『ジムノペディに乱れる』、明日から公開される『風に濡れる女』を対象に、それぞれのロマンポルノ体験、2作品の考察から、日本映画に求められる“エロ”の表現まで話は及んだ。(編集部/メイン写真は『風に濡れた女』)

■「ロマンポルノ」に追いつけなかった悔しさ

モルモット吉田(以下、吉田):松江監督が初めて観た「ロマンポルノ」はなんでしたか。

松江哲明(以下、松江):高校生の頃、石井隆監督の作品が大好きだったんですが、監督のデビュー作を調べたらロマンポルノの『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)でした。どうしても観たい! となったのですが、レンタル屋には置いていなかったし、18歳になるまではそもそも借りることもできない。18歳になってすぐだったと思うんですが、書店で販売していたビデオ版を友達が買って、それを借りて観たのが最初の体験ですね。相米慎二や根岸吉太郎など、ロマンポルノを撮っていた監督たちの一般映画の新作は観ていたので、彼等のロマンポルノも、ものすごく観たかったんです。観たいのに観られない、ロマンポルノに追いつくことができない悔しさが当時はすごくありました。 吉田:僕が最初に興味を持ったロマンポルノは田中登監督の『実録・阿部定』(75)でした。高校生の頃、ビデオで大島渚監督の映画を順に見ていたら、やはり『愛のコリーダ』(76)が見たくなる。でも、ビデオは成人指定だから高校生が借りることはできない。そんな時に、同時期に阿部定を題材とした作品がもう1本あると知って、そっちも名作らしいと。もう我慢できずに父親のカードで(笑)、『実録・阿部定』と『愛のコリーダ』をレンタルして観たのがロマンポルノ初体験ですね。劇場体験で言うと、僕らの世代では90年代後半に行われた「神代辰巳レトロスペクティブ」がロマンポルノの入口だという人が多かったと思います。だから、どうしても神代辰巳や田中登といった監督の名前で作品を選んだり、批評家から評価されていた“名作”の縛りで「ロマンポルノ」を観てしまう傾向にある。3本立て興行のリアルタイムで観ている人からすれば、ロマンポルノは名作ばかりではなくて、女優を目当てに見るプログラムピクチャーなので、映画としてはハズレも多かったと言います。そういう見方は後追いの僕たちにはできていないですね。 松江:それはありますよね。今回のリブート企画も、いわゆる“名作ロマンポルノ”に触れてきた方が立てたものなんだろうなというのを感じます。 吉田:だから、現役で名の知られた行定勲、塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫という監督たちを中心にした企画になっているわけですね。 松江:ただ、今回のような企画がベテラン監督だけで、若手監督を起用しなかった点に不満が少しあります。 吉田:若手監督や女性監督を起用してほしかったという思いもありますが、完成した作品を観れば、リブート企画の第1弾としてはこれでよかったという気が僕はします。やはり若い頃に低予算で質の高い映画を撮っていた実績のある監督ばかりなので、どの作品も完成度が高いですよね。これはベテラン監督ならではの安定感だと思います。題材的に似通ったものばかりになるかもと思っていたら、各監督の個性がにじみ出ています。 ■『ジムノペディに乱れる』(監督:行定勲 出演:板尾創路、芦那すみれ、岡村いずみほか)

吉田:板尾さん扮する映画監督・古谷が行く先々で出会う女たちと絡みながら彷徨う1週間を描いた映画です。この劇中の映画監督は年齢的にも行定監督の自己投影を思わせる存在ですね。『世界の中心で愛を叫ぶ』(04)をはじめとして成功した行定監督が、落ち目の不遇な監督の話を撮ったら嫌味ったらしいものになるかと思っていたんです。でも、映画は行定監督のコンプレックスが強烈に反映されていますね。自分はいつダメになるかもしれないとか、自分より才能があったはずなのに芽が出なかった人への劣等感が素直に反映されている。

松江:この作品を観ると、映画監督ってモテるんだろうなと思ってしまいますね(笑)。 吉田:古谷のモデルは相米慎二監督らしいですよ。1週間自宅には帰らず、女性の家を渡り歩いていく感じとか。 松江:なぜ、同じ映画監督でもこうも違うんだと羨ましくなりました。僕はこんな経験したことないですよ(笑)。古谷を板尾さんが演じたのが良かったですね。俳優・板尾創路はもっと評価されていいと思うんです。壇蜜さん主演の『私の奴隷になりなさい』(12)では、『エンゼルハート』(87)のロバート・デニーロに匹敵する“悪魔”ぶりを見事に演じていました。言葉巧みに人を操っているのに、まったく威圧感はない。そこが板尾さんの役者としての不思議さで。本作でも、奥さんが事故にあって、仕事もダメで、行く先々で酷い目に遭うんだけど、まったく可哀想な感じはないんですよね。 吉田:格好つけているのに、格好悪い、そこが上手く出ていますよね。 −−相米監督がモデルとのことですが、こういった雰囲気の映画人は実際に多くいますよね。 松江:いるんですよねえ。僕が通っていた日本映画学校(現・日本映画大学)にもいましたよ。僕は講師の経験があるんですが、とても信じられない! 吉田:古谷みたいな中年の売れない映画監督の先生にハマる生徒は現実にもいますよね。それはともかく映画の中で映画監督を描くことは難しいんですよ。『カミュなんて知らない』(06)で描かれていた監督も類型的な描写だったじゃないですか。映画監督を映画内で描くと、この映画を撮っている監督自身との距離感が問われますね。 ■低予算の中でも表現される行定監督の手腕

−−低予算にも関わらず、本作は画面の豊さに溢れていると感じました。

吉田:行定監督は室内を撮るのが上手いですよね。奇をてらった撮り方をしているわけではないんですけど、平凡な作りの家を独特の空間の活かし方で魅力的に映し出すんです。『ひまわり』(00)、『贅沢な骨』(01)などの初期作を観たとき、何の個性もない狭い部屋をこんなに面白く撮れる人がいるんだなとびっくりしました。それはこの映画の主人公が住む米軍ハウスみたいな家や、助監督が主催するパーティのシーンでもそうですね。 松江:ここにカメラを置いて、人を並べれば、部屋の全体像がよく分かる、という撮り方なんですよね。なのに、いかにも凝った画を撮っています感が行定監督の映画にはないのがすごい。 吉田:この映画は低予算映画のお手本みたいなところがありますね。何でもない無個性な道を撮るときも、歩道橋を効果的に使ったり、住宅地で逃げ惑う中、ゴミ箱にいきなりダイブしたり。そんなのは基本だとも言えるでしょうが、最近は何の工夫も凝らしていない低予算映画を見ることが多いので、新鮮に感じました。 松江:観ていて面白いと思ったのは、観ているものがどこまで現実か分からないなというところ。古谷の1週間があまりにも都合が良すぎるので。奥さんへの想いを他の女性たちに古谷はぶつけているわけだけど、あれは全部彼の妄想と捉えることもできる。 吉田:そう解釈すると面白いですね。 松江:古谷が意識の戻らない奥さんの見舞いに行って、病院の看護師さんとやっちゃうところなんてまさにそう(笑)。周りが止めに入るから、彼の妄想じゃなくて現実なんだと分かるけど。行定監督の映画に共通するテーマなんですが、映画として描かれた時点で、ひとつの“ファンタジー”として描いているんですよね。その大胆さこそが映画だという強い意図を感じます。 吉田:毎回入りますよね。わざと画面を壊すというか、ちょっと変な描写を入れる。でも、それで映画が破綻するわけではない。 松江:行定映画には“停滞”がないんですよね。他の監督の作品だと、何かが起きそうなストーリーだったり仕掛けを施して、そこで一旦止まってしまう。でも、行定監督の映画は止まらないんです。 −−リブート企画の第1弾ということもあり、5本の中では一番観やすいのではないでしょうか。 吉田:そうですね。かつてのロマンポルノを意識して観るというよりは、90年代後半〜2000年代頭にデビューした監督たちの原点回帰として観ると面白いのではないでしょうか。 松江:でも、僕は「10分間に1回の濡れ場がある」というロマンポルノのルールは知っていた方がいいと思うんですよね。この女優は脱ぐんだなと思いながら観るのも一興というか。 吉田:もちろん、フォーマットは知っておいた方がいいと思うんですけど、過去のロマンポルノとの比較で観る必要はないかなと思いますね。 ■『風に濡れた女』(監督:塩田明彦 出演:間宮夕貴、永岡佑)

松江:そういう意味では『風に濡れた女』はまさに、今までのロマンポルノのオマージュみたいな映画ですよね。

吉田:神代辰巳監督の『恋人たちは濡れた』(73)の続編のような始まり方です。自転車に乗った女が海に突っ込んで、陸に上がってくるといきなり見知らぬ男の前で裸になるという突拍子もなさ。この調子で全篇進むと神代を意識しすぎた作品になるかと思ったら、塩田監督の映画に引き寄せていく。ロマンポルノが好きな層や、ミニシアターに足を運ぶ観客なら、かなり面白く観られると思います。 松江:神代オマージュが全快ですよね。 アクロバティックなセックスとか、肩車でかついだ後に落とすアクションとか。観ていて面白くて仕方ないんですが、 ここまでやりたい放題でいいのか、と(笑) 吉田:塩田監督はそのあたりを単なるオマージュというより、一昨年に発売された著書『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(イーストプレス刊)の実践編として撮っていますね。あの本ではカサヴェテスや神代について分析されていましたけど、そこで分析していたことがこの映画で応用されています。 松江:“コメディ”なのがいいですよね。セックスってこういうカラッとした明るさが必要なんだなと。女性が主導となって男に新しい生きる道を教える、そこが神代作品っぽいんですよね。だから、この作品で「ロマンポルノって面白い!」って目覚めるきっかけになってしまう可能性はありますね。 吉田:塩田監督は脚本家・大和屋竺さんの本にも参加されていましたが、大和屋さんの匂いもこの映画にはありますね。『荒野のダッチワイフ』(67)や『処女ゲバゲバ』(69)を思わせるシュールな笑いが入ってくる。それが無理やり入れたのではなく、塩田監督が本来持っていた資質が加味された感じがあって、上手く作品に結実したと思いますね。こういった企画がなければ今の塩田監督がそういう面を出す機会がなかったと思うので、ベテランの監督たちに“場”を提供するというだけでも意義があったと思います。 松江:塩田監督のデビュー作『露出狂の女』(96)がすごく好きな作品なんですが、『月光の囁き』(99)など初期作品を思い出しました。 吉田:行定監督もそうですが、商業監督として地位を築いた監督たちのデビュー作に近い自由な雰囲気の作品を、今観ることができるとは思いもよらなかったです。 −−本作では主演の間宮夕貴さんの存在感が強烈ですね。 吉田:間宮さんの野獣感はいいですよね。彼女にロックオンされたら、絶対に逃れられない感じがある。全身からにじみ出る“肉体感”がとにかくすごい。 松江:人間賛歌みたいな感じがしますよね。こんなことであんた悩んでいるの! て言われている気がしてくる(笑)。 吉田:冒頭、世捨て人として女を断った男(永岡佑)がリヤカーを引いているところに後ろから飛び乗ついてくる姿なんて、体のしなやかさがすごい。 ■『変態だ』の魔法と、『ジムノペディに乱れる』『風に濡れた女』の技術 −−これだけエロが溢れてしまったいまの時代に観客は何を求めてロマンポルノを観に行くのでしょうか。 吉田:映画の中で、日常や恋愛、食を丁寧に描くのと同じぐらい性も同じボルテージで描いてほしいという思いが僕にはありますね。日本映画の乳首死守問題と言われたりすることがありますが、僕は見せないなら見せない演出をすればいいと思うんですよ。そこを工夫せずに不自然な手の隠し方とかをするから気になるわけで。例えば1975年の黒木和雄監督作品『祭りの準備』で竹下景子が脱いでいるシーンがあるんですが、カットを割っているので、脱いでいるのにむしろ(代わりの女優の)吹替えのように見えているんですよね。でも、それはあくまで演出と編集を優先したからそうなったので、今だったらこの女優は脱いだから全身を映すという発想にしかならないと思うんです。過剰に見せるか、過剰に見せないかになるからつまらない。ロマンポルノを名の知られたベテラン監督たちで第1弾が作られて良かったなと思うのは、他の描写と性描写をフラットに描いてくれたことですね。 松江:例えば『テレクラキャノンボール』も、AVをたくさん観ている人からすると、ハマジムが制作する変化球のひとつじゃないですか。それが背景をまったく知らない人が観ると、バラエティ番組の進化系として観ちゃったり、ドキュメンタリー映画としてすごいという評価になる。知らない人が観るだけで、AVが映画にもなるんですよ。それはかつてのロマンポルノが持っていものでもあり、現在まで生き残った理由のひとつですよね。そういう意味では、今回の5作品は“映画”として、普通に面白いんですよ。実は、そこが不満でもあり……。今回の企画が社会現象になったり、文化になり得る力があるかというと疑問があるんです。僕は今の時代に復活する以上は『テレキャノ』や『恋の渦』といった近年の成人向けのエンターテイメントをライバル視して欲しかったな、とも思います。 吉田:今回の新作を3本立ては無理にしても2本立てでやるとかね。今回も2本続けて喋りましたけど、できるだけ全部観て比較してもらいたいですね。 松江:みんなエロをそのまま観ることにうんざりしていると思うんですよね。AVが隠れて観るものではなくて、生活の一部と言ってもいいぐらいに観るのが容易で当たり前になってしまった。だから、エロを変わったアングルから観たいという人にとってはいいと思うんです。 吉田:ロマンポルノではありませんが、現在公開されている『変態だ』や『雨にゆれる女』などもセットで観ると、“エロ”の表現がどこまでできるのかという見比べができるんじゃないですか? 松江:『変態だ』が最近見たエロを扱う映画で一番面白かったです。まるでロマンポルノに対抗するピンク映画のような存在感があって。『変態だ』には制約を意識して作っている感じがするんです。アフレコとモノクロの質感がいい。縛りがあるからこそ、『変態だ』には映画の魔法がかかっているんですよね。でも、今回のロマンポルノには“技術”はあるけど、魔法がないと思いました。 吉田:『変態だ』は新しいことはなんにもやっていないんですよ。にも関わらず、それを愚直にやっているのが面白い。だから、『変態だ』の魔法と、『ジムノペディに乱れる』『風に濡れた女』の技術、どちらを魅力に感じるかは人によって大きく分かれるでしょうね。 松江:そうそう。『変態だ』に怒る人は絶対いるとは思う。でも、オールナイトの3本目とかであったら、お客さんがめちゃめちゃ喜ぶものだと思んですよ(笑)。ある状況によっては最高の1本になってしまう可能性もある。 吉田:僕も東京国際映画祭のオールナイトで松江監督の『俺たち文化系プロレスDDT』と、手塚眞監督の『星くず兄弟の新たな伝説』の後で3本目に『変態だ』を観たから、むちゃくちゃ面白かったけど、単独で昼間みたらどうなんだろう(笑)。 松江:ロマンポルノって撮影所が培ってきた確かな“技術”があるわけですけど、それに対抗するものとしてピンク映画のゲリラ手法などがあったわけですよね。滝田洋二郎監督や若松孝二監督の作品にはそれがあって。『変態だ』にはそれが脈々と受け継がれている感じがするんです。 吉田:『変態だ』はロマンポルノじゃなくて、初期のピンク映画のテイストなんですよね。ロマンポルノの開始当初は先行のピンク映画と比較されたわけですけど、それと同じとは言えないでしょうが、『変態だ』とロマンポルノリブートを続けて観ると、エロをどう映画で描くかということの視点の違いを感じることができると思います。 松江:『変態だ』は今年の問題作だと思いますよ。数年前、どんな方法で自分は作ればいいんだろうって考えた時に、タランティーノの『グラインドハウス』に救われたんです。自分の好きなことをそのままやればいいんだと。それと同じものを『変態だ』にも感じたんですよね。映画に“魔法”がかかっていたから。 吉田:昔の若松孝二監督のピンク映画のような内容なんですよね。『胎児が密漁する時』(66)とか『狂走情死考』(69)みたいな。 松江:でも、みうらじゅんさんも安齋監督もきっと若松映画に思い入れはないですよ(笑)。もしかしたら映画も見ていないかもしれない。でも、不思議と似ているところがあるんですよね。だから映画作りって面白いんですよ。(取材・構成=石井達也)

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