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観客の心理を操る『スプリット』 ヒッチコックに通じるシャマラン監督の演出の秘密

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/05/17 株式会社サイゾー
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 M・ナイト・シャマランといえば、大きな評価を得た出世作『シックス・センス』以来、もはや彼のトレードマークとなった意外なラスト、そして演出力の高さを武器に、ハリウッドの第一線に立ち続け、一時代を築いた映画監督だ。しかし近年は興行成績でも、作品の内容でも失速を続け、「新しい『スター・ウォーズ』を作る」と意気込み、150億円の巨費を投じた『エアベンダー』では、最低映画に贈られるラジー賞5部門受賞という不名誉な評価を受けるなど、一時の権勢は失ったかに思えた。だが、状況はまたもや変わってきている。これまでの大作主義から外れた、比較的低予算のスリラー映画『ヴィジット』がスマッシュヒットし、スケールダウンした環境の中で、演出の切れ味を取り戻したことで、評価がまた高まりつつあるのである。続く本作『スプリット』も、シャマラン監督としては低予算で撮られたサイコ・スリラーの意欲作である。これらの作品からまた、新たなシャマラン伝説が築き上げられていくのだろうか。ここでは、『スプリット』やシャマラン監督の過去作を振り返りながら、彼の演出の秘密に迫っていきたい。  「意外なラスト」が話題となるシャマラン作品だけあって、本作『スプリット』にもいくつかの仕掛けが用意されている。それら重要な事実が明らかになってくる後半のストーリー展開には、もちろんここでは触れないように書いているが、前半の展開や、テーマを読み解くヒントなどについて、完全に情報をシャットアウトしたい読者は、本作の鑑賞後に読むことをおすすめする。  物語は、友達のバースデー・パーティーが終わり、3人の女子高生たちが帰宅しようとするところから始まる。保護者のひとりが3人を家まで送るため乗用車に乗せるのだが、駐車場で後方のトランクに荷物を詰めている途中で暴漢に襲われてしまう。3人を乗せた乗用車は男に乗っ取られ、さらに彼女たちは薬剤を噴射され眠らされてしまう。目が覚めると、彼女たちは自分が密室に監禁されていることに気づくのだった。  ここまでのシーンが、見事と言う他ない演出で表現されるのである。魔女を題材とした恐怖映画『ウィッチ』(日本ではこれから公開が予定されている)でブレイクした、神秘的な雰囲気を持つ女優、アニヤ・テイラー=ジョイが演じる女子高生ケイシーは、襲撃の際に助手席に乗っており、何とはなしにサイドミラーを確認し、トランク周辺に荷物が散乱しているのを発見することで、いち早く異変に気づく。それと同時に、運転席に人が乗り込んでくる。いやな予感を抱きながら、おそるおそる運転席の方に顔を向けると、やはりそこには見知らぬ男が乗っている。ケイシーは、ゆっくりゆっくりドアのハンドルに指をかける。この、ねっとりと描写されることで高められた緊迫感を味わいながら、久しぶりに「映画を観ている」という実感がこみあげてくるのである。クリント・イーストウッド監督の『マディソン郡の橋』においても、車内からドアを開けようとする緊迫したシーンがあったように、ここでは、イーストウッドや、近年のスティーヴン・スピルバーグ監督、ロバート・ゼメキス監督などが持つようになった、どっしりとした「本格感」が味わえるのだ。では、このシャマランの「本格感」は、どこから生じたものなのだろうか。  『シックス・センス』が劇場公開されたとき、冒頭に「この映画の結末を他の人に話さないでください」というブルース・ウィリスからのメッセージがスクリーンに映されたことを覚えているだろうか。過去に、これと同様のことをした映画監督がいた。サスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコック監督である。ヒッチコックの代表作『サイコ』では、複数の公開劇場において、ストーリーについて口外しないように、また途中入場をしないようにという、異例の注意喚起がなされ、そのことがさらに観客の関心を惹いて大ヒットへと繋がった。シャマランの試みは、その山師的なところも含め、このヒッチコック監督へのオマージュに他ならないだろう。ヒッチコックが自作にちょっとだけ姿を見せるというお遊びをパロディーにしていることからも分かるように、彼が意識的にヒッチコックを模倣しているのは、自他ともに認めるところである。  ヒッチコックとフランソワ・トリュフォー監督が対談した書籍『ヒッチコック 映画術』では、ヒッチコック映画の演出術が、たっぷりと語られている。例えば、「あるスパイが、屋敷から機密文書を盗もうとしている。しかし、それはニセ書類だったということが後に分かる」という物語があるとする。ヒッチコックによると、これは映画ではわりとよくある展開で、観客に先読みされてしまうおそれがあるという。彼は、このサプライズを効果的にするために、「書類を置いた部屋の前に番犬を置けばいい」と説明する。スパイが苦心して、音を出さないように番犬を手なずけるシーンでハラハラさせることができれば、観客は書類がニセモノであることに気がつきにくくなるというのである。観客たちの心理は、「演出」というヒッチコックの見えざる手によって、見事に誘導されていくのだ。  映画や文学作品などが無かった時代、人は焚き火を囲んだりしながら、「語り部(かたりべ)」が伝える物語を楽しんでいた。語り部の仕事は、聞き手を面白がらせ、物語を効果的に伝えるということである。映画における「演出」というのは、つまりは、この語り部のように、「観客の反応を読み取りながら、物語をどう伝えるか」というところに集約されるはずである。ヒッチコックがつかんでいる演出術というのは、この根本に通ずる本質的な技術なのだ。そして、シャマランはヒッチコックの模倣をすることで、その感覚を共有することに成功しているように見える。そして現在、そのような力を感じることのできる演出は貴重なものになってしまった。  多くの監督作で脚本も手がけているシャマランは、本作『スプリット』では、やはり『サイコ』を思い出させる心理的な恐怖を扱っている。狂気の監禁者を演じるジェームズ・マカヴォイは、イギリス映画『フィルス』で、コカインに溺れ錯乱状態に陥った刑事を演じるなど、破滅的な心理を表現できる演技派として、今回23人格を持つ多重人格者という、一歩間違えれば陳腐になってしまう、極端に難しい役を演じている。この監禁者は、欲望を露わにする人格になったり、女性の人格になったり、子どもの人格になったりしながら、監禁された女子高生たちと接し始める。ケイシーは恐怖を感じながらも、その人格の違いを利用して、脱出を試みることになる。本作の舞台は、暗く狭い監禁部屋が中心となるが、一人の体の中にいる23人の人格が、派閥をつくり主導権を奪い合うという、目に見えない権力構造を描くことで、もう一つの世界を作り出し、奥行きを生み出しているのである。  このような多重人格を描いたサイコホラー映画は多いが、その皮きりとなったのは、二重人格から起こる事件を描いた小説『ジキル博士とハイド氏』の、1920年に撮られた映画版からであろう。映画は早い時代から、「人格が変わる」という恐怖を描いてきたのである。変わったところでは、キスをすると自分が猫科の猛獣に変身してしまうという異常心理を持った女性の苦悩と事件を題材とした、『キャット・ピープル』という恐怖映画もある。このような恐怖映画の伝統的な枠組みのなかに、シャマランは今回、あえて手を突っ込み、ヒッチコックを通しながら、恐怖の始原を探る試みをしているはずである。こういった映画史的な流れを意識することで、さらに作品世界を立体的なものとしてとらえることができるのだ。  本作が描くのは、ジェームズ・マカヴォイが演じる人物の心理だけではない。女子高生ケイシーの幼年時代の出来事が並行して描かれ、彼女の過去が明らかになっていくことで、作品は意外な方向に向かっていく。ここでは、ヒッチコックが観客の心理をコントロールしていたように、観客の予想を狂わせる仕掛けがいくつも用意されている。観客自身が先の展開を予想しながら観ることで、『スプリット』の魅力は、さらに深まることになる。しかし、観客は無理にそのような楽しみ方をしようと努力することはない。映画を観ているだけで、うまくそこへ誘導させられ、否応なしに先読みゲームに参加させられていくのだ。これこそが、シャマランの演出力によってもたらされる最大の効果なのである。(小野寺系)

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