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NECから温泉旅館へ転身――元エンジニアが挑む、老舗ホテルのIT化

ITmedia エンタープライズ のロゴ ITmedia エンタープライズ 2017/07/30
NECから温泉旅館へ転身――元エンジニアが挑む、老舗ホテルのIT化: ホテルおかだ 取締役営業部長 原洋平さん © ITmedia エンタープライズ 提供 ホテルおかだ 取締役営業部長 原洋平さん

 日本を代表する温泉リゾート「箱根」。年間約1900万人の観光客が訪れ、およそ400万人が宿泊する。火山活動の影響で、客足が遠のいた時期もあったが、最近は回復傾向にあるという。

 温泉郷の玄関口ともいえる箱根湯本には、伝統ある旅館から、大規模ホテルまで40件以上が軒を連ねているが、近年、積極的にIT導入に取り組むホテルがある。創業63年、年間約15万人が訪れる老舗ホテル「ホテルおかだ」だ。

 ホテルおかだは2017年5月、公式Webページに人工知能(機械学習)を搭載したFAQシステムを導入した。アナログな“おもてなし”のイメージが強い旅館業界にあって、老舗のホテルがなぜAIを導入するに至ったのだろうか。その裏側に迫った。

●ITエンジニアから箱根の老舗ホテルへ転身

 ホテルおかだのIT導入を進めているのは、営業部長の原洋平さんだ。「営業部長がなぜITを?」と思うかもしれないが、原さんはもともとNECで仕事をしていた経歴もあるバリバリのエンジニアだった。

 「小さいころからモノを作るのが好きだったんです。幼稚園の頃の夢が『大工さんになる』だったくらいで(笑)。小学校4年生の時に、親戚からPCをもらったことをきっかけに、見よう見まねでプログラムを書き始めていました。自作のゲームを人に遊んでもらうとか、モノを作って、人に使ってもらえるのが楽しかったんですよね。自分の技術をダイレクトに人に伝えられる点が魅力的だと感じ、そのままITの道へ進みました」(原さん)

 ホテルおかだは同族の企業で、原さんは創業者の孫にあたる。エンジニアの仕事が楽しく、全く箱根に戻るつもりはなかったが、30歳を控えた時期に両親から相談されたことをきっかけに、ホテルおかだに転職することを決めたという。

 「自分がいろいろ好きなことを自由にできているのは、やっぱりここにホテルがあって、従業員の方々が働いて、お客さまに来ていただいて、そこでお金が生まれて、自分がその恩恵を受けているというのは前から思っていて。恩返しをしたいという気持ちが大きかったですね」(原さん)

 こうして2009年、ホテルおかだに“戻ってきた”原さん。旅館の仕事を知るために、皿洗いや床敷きといった下働きから始めた。そこで待っていたのは、想像以上にアナログな世界だった。

●現場の仕事を楽にするツールを次々と自作

 最初に原さんが目を付けたのは、団体用の部屋割り印刷だった。1部屋1部屋、Wordで名前を入力して印刷している様子を見て、目を疑ったという。

 「プログラムを開発していた身からすれば、信じられないことでした。5人の名前を書いて印刷して、1文字でも間違っていれば印刷し直し。でも、お客さまは名前をデータで送ってくれているケースもある。『こんなに非効率なことはない』と思い、お客さまに名前登録用のフォーマットを送り、ボタン1つで全て印刷できるようにしました」(原さん)

 ツールが完成するまでの時間は約2時間。その後もフロント業務を楽にするため、手書きで書いていた朝食券やお風呂券などのチケットを、DBからデータを取り出して、自動で印刷できるツールを作ったが、当初は全く使われなかったという。その理由について、原さんは「条件を絞る」といった“ひと手間”があったからだと推測している。

 「今までの考え方で、自分が使いやすいだろうと思ったものを作っても、使ってもらえませんでした。人をシステムに寄せる考え方ではダメで、業務の中に溶け込むものじゃなくちゃいけない。最初は全体最適を考えていたんですけど、それだとダメで、1つの業務の負荷をどれだけ減らすかという部分最適を選びました。とにかく分かりやすく、ボタン1つで終わる、ということを心掛けましたね」(原さん)

 ボタン1つでできるようになっても、現場から抵抗されるときもあった。POSレジのシステムや売上集計を自動化するシステムも作ったが、既存の業務を大切にし、誇りを持っていた人たちからは嫌がられたという。そういう時は反対している人と積極的にコミュニケーションをとったり、IT活用に対して前向きなメンバーに声をかけたりといったことをして導入を進めてきたが、一方でボツにしたツールも多数あるそうだ。

 「自己満足になっていたツールもたくさんありました。特にプロダクトから入ると、『これがいい』と信じ込んでしまう傾向があります。そういうときは、実際に使ってもらって判断しますね。動きを見て、思ったシナリオと違ったらもうボツにしますね。そしたら自分で改善すればいいので。費用もかかりませんし、すぐにトライ&エラーができるのはいいところですよね」(原さん)

 こうして、現場を助けるさまざまなツールを作っていった原さん。旅館の改装などにも携わり、ホテルの支配人として仕事を順調にこなしていたが、ここで原さんの考え方を大きく変える事件が起こった。2011年3月11日に発生した「東日本大震災」だ。

●経営視点でITを見ることができるように

 震災後は苦難の連続だった。帰宅が困難になった宿泊者への対応や、相次ぐキャンセル。計画停電時のオペレーションや福島から避難した人の受け入れ先に立候補するかといったことまで、さまざまな場面で重大な決断を迫られた。当時、取締役として経営陣に入っていた原さんは、ホテル経営の難しさを痛感したという。

 「はっきり言ってしまえば、それまでは経営に対する覚悟が足りなかった。仕事をなめていたと言っても過言ではありません。エンジニアのころは億単位のプロジェクトに関わっていましたが、ホテルというのは1泊2食で、高くても数万円の世界。そこまで大きなプレッシャーを感じていなかったのですが、追い詰められた状況で、従業員を解雇するのかといった判断も含め、人の人生を左右するような決断を、自分なんかがしていいのかと悩んだこともありました」(原さん)

 その後、経営への考え方が大きく変わり、原さんは社会人大学で経営を学び始めた。経営の考え方を理解するとともに、ホテルおかだにおける、IT活用の可能性を感じ始めたという。プロダクトありきだった視点が、“課題ありき”の視点に切り替わった瞬間だ。

 「人や仕組みをうまく動かすマネジメントと、実際にお客さまに相対したときの活動とをスムーズに埋めるためのツールとして、ITに大きな可能性があると感じました。目的を達成するために、このデータとこのデータをつないで、こういうのが分かるようになったら、人の動き方ってこう変わりそうだよね、というアイデアがどんどん生まれるようになってきたんです」(原さん)

 その後も、夕食の受付と部屋の布団敷きがうまく連携できるような通知ツールを作るなど、原さんはIT導入を進めていった。ただ、その目的は、徐々にホテル全体の経営に関わるものになっていく。その裏には旅行業界における、大きなビジネスモデルの変化があったという。(後編へ続く)

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