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邦画だけれど邦画じゃない『バンコクナイツ』の目線 空族は“微笑みの国”の裏側をどう描いた?

Real Sound のロゴ Real Sound 2017/03/10 株式会社サイゾー
© Real Sound 提供

 数年前、フラっとタイに行ってみた。バンコクでマッサージ三昧、小舟に乗って水上マーケットを楽しみ、象に乗る。なんという平和な光景。ライトアップされたアユタヤ遺跡に、夜景のきれいなレストラン、そしてナイトマーケット。日中ののんびりした田舎を思わせる空気感と、少し危うさをはらんだ都会の夜の活気。 参考:菊地成孔の『ラ・ラ・ランド』評:世界中を敵に回す覚悟で平然と言うが、こんなもん全然大したことないね  帰国前夜、楽しみの一つだったニューハーフショーに行ってみた。それはとても煌びやかな世界で、見とれては腹を抱えて笑ったりして、これもタイの醍醐味だと私はすっかりその熱気に酔いしれていた。しかし、そんな余韻もつかの間、これまでの空気を一変するような出来事が起きる。  ニューハーフショーを堪能し劇場ホールまで出ると、有料の記念撮影タイムで出演者のニューハーフたちがズラりと並んでいる。私は一緒に写真を撮ってもらい、料金を払ってその場を離れようとした。するとニューハーフの美女たちが、これまでの煌びやかな印象とは一転、「チップ!チップ!」と迫って来るではないか。そのあまりの変わりように一瞬身震いがした。もちろんチケット代は別で払っている。  たどたどしい英語で「ねー、お金持ってんでしょ!チップちょうだいよ~!」そこで多少のチップを渡すと「えっ?これだけ?!」と、今度は勝手に人の財布の札入れ部分に手をかけ、中身を覗く。「持ってるじゃん!もっともっと!このお札全部ちょーだいよ!」と奪われそうな勢いで財布を掴まれる。こちらも負けじと「これはあげられない!」と突っぱねた。  すると彼女らは目をむき出しにして、こちらを威嚇するかのようなポーズをとり、野太い声で「ブー!」と、吐き捨てるかのようにこちらに向かって吠えてきたのである。その印象があまりに強烈で、夢にまで見そうなほど恐ろしく、それまでのタイでの楽しかった日々が一気にブッ飛んだ。微笑みの国、タイ。  私は、映画制作集団「空族」の最新作『バンコクナイツ』を観ながら、そんなタイでの出来事をなんとなく思い出していた。ただ、この映画はニューハーフの話ではない。タイ、バンコクの日本人専門歓楽街“タニヤ通り”。タイ人娼婦“タニヤ嬢”ラック(スベンジャ・ポンコン)と元自衛隊員オザワ(富田克也)の、バンコクから東北地方イサーン、ラオスへと至る、二人の逃避行を描くロードムービー。また、それをとりまくタニヤ嬢たちと、バンコクに蠢く怪しい日本の男たちとの群像劇である。今作では、監督自らが主演のオザワも務めている。  女、金、ドラッグが蠢くタイの裏の顔。微笑みの国に隠された、悲しい歴史的背景。タイ人娼婦“タニヤ嬢”は、今日も金欲しさに日本人の男たちに体を売る。なんとか金持ちの日本人男性をつかまえて、成り上がろうとする。突破口を見つけようともがく。HIVに感染する者もいる、薬に手を出す者もいる。命がけで金のために体を売る。日本人男性はタニヤ嬢を人とも思わず、タニヤ嬢は日本人男性をカモと見る。薄汚れた取引。ノーマネーノーライフ。人生、金がすべて。その裏に隠された、タニヤ嬢の哀しみと苦悩…。  日本側から海外の事情を描こうとすると、どうしても第三者目線や日本人目線になりがちだ。でもこの作品は、そのどちらでもない。現地の風を自らの肌で直に感じ取り、その実態と一体になって、まるでドキュメンタリーのように表現に載せた部分に魅力を感じる。“作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する”がモットーである「空族」だからこそ、実現できる自由な発想と世界観。またこの手の内容の作品では強調されがちなラブシーン、ベッドシーンをほぼ取り込まずして、ここまでの生々しさを感じさせるとは奥が深い。  光と影。邦画だけれど邦画じゃない、ニュータイプのアジア映画を発見した気がした。(大塚 シノブ)

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