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プロ野球「FA制度」から失われた本来の意味 長野・内海の人的補償が話題を呼んだが・・・

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/01/12 08:10 広尾 晃
12月下旬、巨人との契約更改交渉後に記者会見した長野久義外野手。1月8日に広島に「人的補償」で移籍することが両球団から発表された(写真:共同通信社) © 東洋経済オンライン 12月下旬、巨人との契約更改交渉後に記者会見した長野久義外野手。1月8日に広島に「人的補償」で移籍することが両球団から発表された(写真:共同通信社)

 今オフもNPB(日本プロ野球)では、いずれの球団とも選手契約ができるFA(Free Agent)選手の移籍が大きな話題になった。広島カープの丸佳浩、埼玉西武ライオンズの浅村栄斗、炭谷銀仁朗、オリックス・バファローズの西勇輝という働き盛りの主力選手が、他球団にFA移籍した。

 また、その見返りである「人的補償」で、巨人の生え抜きスター選手の内海哲也が西武に、長野久義が広島に移籍が決まったことも連日メディアをにぎわしている。

 しかし、毎年この報道を耳にするたび筆者が思うのは「日本のFA制度というのは、いったい何の意味があるのか?」ということだ。

 アメリカから野球が伝わって140年、ことルール面では日本はアメリカの忠実な「教え子」であり続けた。

 MLB(メジャーリーグ)がルール改訂をすれば、NPBも翌年には追随した。指名打者制度やセーブの導入、最近では「ビデオ判定」「申告敬遠」などがそれだ。

 ビジネス面に関わる制度改革では、日本はアメリカのやり方をそのまま受け入れなかった。戦力均衡を目的としたドラフトは、日本では長らく骨抜きにされたし、FA制度もアメリカのそれとは似て非なるものになっている。

天と地ほども違う、日米の「FA制度」

 アメリカでFA制度が導入されるきっかけとなる事件が起こったのは1975年のことだ。エクスポズのデーブ・マクナリー、ドジャースのアンディ・メッサースミスという2人の選手が、契約内容に不満を抱いて契約を保留した。2人は「契約書にサインしないままチームにとどまって1シーズンをプレーすれば、以降、球団側に選手を拘束する権利はなく、他球団との契約交渉は自由にできる」と主張した。訴訟となったが連邦裁判所は最終的に2人の主張を認めた。

 MLBはこれまで球団が選手を一方的に縛り、年俸も低く抑えていた。戦後になっても優雅な生活をしているのはジョー・ディマジオやミッキー・マントルなど一握りのスター選手だけ、あとはメジャーのレギュラー級でもオフに運転手のアルバイトをすることもあったという。

 こうした不当な契約関係が裁判所によって否定されたことがFA制度へとつながっていく。

 紆余曲折を経て、1977年7月、アメリカではすべての選手は、MLB在籍期間が一定年限に達するとFA権を得ることとなった。FA(Free Agent)とは文字通り「自由契約」であり、これまでの球団の支配下を離れて、自由に各球団と交渉できる権利のことだ。

 現在のMLBでは出場選手登録(一軍登録)145日を1年として換算し、6年を経過すればFA権を取得でき、自動的にFAとなる。選手はFA宣言をする必要はない。

 MLB球団では、毎年オフにチームに残るのはFA年限に達していない6年未満の若い選手と、複数年契約をしている選手だけになる。あとはすべていったんはFA状態になる。

 この時期、MLBのデータ専門サイトである「Baseball Reference」にはスター選手から、レギュラー未満の選手まで、数百人のFA選手のリストが並ぶ。今オフでいえば、ドジャースのマニー・マチャド、レッドソックスのクレイグ・キンブレルのようなスター選手から、控え選手まで。エンゼルスをFAになった田澤純一の名前もある。

 彼らはMLBの巨大な「自由市場」に出品され、球団と個別に契約交渉をするのだ。主力級の選手は球団への移籍がすぐに決まるが、キャンプ、オープン戦が始まってもFA状態のまま移籍先が決まらない選手も多数いる。そうした選手はキャンプ招待選手になったり、マイナー契約をしたり、独立リーグや他国のプロ野球に働き口を求めることになる。もちろん引退する選手もいる。

 MLBのFA制度は、シーズンオフの「大きなシャッフル」だ。FA制度があるために、各球団は毎年、球団を「一から作り直す」ことになる。そしてストーブリーグはファンの大きな関心事になるのだ。

似て非なる日本のFA制度

 前述したように、NPBのFAはMLBのFAとは似て非なるものだ。日本の選手も入団から一定の年限を経れば(高校生8年、大学・社会人7年)国内FAの権利を得るが、自動的にはFAにならない。選手が「FA権の行使」を宣言しない限り、選手の保有権(独占交渉権)はこれまでと同様、現在在籍している球団にある。

 このために、日本では主力級の選手で、他球団に行っても高額契約が見込まれそうな一握りの選手しかFAにはならないのが現状だ。

 そこまでの実績を上げていない多くの選手は「球団への恩義」や「失職の危機」を感じるため、FA権を行使せずに球団にとどまる。また形式上FA宣言をしても、元の球団と契約を結びなおすケースも多い。

 FA権の行使が限定的なために今でも球団と選手の力関係は、圧倒的に球団のほうが強いのだ。

 MLBはFA制度の導入によって激変した。各チームの主力級は、年限が来れば他球団と移籍交渉するのが当たり前になった。金満球団はFA権を得た他チームの有力選手を物色し、大型契約を結ぶようになった。介在する代理人の存在がそれに拍車をかけた。これによりMLBの平均年俸は急激に上昇した。

 球団経営者は、高騰する年俸に歯止めをかけるために、サラリーキャップ制度などさまざまな制約を設けようとしたが、MLB選手会はこれに激しく反発。1981年、1994年、1995年とMLB選手会はストライキを実施した。

 MLBの労使抗争は「ミリオネア(百万長者)とビリオネア(億万長者)の争い」と言われ、アメリカ社会のひんしゅくを買った。ストの影響でMLB人気は下落した。しかしながら、年俸の高騰には歯止めがかからなかった。

 MLB球団の経営者、そしてMLB機構は、選手側の要求を抑え込もうとする一方で、こうした状況に対応するため、ビジネスモデルの変革に着手した。これまでの観客動員を中心とした昔ながらの事業展開から、放映権ビジネス、ライセンスビジネス、フランチャイズビジネスなどを多角化し、より多くのファンに向けてビジネスを展開した。国際市場にも進出した。

 またマーケットを拡げるために、エクスパンション(球団増設)も行った。

 球団経営者から機構のトップに立ったMLBのバド・セリグコミッショナー(実質在任1992年~2015年)が辣腕をふるい、MLBのビジネスモデルを根底から変えたのだ。

 この結果、MLBの観客動員は1978年の26球団・約4064万人から2017年には30球団・約7268万人へと急拡大した。また各球団の企業規模も飛躍的に拡大した。

 アメリカでは、NBAやNFLなどMLBと競合する巨大なプロスポーツが覇権を争っている。MLBがFA権騒動に端を発するビジネスモデルの改革に着手していなければ、今頃は他のスポーツの後塵を拝し、マイナースポーツに転落していたかもしれない。

 FA制度の導入は、ともすれば既存球団による談合、なれあい的な運営に陥りがちなスポーツ業界に旋風を巻き起こし、変革の背中を強く押したのだ。「災い転じて福となす」ではないが、MLB球団経営者は変革によって逆境をビジネスチャンスに転換する知恵と勇気を与えられたといってもいい。

NPBはぬるま湯に安住しているのではないか

 対照的に、NPBのFA制度はNPBのビジネスモデルに大きな影響をもたらしてはいない。

 この間に12球団の多くは、親会社の「広告部門」と呼ばれる位置づけから、独立採算中心へと変わった。また地域密着型のマーケティングによって観客動員も増大した。しかしながら、球団数は60年にわたって増えていない。観客動員増もリピーターへの濃厚なマーケティングの成果であって、実質的な新規ファン数は減少している。

 日本には、NPBのマーケットを脅かすような競合プロスポーツはほとんどない。そしてFA制度が「限定的」なものにとどまっているために、年俸の高騰も抑えられている。日本のプロ野球選手の中には、あたかも会社員のように所属している球団に帰属意識を持ち、引退しても球団にとどまろうとする人も多い。

 経営者には結構な話かもしれないが、「ぬるま湯のようなビジネス環境」に安住しているのが現状だ。

 改めて問いたい。日本のFA制度はいったい何のために存在するのか?

 実は、NPBには、FA制度導入のはるか前から、似たような制度が存在していた。

 50代半ば以上の野球ファンは、漫画『巨人の星』で、国鉄スワローズの大エース金田正一が、巨人に入団するときのエピソードを覚えているのでないか。漫画では金田正一が主人公の星飛雄馬に「大リーグボール1号」の開発を促すのだが、金田は「10年選手」の権利を行使して、巨人に移籍したのだ。

 「10年選手」とは、各球団で功績を残した主力選手が10年目に獲得する権利のことだ。10年以上在籍した選手の中から、コミッショナーが「10年選手」を指名した。「10年選手」は他球団に自由に移籍する権利を得る。

 「10年選手」制度は1947年に始まり、14人の選手が制度を利用して移籍した。中には飯田徳治(1956年オフ、南海ホークス→国鉄スワローズ)、田宮謙次郎(1958年オフ、大阪タイガース→毎日大映オリオンズ)、青田昇(1958年オフ、大洋ホエールズ→阪急ブレーブス)、前述の金田正一のように後年野球殿堂入りする大選手も含まれていた。

 しかし、この制度は1975年で廃止された。球団の反対が強かったからだ。

 「10年選手制度」は、ありていに言えばチームに不満を抱くベテランや、年俸が高騰して球団で抱えきれなくなった大物が移籍するためにあった。名称こそ違うが、これは現行のNPBの「FA制度」と実質的にほとんど変わらない。球界の活性化や、選手の地位向上には何ら貢献するものではなかった。

FAは「球団選択権」を選手に返還する制度

 そもそも、FA制度は、プロ野球のドラフト制度を補完する役割があると位置づけられている。

 NPBやMLBのドラフト制度は、リーグ全体の戦力均衡と、新人選手獲得コストの抑制のために導入された。このために選手には「球団を選択する権利」が制限されている。このこと自体は、日米ともに多くの議論があったが、現時点では社会的了解を得ている。

 しかし、選択する権利がないままプロになった選手は、一定年限、その球団でプレーをしてチームに貢献することで、今度は自由に他球団と契約する権利が発生する。これがFAだという解釈なのだ。

 リーグの戦力均衡のために、入団時にいったん制限された「球団を選ぶ権利」が、その球団で一定年数活躍した選手に返還される、という解釈だ。MLBのFA制度は、まさにこの道理に従って運用されているのだ。

 FA制度の導入によって、MLB、各球団は変革を余儀なくされ、経済規模も拡大し、ビジネスモデルも一変したのだ。

 落合博満氏は「日本もFA宣言を止めて、MLBのようにみんな自動的にFAにすればいい」と述べたことがある。筆者もそう思う。そうなれば、日本のプロ野球は激変するだろう。

 筆者は毎年、各球団のストーブリーグの活動を細かく記録しているが、NPB球団で本当の意味で補強をするのは数球団だ。他の球団はドラフトでとった選手の枠を開けるために、数人の選手を戦力外にしたり、育成枠に落とす程度。年俸総額はここ数年、ほとんど変わらない。中には中日のようにずっと下がり続けているチームもある。「補強」と銘打って入れるが、リストラしかしていない球団が大部分なのだ。

 結局、NPB球団の多くは、企業規模やマーケットの拡大を目指さず、現状の規模で採算をとることを第一に考えている。後ろ向きの経営をしているのだ。

 FA年限になればすべての選手が移籍可能となる。そうなればこうした企業姿勢は変化せざるをえなくなる。

 NPB各球団は主力選手のFAでの移籍を考えて、若手選手の育成により力を注ぐようになるだろう。また、トレードも頻繁になるだろう。

 実力がありながらポジションが重なって控えに甘んじている選手や、指導者との折り合いが悪くてくすぶっている選手はいつの時代にもいるが、NPBでは「他球団に行きたい」と自ら言い出せない空気があった。

 「球団にたてつく厄介者」というイメージがつくのを恐れたからだ。しかし自動的にFAになれば、あたら塩漬けされている選手の活路も開けよう。そしてNPB各球団の編成は、毎年真剣に「チーム作り」を考えなければならなくなる。「現状維持」はありえないだのから、チームの運営や経営に一層力が入るのではないか。

NPB自体の変革は不可避だ

 もちろん、FA制度による「年俸の高騰」は、球団経営を根底から覆す可能性があるから、何らかの歯止めは必要だろう。しかし、MLB流のFA制度の導入によって、NPBは活性化すると思う。「野球離れ」が確実に進行する中で、NPB全体の根本的な変革は早晩不可避なのだ。

 日米のFA制度の相違は、雇用の流動性をめぐる日米の差異の象徴でもある。NPBには、日本社会全体に漂っている閉塞感と同種の息苦しさを感じるのだ。

 FA制度の制度変更は、日本プロ球界の変革のボタンを押すことでもある。平成が終わり新しい時代が来るタイミングで、何らかの動きがあればいいと思う。

(文中敬称略)

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