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診断翌日、不明に 3姉妹父の手がかり求め13年

毎日新聞 のロゴ 毎日新聞 2014/05/10 00:40 毎日新聞
Photo: 青山重雄さん=家族提供 © 毎日新聞 青山重雄さん=家族提供

 認知症で行方不明になる人が全国で相次いでいる問題で、10年以上安否すら分からないまま肉親の帰りを待ち続ける人たちがいる。失踪宣告を受けて法律上は死亡と扱われてもいとおしい人への思いは変わらず、今もその姿を捜している。【山田泰蔵、銭場裕司】

 大阪市で保護され身元不明で仮名のまま介護施設で暮らしていた認知症の男性について毎日新聞が先月報じたところ、行方不明の身内を捜す複数の家族から毎日新聞に問い合わせがあった。そのうちの1人が、13年前に82歳でいなくなった父の青山重雄さんを捜す長女の庄司しげみさん(65)。母マサエさんも1年半前に88歳で死去し、空き家となった徳島市の自宅に栃木県から移り住んだ。「父がいつ帰ってきてもいいように、私がこの家を守るんです」。近くの妹2人とともに父の帰りを待っている。

 2001年7月10日夕、庭先で日曜大工のような作業をしていた重雄さんにマサエさんが声を掛けた。「お茶でも入れるから待ってて」。戻ってくると重雄さんの姿はなかった。誕生日祝いで次女の竹路(たけじ)陽子さん(63)から贈られたばかりの自転車で出かけたようだった。

 重雄さんは前日、「軽い認知症」と診断された。5日前に数時間行方が分からなくなり心配した家族が近くの医院を受診させたのだ。万一に備え、しげみさんが全地球測位システム(GPS)機器を探すなど対応を始めようとした矢先だった。

 届けを受けた徳島県警は県下全署に手配。家族も、重雄さんが生まれ育った場所や、お気に入りのお遍路先などを捜し歩いたが、自転車すら見つからない。三女の井筒浩子さん(58)はひと月以上、毎日父を捜して四国中を飛び回った。占師の言葉を頼りに親戚総出で川をさらったことも。情報を求めてコンビニや公民館に張ってもらったポスターは1000枚を超えた。

 子煩悩で笑顔の絶えない父だった。薬品会社の営業職。休みの日はいつも行楽地に連れて行ってくれた。身長152センチと小柄ながら、阿波踊りで同僚たちの「連」を率いて先頭で踊る姿を忘れられない。姉妹は「人なつっこくて愛嬌(あいきょう)があるから、名前が言えなくてもどこかで保護されて暮らしていれば……」と思いを巡らせる。

 「色あせたポスターを見ると切なくなる」。次女の陽子さんは無情に過ぎる歳月を嘆く。数年たつと周囲からあきらめの声が漏れた。行方不明から7年になる年、姉妹はお寺で葬儀を営んだ。法律上「死亡」したとみなされる失踪宣告の期間が過ぎたためだ。宣告を受けて死亡届も提出した。だが、本心は違う。「私たちは簡単に割り切ることはできない。周囲の人たちとの関係でひとつの区切りは付けたが、あくまでも仮の葬儀です」。姉妹はそう口をそろえる。

 姉妹は毎年、必ず県警本部に足を運ぶ。警察庁が1年ごとにまとめる身元不明死亡者のリストを確認するためだ。数百人の遺体の顔写真を見るのは本当につらいが、しげみさんは「私たちにはこれしか道がない」と言う。

 認知症の疑いがある行方不明者届は12年に9607人、同年中の死亡確認は359人に上る一方、見つからなかった人は200人を超えることが毎日新聞の取材で判明している。仮名で暮らしていた男性はその後、家族と再会できたが、身元不明者の実態を国は正確に把握していない。姉妹は「死亡者のリストではなく、生きている身元不明者の情報がほしい」と話す。情報提供は徳島県警徳島東署(088・624・0110)へ。

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