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集団的自衛権、“不祥事”裁判を容認・根拠とする危険な安倍政権~日米の密談が生んだ判決

サイゾー のロゴ サイゾー 2014/04/24 Cyzo

 1957年といえば、本稿読者の多くは、まだ生まれていなかったかもしれない。そんな時代に起きた事件に、にわかにスポットライトが当てられている。「砂川事件」と呼ばれる、60年安保闘争の前哨戦ともいうべき事件だ。裁判では、日米安保条約と米駐留軍の合憲性が争われた。

 安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈を実現するために、その根拠として、この事件の最高裁判決を持ち出している。しかし、同判決は集団的自衛権の憲法適合性については、まったく判断していない。そればかりか、当時の最高裁長官が裁判の前や最中に数度にわたって米国の代表者と密談し、情報提供するという、司法の独立性・中立性に大きな疑問符がつく事態であったことが、明らかになっている。

●日米両政府に衝撃を与えた「伊達判決」

 事件が起きたのは、57年7月8日。米軍基地拡張計画に反対する農民らを学生や労働者が支援する「砂川闘争」が展開されていた東京都砂川町(現在は立川市)で起きた。土地の強制収容のために特別調達庁(その後防衛施設庁、現在は防衛省に統合)の係官が測量をしようとした際、反対するデモ隊が機動隊と衝突。デモ隊の一部が米軍基地内に数メートル立ち入り、23人が逮捕され、うち7人が日米地位協定に伴う刑事特別法に違反しているとして起訴された。

 一審の東京地裁は、59年3月30日、「日米安保条約に基づき、わが国に駐留する米軍の存在はわが国の戦力に当たり、戦力保持を禁止する憲法9条に違反する」として、全員に無罪を言い渡した。伊達秋雄裁判長の名前をとって「伊達判決」と呼ばれる。

 この判決は、翌年に安保条約を改定する準備を進めていた日米両政府に大きな衝撃を与えた。日本政府は事件を早く片付けるべく、米政府の意見を入れて、高裁を飛び越して最高裁に直接上訴する「跳躍上告」を行った。

 最高裁は期待に応えて、猛スピードで審理を行い、その年のうち(59年12月16日)に、一審判決を破棄し、事件を東京地裁に差し戻す判決( http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122921884541.pdf )を出した。

 判決は、憲法が禁じた「戦力」とは、「わが国がその主体となって、これに指揮権、管理権を行使し得る戦力」であって、在日米軍はそれに当たらないと認定。安保条約については、「わが国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有するもの」として、「裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のもの」とする「統治行為論」の立場を示しながら、「違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない」として、違憲判決を否定するという、わかりにくい書きぶりになっている。自衛権については、「主権国として持つ固有の自衛権」(個別的自衛権)を認めた上で論を進めているが、集団的自衛権には触れていない。

●「伊達判決」を米大使の前で批判した最高裁長官

 最高裁の判決には、判決として決まった主文と理由のほかに、裁判官の個人的な意見も書き加えられる。この最高裁判決では、10人の裁判官が個人的意見を披瀝している。

 その中で、当時最高裁長官だった田中耕太郎裁判長は、「事案は刑事特別法によって立ち入りを禁止されている施設内に、被告人等が正当の理由なく立ち入ったということだけ」であると強調している。米軍駐留が違憲であろうと、裁判所は基地に許可なく立ち入った事実が刑特法違反に該当するかどうかの判断をすればいいのであって、「原判決(伊達判決)は本件の解決に不必要な問題にまで遡り、論議を無用に紛糾せしめるにいたった」と述べている。「まったくよけいなことをしてくれた」と言わんばかりだ。

 近年、米国の公文書解禁によって、この事件に関し、在日米大使館が本国宛てに送った秘密電報の内容が明らかになった。それによると、田中長官は、ダグラス・マッカーサー2世・米大使と数回にわたって「内密の話し合い」を行った。この席で、田中長官が審理の日程、判決期日の予定、さらには一審判決破棄の見通しなどを米側に伝えた。田中長官は、伊達判決の憲法判断は「まったく間違っている」と米大使の前で批判もしている。

 米政府を代表する大使は、この裁判の当事者、もしくは準当事者である。そこに裁判長が密かに接触し、情報提供していただけでも、判決の公正性は疑われる。ましてや、それを日本の司法の最高権威である最高裁のトップが行っていた。司法の政治的中立性も主権国家としての尊厳も、かなぐり捨てたに等しい行為だ。米側と密談をしていたからには、日本国の政府ともなんらかの意思疎通があったと考えるのが自然だろう。日本の司法の信頼性が大きく損なわれる、大不祥事である。そんな判決をありがたく引っ張り出してきた高村正彦・自民党副総裁や、それに乗った安倍首相の見識を疑わざるを得ない。

 安保条約改定をめぐっては、大規模な反対運動が巻き起こり、デモ隊が国会に突入する事態も起きた。そんな騒然とした中、最高裁がこの判決を出した1カ月後の60年1月19日、米ホワイトハウスにて新安保条約が調印された。署名したのは、日本側が岸信介首相、米側がアイゼンハワー大統領。安倍首相は、祖父の政治判断にお墨付きを与えてくれた判決を、今度は自分の守り札にしようということなのだろうか。(文=江川紹子/ジャーナリスト)

※画像は砂川闘争を展開している人々(「立川市 HP」より)

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