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SMOKE デジタルリマスター版 【今週末見るべき映画】

エキサイトイズム のロゴ エキサイトイズム 2016/12/15

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 もう21年前になるが、ウェイン・ワン監督の「SMOKE」という映画を見た。作家、タバコ屋の店長、黒人の自動車修理工の3人の中年男は、それぞれ、辛い過去を抱えている。そこに、ギャングが盗んだ金を拾った黒人の少年がからんでくる。それぞれの人生が、ニューヨークのブルックリンを中心に交差する。悪人ではないが、善人でもない。ごく、ふつうの、市井の人間である。平気で嘘をつき、冗談を言う。人生にはいろんなことがあるが、捨てたもんではない、生きているっていいものだと、見終わって、ふと思った。

© Provided by Excite.ism

 ラスト・シーンが感動的。作家のところに、ニューヨーク・タイムズのクリスマスの朝刊に掲載する短編小説の執筆依頼がくる。アイデアの浮かばない作家は、タバコ屋に話しかけ、短いストーリーを聞き出す。これがそのまま映像で出る。トム・ウェイツの唄う「Innocent when you dream」が流れる。

 映画の脚本は、ポール・オースターの書いた短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を基に、オースター自身が書いている。

 出ている俳優が素晴らしい。ポールという作家役にウィリアム・ハート、タバコ屋の店長オーギー役にハーヴェイ・カイテル、自動車修理工のサイラス役がフォレスト・ウィテカーである。これ以上の組み合わせがないというほどの見事なアンサンブル。さらに女優では、ストッカード・チャニング、アシュレイ・ジャッドが出ていた。当時でも、すごいキャスティングだが、いまとなっては、ほんとうに贅沢な俳優たちをそろえたものだと思う。

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 映画を見た後、すぐに「スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス」(ポール・オースター 柴田元幸ほか訳・新潮文庫)という本を買った。映画「SMOKE」のメイキングともいえるオースターへのインタビューと、映画そのもののシナリオ、さらに映画の基になった短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」などが掲載されている。

 このほど、21年を経て、この「SMOKE」(アークエンタテインメント配給)がリバイバル公開となる。デジタルリマスター版である。いま見直すと、鮮明で、音声もくっきり。2時間足らずの映画だが、もっと長く、見てみたいと思わせるほど。

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 リバイバル公開にあたって、「SMOKE」の製作総指揮を務めた井関惺(いせき・さとる)さんに話を聞く機会があった。井関さんは、元日本ヘラルド映画の宣伝プロデューサーで、1976年に「ベンジー」、1978年に「グレートハンティング」、「ケンタッキー・フライド・ムービー」などを大ヒットに導いた。その後、チェン・カイコー監督の「始皇帝暗殺」の製作や、ジェームズ・アイボリー監督の「ハワーズ・エンド」、ニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」などの資金投資に関わった。また、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」や、黒澤明監督の「乱」に参加、世界的な規模の映画に多数関わった映画プロデューサーである。

 もともと、ポール・オースターの大ファンで、翻訳されたニューヨーク三部作の「ガラスの街」、「幽霊たち」、「鍵のかかった部屋」を読んでいた。ちょうどその頃、映画監督のウェイン・ワンが来日する。ウェイン・ワンの企画として、「ニューヨーク・タイムズ」のクリスマスの朝刊に掲載したばかりのポール・オースターの短編「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」が持ち込まれる。井関さんは、「ポール・オースター。ぜひ作りたい!」と叫ぶ。脚本をポール・オースター自身に書いて欲しいと言ったところ、これが実現する。

 「ポール・オースターの魅力は、虚と実のあわい。どれが本当で嘘なのかといったドラマが展開して、最後まで分からない。だが、そこに真実が何らかの形で残っている」と井関さん。

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 後は製作資金の算段のみ。紆余曲折の後、1993年、ミラマックスが資金提供、参加が決まる。当初、ポール役はティム・ロビンス、オーギー役はトム・ウェイツだった。これはこれで、見てみたいキャスティングだったが、結局、ウィリアム・ハート、ハーヴェイ・カイテルに決まる。

 撮影は順調だった。「チームワークよく進んだ。ポール・オースターは、よく気がつく、とてもいい男で、作家特有の偏屈さがまったくない」と井関さん。映画では、ウィリアム・ハート、ハーヴェイ・カイテルは、うまそうにタバコを吸うが、じっさいにはタバコを吸わない。撮影現場で、タバコを吸っていたのはポール・オースターと井関さんのみ。

 ポール・オースターは、脚本執筆にあたって、ウェイン・ワンと何度も会い、ウェイン・ワン作品をすべて見ている。当初、井関さんは、ひょっとして「ニューヨーク三部作」のような、少しとんがったタッチのシナリオを想定していたが、できあがった脚本は、まさにウェイン・ワン作品の持つ雰囲気を生かした、人情味あふれるものだった。

 編集の段階で、いくつかの意見の相違があったが、映画「SMOKE」は、1995年、日本とアメリカの合作映画として完成、公開される。21年経つ。「また見ていただくのはうれしい。デジタルリマスターで残ることもうれしい。自分で製作に関わった映画は、必ずしも自分の好きなものになっているとは限らない。これは、間違いなく、個人的に好きな映画」と井関さん。

 虚と実。市井の人たちの人情ドラマ。心がほんわかするエピローグ。タバコの煙、カメラ、定点観測の写真に、いくつかの寓意がこもる。撮影のカメラは、ドラマの進行にあわせて、人物に少しずつ近寄り、見る側の感情の動きと見事にリンクする。

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 タバコの煙のように、はかない人生、辛いことだらけの人生でも、きっと、笑うこともある。いいこともある。「SMOKE」は、映画のいろんな魅力を満載した大傑作だ。

●Story(あらすじ)

 1990年の夏、ニューヨークのブルックリン。オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)が店長を務めているタバコ屋がある。常連らしい男たちが、野球の話に興じている。作家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)が、店にやってくる。決まって買うのは、オランダのシンメルペニンクという細くて短い葉巻だ。

 オーギーは、ポールのことを常連たちに説明してやる。ポールは作家で、何冊かの小説を出版したこと。妊娠中のポールの妻が、ポールのためにタバコを買いに来て、店を出た直後、銀行強盗の銃弾を受けて亡くなったこと。以後、ポールは小説が書けないでいることを。

 ポールがぼんやりと歩いている。あわや、トラックにぶつかりそうになる。ポールを救ったのは、ラシードと名乗る黒人の少年で、ポールにとっては命の恩人だ。礼を拒否するラシードに、ポールは、2泊ほどならいつでも泊まりに来いと言って、住所を教える。

 ある日、ポールの家にラシードがやってくる。2日ほどと言った以上、ポールはラシードを泊めるが、ずっと居座るような気配だ。小説を書く邪魔になると、ポールはラシードを追い立てる。

 夜、ポールは、閉店寸前のタバコ屋に行く。オーギーは快く迎える。ポールは、レジのそばにあるカメ

ラを見つける。オーギーは、午前10時に、店の前の同じ場所から、もう10年以上、1日も欠かさず、同じ風景を撮っている。オーギーは、4000枚もある写真をポールに見せる。「どれも同じ写真じゃないか」というポールに、オーギーは言う。「微妙に違う。晴れた朝、曇った朝。夏の日差し、秋の日差し。地球は太陽を周り、太陽の光は毎日、違う角度で射す」。ポールは、写真のなかに、死んだ妻を見つける。何枚か、ある。「エレンだ」と、ポール。涙ぐむポールの肩に、手を添えるオーギー。

 ポールの家に、ラシードの伯母が訪ねてくる。ラシードの本名がトーマスと分かる。トーマスの母親はすでに亡くなっていて、父親は12年前に蒸発したことや、友人がその父親らしい人物を、郊外の自動車修理工場で見かけたということも。

 そのころ、トーマスは、息子であることを隠して、実の父親サイラス(フォレスト・ウィテカー)の自動車修理工場を訪れ、雇ってくれないかと持ちかける。

 オーギーのタバコ店に、かつてオーギーを裏切ったルビー(ストッカード・チャニング)が、18年ぶりに訪ねてくる。オーギーとの間にできた娘フェリシティ(アシュレイ・ジャッド)が妊娠したことで、父親に会いたがっているらしい。半ば、身に覚えのないオーギーだが、ルビーの強引さに負けたオーギーは、ルビーともどもフェリシティを訪ねる。

 さまざまな人物の人生が、ブルックリンで交差する。タバコの煙のように、煙になっては消え、また煙が出るように、それぞれの人生は続いていく。(文・二井康雄)

<作品情報>

『SMOKE デジタルリマスター版』

(C) 1995 Miramax/N.D.F./Euro Space

2016年12月17日(土)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

公式サイト

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